第四十六話 鎧完成
鎧が完成しました。
『鎧完成そして何故か取材が来た』
五月も半ばに差し掛かるという頃、鎧が出来たと鍛冶屋の清兵衛殿が訪ねてきました。
「姫さん、今回依頼の板金鎧は鉄を多く使いやすので、少々時間がかかりましたや。
この鎧、もし沢山作るなら、先に鉄の確保が必要ですぜ。
鍛冶場の方に置いてやすから、一度訪ねて下さいや」
年内にあるという戦の準備に忙しいのかそう言い残すと、清兵衛殿は慌ただしく帰っていきました。
清兵衛殿の背中を見送っていると、牛さんが登場しました。
まあ、牛さんは頻繁というわけではないのですが、守護様に頼まれてるのかちょくちょく顔を見せるのです。大抵は世間話をしながら焼酎を飲みに来てる様な物なのですが。
「吉姫様、鉄でできた胴鎧を作っていると聞きましたぞ。
権六殿と半介殿に作ったツルリとした鉄兜も見せてもらいましたが、今度の胴鎧もツルリとしているので?」
牛さんは権六殿と半介殿とも仕える主君は違いますが、歳が近く付き合いがあるので、見せてもらったようですね。まさか二人が自慢げに見せてまわってるとは思えないのですが…。
「耳が早いですね。
実は先程出来たと知らせが来たばかりで、実物はまだ見てないのですよ。
今から見に行こうかと思ってましたが、一緒に行きますか?」
牛さんは上機嫌に頷く。
「おお、それは僥倖。
是非に同行しますぞ」
そういうと、牛さんと滝川殿、それに千代女さんの四人で鍛冶場に行きました。
鍛冶場は城の外縁部にあるのですが、フル稼働の様でマッチョな男たちが忙しなく仕事をしてます。
清兵衛殿を呼んでもらうと、すぐにやってきました。
「清兵衛殿、早速見せてもらいに来ましたよ。
人が一人増えてますが、この人は私の友人なので大丈夫です」
「姫さん、こんなに直ぐに見えられると思ってなかったですぜ。
こっちに置いてますんで、ついて来て下さいや」
清兵衛殿に皆でゾロゾロついていくと、鍛冶場の倉庫の一角にそれは有りました。
鎧用のマネキンの胴みたいなものに取り付けられていて、まだ塗装前で銀色に輝いていて、いかにも西洋の板金鎧です。
見た人皆がほうっと溜息をつくくらい、作りたてのこの胴丸は美しかったのです。
「姫さん、こんな感じに出来上がりやしたが、どうですかね」
「相変わらず見事な腕ですね。
今日は男衆二人が来てるので、早速着けてもらいましょう」
そういうと、牛さんと滝川殿に試しに着けてもらうように言います。
鎧は一人では着けられないので、先に滝川殿が着けてみることになりました。
二ミリもの厚みのある板金胴は結構重く感じたが、滝川殿は意外と涼しい顔。
「着けてみてどうですか?」
「胴丸だけとしては少々重たく感じまするが、その程度で御座るな。
実際にはこれにまだ部位が付きます故、まだ重くなりまするが」
「そうですな。今の日ノ本の鎧は、こんなに大きな板金を使った鎧は無いですが、結局同じくらいの大きさの胴丸を作るのに、小さな短冊の鉄板を革紐で留めますからな。
やや重い位の鎧で、板金の厚みは倍ありますぞ」
「これだけ大きい一枚物を作ったのは初めてですがね、材料の鉄があって慣れれば案外作るのは早いかもしれませんや」
「なるほど、そんなものなのですね…」
今度は牛さんが着てみる。牛さんは戦の時は腹巻きという大鎧の簡易型の鎧を着てるそうです。当世具足はまだ無いみたいですね。
「ほう。確かに腹巻きに比べるとやや重いですな。とは言え、いま着てる鎧よりは頑丈そうですな。
しかし、この鎧は下に何か着たほうが良いかもしれませんなあ」
と、鎧を着たままメモメモ。
ほほう、キルト服か何か欲しいのかな。実際、そういうの着てたし。
さて、ではどのくらい固いのか実験してみよう。
「では、清兵衛殿。せっかく作ってもらったのに悪いですが、どの位守ることが出来るのか、試してみます」
「勿論でさ、軟な鎧を作ったつもりは無いが、これを着て戦に行く人は命預けるようなもの。存分になさって下さいや」
「はい。では、皆さん行きましょうか」
皆さんと鎧を一つ持って、ぞろぞろと練兵場の弓の練習場にやってきました。
「さて、ではあそこの的の所にこの鎧を置いて下さい。
そして又助殿、弓名人のあなた、鎧を射てみて下さい。
一発で抜けるようなら、ちょっと練り直しです」
「任されよ」
滝川殿が、鎧を置くと戻ってくる。
太田殿が弓を用意すると、狙いを定めて放ちます。
ヒョウと矢が飛び、見事に鎧に命中しましたが、弾かれて別の所に刺さりました。
更に、二射、三射と弓を射ます。すべて貫きはしなかったようです。
滝川殿がまた走っていって鎧を持ってきてくれました。
皆で検証します。
どの矢も貫通はしませんでしたが、傷が残ってました。
流石に、鉄の鏃のついた矢です。
ちなみに、距離は約百メートル程だと思います。
太田殿曰く、距離にも依るが三十間、約五十メートル強位の距離ならば、きっちり当たれば貫通する可能性があるそうな。
但し、この胴丸を槍や刀で貫くのは無理だろうとか。
そんな話をしてると、おおう、父上登場。
「おお、吉ではないか。こんな所に居るなんて珍しいな」
「父上、丁度新しく作った鎧を試していたのですよ」
「ほう、これか。
これは…、全部鉄で出来ておるな…」
「はい、南蛮で使わている板金鎧と言うものですよ」
「南蛮人はこんなものを着て戦っておるのか…」
と言うと、拳で叩いてみる。
流石に二ミリの板金なので鈍い音がします。
「叩いた感じでは、刀や槍は通らぬだろうな」
滝川殿が代わりに答えます。
「はっ、拙者の見立てでは刀も槍も通さぬかと」
「ふむ。であろうな」
そういうと、何かを思い出したのか手をポンと叩きます。
「おお、そうじゃ。
鉄砲で撃ってみるか。
商人は鉄砲ならば鎧も楽に貫くと言っておったわ。
試しに作った鎧ならば良いだろう?」
「はい、父上」
「では、早速な」
そういうと、供のものに指示を与えると鉄砲を持った家臣がややしてやってきました。
滝川殿がまた鎧を的の所に置いて戻ってきます。
彼は鉄砲に興味津々なので、少年のような目で鉄砲の操作を見つめています。
準備ができたので、早速撃ちます。
「では撃ちまする」
「頼む」
火薬の燃焼する独特の匂いが漂うと、バンと大きな音を立てて撃ちました。
久しぶりにこの音を聞きます。
見事、鎧に命中しました。
当然、この銃は鎧のデモ用に弱装弾なんかにしてません。
滝川殿がまた走っていって取ってくると、皆で観察します。
滝川殿が、既に弓で射た痕、鉄砲の痕と順番に指で指し示していきます。
「ふーむ。
弾は抜けては居らぬが…、弓ではこの様に傷がついた位であるが、鉄砲は大きく凹んでおるな。ここに弾が見える。
此度は抜けなんだが、抜けることもあるということか。
しかも、一度戦に出て大きく凹みが出来たなら、修理に出さねば使えぬな」
「そうですね。
清兵衛殿、この修理というのは出来るのですか?」
清兵衛殿は父がいるので緊張が半端ないです。
「はい。
凹んだだけであれば叩き戻せば直せますし、万が一、穴が開いても時間は掛かりますが直せやす」
平伏しながら父に答えます。
「そうか。
もう少しこの厚みがあれば鉄砲も防ぐのであろうが、その分重くなるであろうしな。
しかし、鉄が多くあれば生産性は良さそうに見える」
「へえ、そのとおりにござります」
「うむ。吉よ、この鎧、今少し作ってみるがよい。
戦にてどの程度か試してみよう」
「はい、父上」
そういうと、父はうんうんと頷きながら練習場を後にしたのです。
「というわけで、清兵衛殿、父が今少し欲しいそうなので、もう少し頼みます。
とは言え今は戦の準備で忙しそうですから、三月程で作れるだけ作ってみて下さい。
材料に関しては鍛冶場の長に父に依頼された旨言えば融通してくれるでしょう」
「へい」
「それと、この可哀想な鎧の修理もお願いします」
「わかりやした。ではこれで」
清兵衛殿が鎧を持って仕事場へ戻っていきました。
「さて、又助殿、鎧はあんな感じですよ」
「ええ、面白いものを見せてもらいましたよ。
では、拙者はこれにて失礼」
そういうと、また風のように去っていったのです。
「滝川殿、鉄砲いかがでしたか」
「あれは、凄うござるな。
思った以上に、凄うござる。
威力が素晴らしい。
しかし、思った以上に撃つのに時間がかかりまするな。
あのままでは戦では厳しいでしょう」
「そうでしょうね。何か工夫が要るでしょう」
「姫様は何か案がありそうで御座るな」
「無くはないですが、今はまだ無理でしょう」
「では、いずれは、と言うことでござるな」
「ふふ。そう、いずれは」
そういうと、練習場を後にし屋敷に戻ったのだった。
「姫様、あんな楽しそうなことやってるの、どうして教えてくれないのですか」
千代女さんが拗ねる。
「千代女さんの手を煩わせるほどの事ではなかったので」
千代女さんはそれを聞いてむくれてしまったのだ。
「そう、千代女さん、美味しいというお菓子を頂いたの。
お茶を入れてきて下さいな。一緒に食べましょうか」
そういうと、千代女さんはすぐに機嫌を直していそいそと出ていったのだった。
板金鎧をまともに着るには下の服に工夫が要りますねえ。
ちょっと考えてみましょう。
早速試してみましたが、まだまだというところですね。
次は鎧の下に着る服を工夫してみます。