第四十七話 服を作ります
前回に引き続き、今回は鎧の下に着る服を作りました。
『服を作ろう』
さて、板金鎧、裏打ちもするので、そのままでも使えないことはなさそうですが、やはり西洋で使われてたような厚手の布の服が必要でしょう。
しかし、冬は良いでしょうが、暑くなると分厚い服は着れたものでは無いでしょうね。
まず、布を重ねた生地が必要です。
一般兵士が着るわけではないので、生産量は少量、そう考えると、麻布を何枚か重ね、一番下は着心地を考えて絹。この辺りでしょうか?
まずは採寸です。
実は私の周りの男性は長身の人が多いのです。
滝川殿は恐らく180前後、権六殿も180超え、他の人も割りと高めな気がします。
渡す予定にしている権六殿を呼んでもらって、採寸します。
試しに一着作れば、他の人のも作れるでしょう。
今回は、ミシンも無いし、慣れない環境で自分で服を作るのはちょっと無理っぽい。
そんなわけで、型紙を作ってプロに頼みます。
服自体は前世で学生時代に色々と作ったことが有りますから、型紙作りは手慣れたものです。
生地の方も、仕様を渡して作ってもらいます。
本当は木綿があればよかったのですが、今は無いので。
そんなわけで、この時代の日ノ本には珍しいキルト服です。
出入りの商人に生地を頼み届けてもらうと、古渡の服作りの上手い人に制作を依頼します。
父の名前を出せば作ってもらえるのですが、見たことも無い服の型紙を持ち込むと、露骨に嫌そうな顔をします。
ミシンがあれば自分で全部作るのになあ…。
屋敷に戻ると、千代女さんが服作りなら出来るのにという話ししました。
なんでも、武家の妻の嗜みだから幼いときから仕込まれたのだとか…。
なんだか、残念な子な気分ですよ。
嫁ぎ先が没落したらやっていけるのか心配になってきます。
そんなわけで、半介殿向けの一着は千代女さんに頼むことにしました。
半介殿を呼んで採寸し、型紙を作って千代女さんに渡します。
分厚い生地を縫うのは大変だったようですが、それでも二週間位で仕上がりました。
出来上がった服は、想像した以上に硬い服です。
しかし、何枚も麻を重ねて作った服は、衝撃を吸収しそうです。
権六殿と半助殿を早速呼んで、着てもらう事に。
「先日の寸法取りはこれを作るためでしたか。
これは、布でできた軽鎧ですかな?」
「左様、筒袖にて篭手にも似て御座るな」
「これは、鎧の下に着込む着物です。
日ノ本では鎧直垂を着ますが、南蛮では鎧を着る下にこれを着るのですよ。
その上に着てみれば解るでしょう」
そういうと、滝川殿に鎧を持ってきてもらい、権六殿に着せてみた。
「板金一枚の胴鎧ですか…。これはまた大層な物を作られましたな。
今着ている鎧に比べるとやや重い。
ああ、なるほど。
確かに、この鎧の下にこの着物であれば、分かります。
普段着ている鎧直垂の上にこれを着るよりは、この着物の方がしっくり来ますな」
次は、半介殿に着せてみる。
「ほう。
確かに、少々重うござるが、この位ならばなんということは御座らん。
しかるに、この鎧であれば刀も槍も平気で御座ろうな」
「先日、父の立会で試し胴をやったのですよ」
それを聞くと二人が注目する。
「なんと、どうでした?」
「左様、如何でござった?」
「古渡の弓の練習場で三十三間の先にこの鎧を置いて、太田殿にまず弓で射てもらいました。
三度射掛けましたが、全て弾きました。
しかし、太田殿の見立てでは距離が半分なれば抜けるかもしれないと」
「ほう。その距離で弾くのであれば遠矢は大丈夫ということですな」
「なれば、仮に貫いたとしても、矢の威力は大きく損じて御座る故、深手にはならぬやも知れませぬな」
「その後、父の家臣の鉄砲撃ちが、同じ距離で撃ってみました。
父が言うには、鉄砲を買った商人が言うには鎧など簡単に貫けると。
それで、一度だけ撃ったのですが、大きく凹みましたが弾は止めました。
ただ、父が見た感じでは、此度は止めたが、抜ける場合もあるだろうとの事」
「鉄砲も止めることが有りましたか。
それがしは戦で撃つのを見た事が有りまするが、あれは恐ろしいものにて…。
それが止まることがあるやもという事だけでも、使う価値がありますな。
少なくとも、今の鎧よりは確実に守りが堅い」
「然り。今はまだ鉄砲の数を揃えて居るのは知る限り備後様くらいで御座るが、我らが持っているということは、敵も持っていても不思議には御座らん。
撃たれた時に助かる可能性があるというのは大きゅう御座るぞ」
「父もそんな事を言っていましたね」
「ところで、この鎧、胴丸だけなので?」
「いえ、本来は全身に板金鎧があるのですが、日ノ本ではこの板金を作るのが一苦労。
一枚物と言うのは、札連ねて作るより守る力が強いのですが、中々難しいのです。
それに、今はこの磨いてはいますが地金剥き出しの鎧は、この日ノ本は湿気が多いのでよく磨いて保たねば錆びてしまいます。
故に、他の鎧のように塗装して仕上げてしまおうと思うのですが、どちらが良いですか?」
「綺麗に磨き上げるのは吝かでは御座らん。
しかるに、戦に出た先でずっと磨き上げるのは難しゅう御座る。
塗装した方が良いかと…」
「そうよな。この銀色のまま戦に立てれば、さぞ目立ち度肝を抜くであろうが、ずっと綺麗なままと言うのは気持ちは兎も角、難しいでしょうな」
「わかりました。
では、先日の様に黒で塗って届けさせましょう。
残りの部位は有りませんから、そちらで今使ってるものから流用するなり、新たに作るなりして下さい。
兜は先日渡したのが有りますよね」
「あっ、あの頂いた兜はこの鎧の兜なのですな…。
確かに言われてみれば、あの兜も鉄兜でした。
あの兜も、足りない部分を足していつでも戦に着けていけるように仕上げておりまするぞ」
「ええ。そうです。
頭と胴が一番守れねばならぬところですから、その部分を用意しました。
実際に、戦で使ってみて結果を聞かせてください。
昨年差し上げた矛もその具足と同じ国で使われているものなのですよ」
「おお、なんと。そうで御座ったか。
確かに、言われてみればあの武器とこの具足は合いそうです。
同じ国のもので御座ったか…」
「なるほど。
あの矛はこれまでの槍に比べると、慣れればかなり強い武器です。
それにこの鉄で出来た具足があれば、敵が可哀想になりまするな」
「然り然り、早く戦で使いたいもので御座る」
「お二人の御武運をお祈りしておりますよ。
そして、必ず二人揃ってまた顔を出して下さい」
「「必ずや」」
「では、その服はお二方の為に作った服ですから、そのまま持ち帰って下さい。
もし直したい所があれば、手直しすればいいでしょう。
そして、どうだったか父にも報告して下さい。
ちなみに、その半介殿の服はこの千代女が作ったのですよ」
それを聞いて半介殿は目を丸くし、千代女さんは恥ずかしがって顔を伏せる。
「そうに御座ったか。
素晴らしい出来に御座る。感謝致しますぞ」
「は、はいぃ…」
耳を真っ赤にした千代女さんは、こういう経験が無いのでしょうかね…。
「では、失礼致す。
鎧が届くのを心待ちにしておりまする」
「お待ちしてござる。
ではこれにて」
二人は意気揚々と帰っていったのでした。
「千代女さん、半介殿喜んでましたね」
「姫様、話さなくても良いじゃありませんか。
喜んでらしたから良かったですが、そうでなかったら…」
「私は良い出来だと思ったから、話ししたのですよ。
千代女さんは、恐らく私が輿入れする時に、織田家中の誰かに嫁ぐことになるでしょう。
父は、甲賀衆とより深い縁を結ぶことを望んでますから。きっとそうなります」
千代女さんは目をきらっと輝かせたと同時に不安げな表情を浮かべる。
「そうでしょうか…」
「心配しなくとも、甲賀衆が父の為に働いている限り、そうなります」
千代女さんは表情を和らげた。
「さて、大橋殿が届けてくれた堺よりの珍しいお菓子でも食べましょうか。
お茶をお願いします」
「はい!」
表情がパッと明るくなった千代女さんが大急ぎで奥に行きました。
今回で兜に続き、胴鎧も形になりました。
これでハルバード担いだ姿をヨーロッパの宣教師が見たらどう思うでしょうね。