第四十九話 織田家の統合の話をする
また寺に講義をしにきてます。
『寺での講義』
今日は講義の為、また凌雲寺にやってきています。
権六殿らは戦が近いため、準備に追われているそうで、あの日以来逢ってません。
以前はそれぞれの父君が全体の差配をやっていたため。戦に参加するだけで良かったそうなのですが、今回からはそういう訳にも行かなくなったのだとか。
この時代の戦の準備には二月は普通に掛かるそうで、この辺りが常備軍との差なのでしょう。
さて今回の講義は、この戦国時代を生き残るための方策です。
敢えて具体名は上げませんが大事なのは家名を五百年後にも残すことで、一族で反目しあったりましてや戦などしていては利敵行為にしかならないということをお話しました。
一族で反目しあい関係が疎遠になっていれば、他国が攻めてきた時端から調略され各個撃破の憂き目に合う。
そうやって目先の理だけを見て一族を売り、その場だけ生き延びてもその後重用され生き残る事は稀。
もし、八方手を尽くしてもどうあっても勝てぬほどの大敵ならば、一族全てで臣従と言うかたちを取ったほうが、面目も立ち、その後の働きでは重用され再び浮かび上がる道もあるのです。
例えば織田家にしても守護様に従い越前よりこの尾張の地に来たときは一つの家でした。
しかしながら当時在京していた守護様を補佐する為、在京した守護代と、在地し国を守護する守護代に別れたのが家が別れたきっかけです。
その後、明応三年の美濃守護の家督争いにそれぞれの家で違う陣営に味方に付いた結果どうなったでしょうか。
一族同士で殺し合い、当主ばかりでなく、有意な武将、大勢の兵を失いました。
その後、私の家である弾正忠家が第三の家として力を持つに至りましたが、もし弾正忠家が力を持たず奉行のままであったなら、この尾張は松平清康に攻め取られていた可能性が高いのですよ。
今は伊勢守、大和守、弾正忠三家共に是迄になく良好な関係ですが、この先代替わりなどで関係が壊れ、疎遠にあるいは敵対するようになってしまった時に、再び今川等が大軍で攻め寄せて来た時。
例えば代替わりした大和守家だけが今川に対し防戦し、代替わりした弾正忠家は今川に調略され、伊勢守家は家督相続で揉めて出兵どころでなく、などという事態になった場合、どうするのか。
私はこの戦国乱世を生き残るため、織田家は再び一つに纏まり、守護様を奉じ国を固める必要があるのではないかと思うのです。
結局何か起きたときに仲裁できるのは守護様だけですから。
如何に五百年後にまで織田家の名を残すのか。それを考えなければこの戦国乱世生き残ること難しいでしょう。
そう締めくくると、この講義を終えたのでした。
この講義は中々の反響を呼んだのか、残って論議を交わしてる人たちが散見されます。
快川和尚に、「随分と思い切ったことを話されましたな」と。半ば呆れられた様子。
しかし、今川が大軍を擁して三河に攻め寄せ、信広兄が破れたなら、今川は駿河から三河までを領する大大名。
確実に尾張へ来るでしょう。しかも今川には那古野という遺恨があるのですから。
そうなった場合、今のように纏まっていれば撃退の目も出て来るが、三家其々が争い合っていては勝てる戦も勝てなくなる。
快川和尚は「それも仕方がないのでしょうが」と、意味は理解しておられる様子。
この快川和尚の寺という一種のサロンがなければ、ここまで三家の関係の良化は無かったでしょうから、ある意味一番事情通でいらっしゃるのです。
美濃で勝てば、三河はなんとかなります。三河がなんとかなれば、今川から三河尾張への野心を取り除く策はあるのです。
とは言え、私は中々に立場が微妙なのです。父が万が一、急死するような事があれば、庇護者を失いたちまち生命の危機が訪れる可能性が多分にあります。
成るようにしか成らぬのでしょうが、時代の要請には応えなければこの乱世は終わらないのです。
『地図作りその後』
七月も半ばという頃、加藤さんが戻ってきました。
広域図の方は詳細に情報が増えており、道のほか稲葉山城の城下町や村、関所などが追加されていました。
「段蔵殿、期待以上の仕事、実に見事です。
褒美をこれに」
というと、千代女さんが褒美を捧げ持ってきます。
ちょっと守護様の所を真似してみました。
段蔵殿は褒美の入った小袋を見ると驚きます。
「姫様、仕事の評価は嬉しきことですが、これは過分に過ぎませぬか」
「段蔵殿。良き情報とはそれだけの価値があるのです。
これがあれば、大いに父の役に立ちましょう。
正しき判断をする材料は様々な情報なのです。情報の質が高いほど、より適切な判断ができます。
情報の鮮度が高いほど、より迅速な判断ができます。
結果、無駄に兵を損じることなく、敵より迅速に行動し、戦の流れを自ら作り出すことが出来る。
敵をそれと感づかせることなく、死地に誘い込むことが出来るのです」
「姫様、それ程までに我等の様な者を評価頂けるとは。
是迄の我が人生に於いても、かつて無きこと。
拙者は良き主に巡り会えました。
姫様が男子でないことなど、拙者にとっては些事に御座る。
一層励みまする」
「段蔵殿の様な頼れる御仁にそう言ってもらえるのは何よりなことです。
ところで、こちらの金華山図の方は如何でしたか」
「はっ、一通り確認致しました。
手を加えていないものはいまも道として使われている物。
印の入っているものは道としては使われておりませぬが、獣道になっていたりと踏破が可能な道に御座った。
一つとして、間違いはありませなんだ。
どの様にとはお聞きしませぬが、拙者は正直驚きましたぞ。
拙者は東国の出にてこの辺の土地勘は移り住んできてからの物で御座るから、美濃についてもこの度調査のため自ら足を運んで初めて得たような次第。
この金華山の地図は美濃の者でも知らぬ情報が入っておるやもしれませぬな」
「そうでしたか。それは良かった。
此度は恐らく深く城攻めはせず、野戦に誘い出して叩く策ですが、この地図があればどこから敵が出てくるのか、事前に読むことが出来ます。
こちらの方も、実に大儀でした」
「はっ」
「そうそう、段蔵殿が戻ってきたら差し上げようかと思っていた物があります。
あれを持ってきてください」
というと、千代女さんが葛籠を持ってきます。
実は少々重いのですが、力持ちですね。
「こちらを差し上げましょう。
いまこの尾張で作られている薬の詰め合わせです。
この千代女の一族が作っているものなのですよ」
「このような貴重なものを…。
忝なく」
「生きて戻るのが第一義。
その為の道具だと思ってください」
「心得て御座る。
有難く使わせていただきまする。」
「はい。この度は大義でした。
後日父より呼ばれるかもしれませんが、暫し英気を養ってください」
「はっ。これにて失礼致す」
加藤さんはまた静かに去っていきました。
さすが、デキる人はいい仕事をしますね。
地図を清書すると、後日父に説明の上手渡しました。
この地図を見て父は目を丸くすると同時に、その貴重さを理解しているので大いに感謝していたのです。
まだこの時点では難しいでしょうが、啓蒙活動は大事です。
結局、野心もあるでしょうが皆不安なんです。
地図も完成しました。
次回はいよいよあの事件です。