第五十五話 村への視察~綿花編
父は美濃へ出陣し、吉姫はまた村へ視察へ行きます。
『父上の出陣』
多忙な日々は瞬く間にすぎていき、天文十六年九月父上は古渡勢を引き連れ美濃へ出陣して行きました。
父は去り際、上手く策が当たれば良いなと笑っていました。
正に威風堂々と、父と馬廻りの者らは黒光りする南蛮鎧を揃いで着けてました。
鍛冶屋は限られた期間で良い仕事をしたらしい。
大変な仕事を済ませた清兵衛一家には褒美に伊勢参りでも行き温泉で骨休めでもしてくると良いと暫しの暇を出し、旅の便宜を頼む大橋殿に宛てた書付と報奨金を手渡した。
一家は感謝しきりで旅立ったのです。
戻ってきたら、蒸気釜でも作ってもらおうかな。
既に図面は起こしてあるのです。
『領地視察』
暫く行ってなかった領地に視察に行くことにしました。
この度も、権六殿と半介殿は出陣して留守なので、弥之助と滝川殿、千代女さん、それに護衛の武士や小者達というメンバーで領地に向かいます。
牛さんがまた領地視察に同行したがっていたのですが、彼も守護様の軍勢の一員として出陣していきました。今回は、戦で初めて例の滑車弓を使うそうです。
時代が違っても誰もが同じことを考えるという事か、あれから滑車弓を独自に改良したものを、出陣前に見せてもらいましたが、概念的な説明しかしていない筈のスタビライザーが付いていたのには驚きました…。
この度の活躍は如何でしょうか。
いつもの様に熱田に寄って、村へ向かいます。
田んぼは既に刈入れが終わり、水を抜いた後なので雑草が一面に広がってます。
ここにレンゲとか植えると良いんでしょうかね。
村に入ると乙名が出迎えてくれます。
「姫様、暫く振りで御座います。
村の方は、米の収穫も無事終わり、今年は塩水選のお陰もあったのか例年より取れ高が増え、また脱穀機と唐箕を使って既に脱穀作業も終えております」
「乙名さん、息災そうで何よりです。
収穫が増えたとのこと、試みが上手くいったようで嬉しく思います。
こちらの方を差し入れるので、村人達とどうぞ」
小者に運ばせた瓶を指差す。
乙名の表情が綻ぶ。この人もお酒好きだよね。
「いつも有難うございます。
石鹸の為の木の実の方も月が変われば集める段取りをしておりますので、今年は去年より多く石鹸を作れればと予定しております。
さて姫様、綿花の方ですが、姫様のご指導が良かったのか無事に育っております。
こちらの方へどうぞ」
「石鹸、去年の品は大いに好評でした。今年もよろしく頼みますよ」
乙名に伴われ、綿花の畑に行くと、畑一面の綿花はきれいに育ち、満開の花を咲かせていました。
「おぉ…」
思わず声を上げ、見とれてしまいます。
収穫まであと少しですね。
「実に見事です。
初年度からこれほどの成長を見せるとは。
正直ここまでは期待していませんでしたよ」
乙名が誇らしげに畏まる。
「お褒めに預かり恐縮でございます。
村人みなで頑張った甲斐がありました」
「この度の収穫では、約束通り全員には行き渡らないかもしれませんが、必ずや村人たちに温かく冬を過ごせる道具を与えましょう。
この綿花は、後一月もすれば綿の球が実ります。
球ができればそれを茎ごと収穫し、雨など水気に当てないよう乾燥させ、完全に乾燥したら種を取り、それぞれ袋に詰めて湿気無いように保管します。
種はまた来年の種まきに使いますので村で保管しておいて下さい。
綿花の収穫が一通り終わったら、一先ず古渡に届けて下さい」
「わかりました。
収穫が終われば古渡にお届けします。
どんな道具が出来上がるのか、今から楽しみにしております」
こうして村の視察を終えた一行は、また浜辺で釣りをし、魚に舌鼓といういつもの恒例行事を楽しんだのですが、初めて同行した護衛の武士や小者たちが、私が料理をするのを見て仰天したのです。
なぜそこで仰天するのでしょうか…?
直ぐ様、小者たちが私に駆け寄るとあれよという間に、私から包丁を取り上げて上座に座らせると、手際良く料理をはじめてしまいます。
元々豪快な魚の石焼も男衆数人でやると、更に豪快。
まあ美味しかったのですが…、折角の腕前披露の場が奪われた気分です。
包丁を持って行った小者が、この包丁は使いやすいというので、あとで余分に作らせる事にしました。これも売り物になるのでしょうか?
そんな感じで、今回の村の視察も終わり、古渡へ戻ったのでした。
綿花が咲きました。後は無事収穫を終えれば、いよいよ布団作りです。
来年は更に耕作面積を広げましょう。