第四十五話 領地視察
年が変わって初めての領地視察です。
『領地視察』
四月の頃、年が明けてから、まだ領地に視察に行ってなかったので、久しぶりに覗いてみることにしました。
いつものメンバーで慣れた道を歩いていきます。途中、熱田で饂飩を食べたり、そんな感じの道中です。
領地に着くと、乙名が出迎え、挨拶を交わします。
「姫様、正月以来です。
村によくおいで下さいました」
「はい。乙名殿も息災そうで何よりです。
農作業の進み具合はいかがですか?」
「今年は姫様に頂いた新しい農具が有りますので、田起こしが随分楽に早くに終わりました。お陰で、漁の方に割ける人手と時間が増えて助かっております。
昨年作った、煮干しの売れ行きも順調なのか、作っただけ買い取って貰えます」
「それは良かったですね。
皆が豊かになれば、体調を崩す人も減るでしょう。
ところで、もう苗代作りは終わりましたか?」
「いえ、苗代作りはこれからで御座います」
「そうでしたか、一つ試して欲しい事があるので、種籾を少し使ってやってみてくれませんか」
「新しいことですな。
わかりました、姫様の事は私も村人達も皆信頼しておりますので、早速試してみます」
「それはなによりです。
塩水選というやり方です。
まず、盥に濃い目の塩水を作り、それに一握り程度種籾を浮かべます。
その後に、水を少しずつ加えていくとその内種籾が沈みだします、いくつか沈んだ時に笊を盥に沈めます。
そして、更に水を加えていきます。
すると、ある時期を境に多くの種籾が沈みだすので、おおよそ三分の二が沈んだ辺りでまだ浮かんでいる種籾を取り除き、その後笊を取り出します。
その時に、笊に残っている種籾が中身がしっかりと詰まった種籾です。
その選別の終わった種籾を、塩分を取り除くため、水でよく洗い流します。
その種籾を漬けた洗い桶の自ら塩っ気が抜けるまで洗い流して下さい。
全部やるのは怖いでしょうから、まずは試しにやってみて、そして浮いたままだった物もどのくらい違いが出るのが、植えてみて下さい。
また、結果が出たら知らせて下さい」
「わかりました。
結果が出次第、使いの者を出します。
それと、姫様、前年頂いた綿花ですが、そろそろ植えます。
何か注意する点がございますか」
「そうですね。
綿花の栽培の適地は、排水の良い砂質の土壌か水はけの良い土で、風通し良く、日光のよく当たる所が好ましいそうです。
あまりにも肥沃なところだと、蕾が落ちたり、実が落ちたりする他、害虫が発生しやすくなるそうです。
故に、水はけ良く痩せた畑に、干鰯などの魚肥を施肥した上で植えるのが良いかもしれません。
忘れてはいけないのは、種まきの七日前前後に、畑に海藻灰を加えて下さい」
「わかりました。
このあたりの土地は何れにせよ海の近くですからそこまで肥えた土地でもなく、その排水の良い砂質の土壌をしておりますよ」
「そうでしたか。ならば、この綿花がうまくいくと良いですね。
種まきは七月あたり、暑くもなく涼しくもない時期が一番良く発芽するそうです。
畑に種を撒き、薄めに土を掛けて下さい。
種をまく時、灰をまぶして撒くと尚発芽しやすいそうです。
畝幅は二尺半、二尺間隔位で、二、三粒ずつ撒くのが良いそうです。
そして、発芽後はそのうち、一番元気のいい物を残し、他は間引きして下さい」
「ふむふむ。しかし、姫様はよくそんなこと迄ご存知で…。」
「漢書に綿花など、作物栽培の本があったのですよ。
発芽後は三寸程度の丈で、一月半程度、あまり成長しません。
この時期にはあまり水をやりすぎないでください。
長雨に祟られると根腐れすることもあるそうです。
それを乗り越えれば、八月になり気温が上がって日差しが強くなってくると、急速に成長します。
九月頃花を咲かせ、更に一月後、ワタを付けますので、そこで収穫です」
「なるほど。
大体はわかりました」
乙名はいつの間にか帳面を出してメモ書きをしていた。
「肥料は鶏糞が良いのですが、今は鶏は居ないようなので、草木を燃やした灰を時々撒いて下さい。
これで土を整え、害虫を防ぎます。
それと、蛞蝓がつきやすいので、もしついていたら取るなり塩をかけるなりして除いて下さい。
折角の苦労が食べられてしまいます」
「はい、わかりました。
なにぶん、初めての作物なのでうまくいくかは分かりませぬが、この作物もこの村に豊かさをもたらしてくれる物だと信じておりますので、村人一同励みます」
「心強いですね。
綿花がたくさん取れるようになれば、色々と暮らしぶりが良くなるでしょう」
「楽しみにしております」
では、私の用事は大体終わったので、また釣りをして魚を食べるとしましょう。
ここの所恒例ですね。
今日は、釣りは男性陣に任せ、釣った側から血抜きして捌いて刺し身にしたり、焼いたりとさながら戦国時代のアウトドアです。
私が料理し、千代女さんが釣ってる人たちに運んでいきます。
勿論、その間に自分たちも食べますよ。
ワサビが欲しいところですが、お刺身も新鮮だと美味しいですね。
今日は千代女さんが私のことを変な目では見なくなったような気がしますよ。
さて、釣りの男性陣が引き上げてきたところで、いつもの石焼です。
熱した石の上で豪快に魚を焼き、醤油を掛けて食べます。
持参した焼酎があっという間に無くなります。
勿論、加藤さんにもおすそ分けは忘れてません。
ちなみに、あまり打ち解けない感じの滝川殿はこういうイベントにもちゃんと参加するし、話にも応じます。
今日は、千代女さんが権六殿や半介殿と話しをしてるので、私はそれを見ながら、モグモグしていたら、珍しく滝川殿から話しかけて来ました。
「姫様は何処で料理を習われたので?
いえ、随分と手慣れてるふうだったので、本を読んだだけではああは行かないでしょう」
ええと、私が料理を習ったのは某カルチャースクールですよ。
でもそんなことは話しても頭がおかしい人としか…。
「何故でしょうね。
以前、夢で何処かの家で誰かの妻をして、料理をしている夢を見たのですよ。
その時のことを覚えていて、もしかしたら出来るのではないかとやってみたら、出来たのです。
不思議な事があるものですね…」
夢落ちで逃げてみました。
「夢…、で御座るか。
なんとも不思議な。。
誰かの妻をして、自ら料理をされるなど、夢とは言え下々の者の暮らしを体験なされたのですな。
それがし、裳着の後より、姫様にお仕えしておりまするが、古渡では自ら包丁を振るわれているなど見たこともございませぬし、屋敷のものに聞いても見たことが無いと言って居られた。
にわかには信じがたくとも、夢で見て覚えたとしか思えぬ出来事ですな」
「そうですね」
というと、口元を隠して笑ってごまかします。
「そう言えば、滝川殿は鉄砲を使われたことはあるのですか?」
滝川殿の目が一瞬光ったような…。
「いえ、それがしは鉄砲は触ったことがありませぬ。
一度、触ってみたいとは思っておるのですが、自分で買うにはとても手が出ませぬ」
うーん、一益殿だったとしても、この時期は鉄砲は未だだろうなあ。
堺で触ったって伝わってるし。
「そうなのですか。
父が鉄砲を持ってるらしいのですが、私も実物を見たことはないですね。
まあ、私が触ることは多分無いような気もするのですが…。
滝川殿は武人ですから、気になるでしょうね」
「はい。
いずれ機会があればと願っております」
「そのうち、値段が下がってくるとは思うのですよ。
そうなれば、織田家中でももっと数を揃えるでしょうから、滝川殿が触れられる機会もいずれ来るでしょう」
「そう願っておりまする」
というと、笑った。
珍しく、目も笑っていた。
滝川殿と話し込んでると、権六殿たちが戻ってきて、そろそろ戻る時間だとか。
千代女さんと二人の距離もなんだか縮んだふうに見えますよ。
千代女さんも、多分私と同じタイミングで輿入れなんじゃないのかなあ?
そんな気がします。
こうして、この日も村で新鮮な魚を食べ、古渡へ戻ったのです。
後日、塩水選は上手く行ったそうで、結果も良く来年から本格的に使いたいとのことでした。
今回はまたまた内政チートな話です。
去年から仕込んでいた綿花と塩水選です。