第四十四話 吉右衛門殿
吉右衛門殿に会いに行きます。
『鎧を作る』
早いもので今年ももう二月が終わろうとしてます。
前回は兜を作ったので、今回は鎧を作ってみようと思います。
一足早く、南蛮鎧的なやつです。
防御はしっかり確保しつつ、動きやすい。
更には騎乗の際にも邪魔にならない、というのが鎧としては理想です。
全部を作るのは大変なので今回は胴丸だけです。
スペインのコンキスタドールが使ってたような、量産性が高く実用的な胴鎧が良いでしょう。
この鎧も鉄砲を完全に止めることは無理だったようで、鉄砲の有効射程内で命中したら、厳しいかもしれません。
しかし、この時代の一般的な鎧に比べると防御力は高いはずです。
今回は予め二つ作ってもらうことにしました。
製作期間は早けければ二週間程度、掛かれば一月程度だそうです。
完成するのが楽しみですね。
『吉左衛門殿』
父が会いたがっていたと話をしていた、吉左衛門殿を訪ねることにします。
と言っても、同じ古渡に住んでいるので、遠くに行くわけではありません。
吉左衛門殿は侍大将なので、長屋ではなく侍大将の屋敷に住んでいます。
勿論、来た時は身体一つでしたが、今は使用人や女中さん、家臣も居るようです。
恐らく、今年の美濃での大戦が吉左衛門殿の織田家での初戦となるのでしょう。
しかし、三河への出兵は本人が希望しても大きな三河での事情の変化でも無ければ、父は留守居を命じると思います。
訪問を事前に知らせてあるので、屋敷に到着すると吉左衛門殿が出てきました。
そして、居間に通されると、挨拶を交わします。
「吉左衛門殿、お久しぶりです。去年の裳着以来ですが、息災でしたか?」
「はい、姫様。お陰様で病気一つせず元気にしております。
姫様はまた一つ歳を召されて、更に大人びてきましたな」
「ふふっ。皆にそう言われるのですよ。
ですので、もう歳は聞かれない限りは話さないことにしました」
「ははは。それはそれは。
それが宜しいでしょう」
「はい」
吉左衛門殿は去年会った時と、あまり変わった様子もなく、今年で確か四十を少し過ぎた程度。平成の感覚だとまだまだ若い。
来年史実通りだと、初孫の本多忠勝が生まれるはずです。
なかなか難しいでしょうが、なんとか孫との対面を実現してあげたいですね。
「以前お会いした裳着の折から、一年と少し経ちましたが、三郎様には良くして頂き、感謝に堪えませぬ。
拙者は、足軽組頭辺りで使って頂ければそれでよかったのですが、前と同じ侍大将に取り立てて頂き、まだ功もないのに過分に遇して頂き恐縮しておるのです。
武辺者にてこの御恩は戦にて功をあげお返しする所存に御座います。
供回りの家臣も揃え、しっかりと戦場で活躍出来ますよう、日々鍛錬をしておりますれば、今年にも戦があれば、必ず活躍してみせましょう」
「流石、吉左衛門殿。なんとも頼もしい言葉です。
父も期待しておりましょう。
しかし、吉左衛門殿、無事に生きて帰ってくるまでが戦です。
存分の活躍をなされ、無事の帰還を願っておりますよ」
「はっ。心得ております。
去年は久しぶりに戦もなく、落ち着いた一年を過ごしました。
三河におった頃は、先代清康様が亡くなられてから、戦に次ぐ戦で御座いましたので」
「いかなる強者にも休息は必要ですから、良き骨休めが出来たなら何よりでした。
ところで、父から吉左衛門殿が私に会いたがってるとお話を聞いたのですが」
「はい。一度お話をしたいと思っておりましたので、三郎様に」
「どんなお話でしょうか?」
「いずれ、姫様は何処かへ輿入れなさると思います。
三郎様は、いかがするのか大いに悩まれているご様子ですが」
「そうですね。いずれは、何処かへ輿入れとなると思います。
父上が悩まれているというお話も聞きました。
まだ十四ですから、すぐにと言う話ではないとは思うのですが」
「姫様は、今や賢姫として名が知られております故、是非にというお話が多方から来ておるそうに御座います」
「そんなに器量良しと言うわけでもありませんのに、多方から話が来るというのは喜ばしいことではあるのでしょうね」
「それは勿論にございます。それに姫様、ご自分でどう思われているのかは分かりませぬが、賢姫というばかりでなく、尾張でも美人で名を知られておりますぞ?」
またまた、リップサービスありがとう。
「ふふっ。
ところで、私の輿入れの話しですが、吉左衛門殿もどなたか良き相手を推薦して頂けるのですか?」
吉左衛門殿は驚いた顔をすると頭を振る。
「い、いえ違いまする。
拙者も四十を越え、既に倅が家を継いでおります。
正式に隠居はしておりませぬが、拙者は死んだことになっております故。
もし、姫様が他国へ輿入れされるというお話になり申したならば、拙者をお付きに加えてくださらぬか」
吉左衛門殿程の猛将をお付きに加えるなんて事、父がするかなあ?
「吉左衛門殿程の猛将を父が手放すとは思えませんが、お認めになれば私は構いません。
ですが、お認めなかったからと言って、父の事を悪くは思わないで下さい。
父は、吉左衛門殿に惚れ込んで家臣に迎えたのですから」
「勿論にございます。
これは拙者の我儘故、三郎様に入れられなくとも、他意を持ったりは致しませぬ」
「ですが、何故私に付いてきたいのですか?」
「一つは、三郎様の姫をお守りお仕えすることでご恩をお返ししたいという事に御座います。
もう一つは、あの時想いを語って下された姫様の行く末を見届けたいのです。
ですが、当代の英雄の一人である三郎様にお仕えし、かつて清康様に見た夢を再び見てみたいという気持ちも同じくありまする。
しかし、拙者はあの頃より歳を取ってしまいました故」
「わかりました。
私としては、父に引き続き助力してくれる事をお願いしたいですが、知る人も少ない他国に輿入れする時、吉左衛門殿の様な頼れる方がおられるというのは心強いです。
父の判断に委ねるということで、構いませんか?」
「はっ。それで結構にございます」
「では、恐らく今年にもあるかもしれない戦での御武運と無事の帰還を願っております」
「ははっ。必ずや」
吉左衛門殿はまだ老いなど感じさせませんし、老け込む歳でも無いと思うのですが、私のお付きに来てくれるそうです。
しかし、私の輿入れの話しはどんな所から来ているのでしょう。
個人的には側室は嫌ですね…。
吉右衛門殿は輿入れのお付きについてくるのが希望のようです。
確かに、信秀の代は厚遇されるでしょうが、次の代で同じ扱いとも限りませんからね。
吉姫に付いていけば退屈しなさそうですし。