第四十三話 父との対話
父上に先日の守護様訪問の報告をしました。
『父との対話』
守護様のお屋敷へ行った時の話を父に報告します。
「吉よ、先日の武衛様の用件はなんであった」
「はい。守護様は今のあり方について悩まれているご様子で、守護という権威はあるが力なき今の状況で、如何様に生きるべきかとご相談なされました」
「ほう。どう答えたのだ」
「ただ、『君臨すれど統治せず』が、権威たる生き方で御座います。とお答えしました」
父はそれを聞き、ふむ。と一言呟くと暫し思案する。
「なるほど、含蓄ある言葉であるな。
日ノ本であれば京におわす帝がそれに当たるか。
しかし、君臨しようにも権威を奉じる者が居らねば君臨できまい。
ただでさえ戦乱の世、長く続いた名家であっても下克上され、その地位を追われるのが今の世よ。
その権威が利用できるうちはいいだろうが、いずれ目障りになり養子を押し込んだり、いっそ取り除いてしまおうと考えるのでは無いか?」
「はい。
ですから、守護様におかれては自らを特に奉じる家を大事になされるべきだと。
守護代の家がいくつもあれば、いずれどこかが攻めてきたとき、守護代皆が一丸になれば良いが、まちまちの対応では勝てる戦も勝てませぬ。
それすなわち、守護様も守護様を奉じる守護代も皆共倒れに御座います。
故に、守護様を一番に奉じる家を守護代にされるべきではありませんか?と、ご提案差し上げました」
父はそれを聞き目を丸くし、そして笑い出す。
「ふはは。
いつまでも子供だと思って居ったが、やはり吉は儂の娘か言うようになったな。
それが、弾正忠の家だと、ねじ込んだのだろう」
父は不敵な笑みを浮かべる。
「はい。
我が弾正忠の家こそが、一番守護様を奉じてる家であると話して参りました。
私は父がことあるごとに守護様を立てられておられるのを見てきました。
父上こそが、守護という権威たる武衛様が君臨されるこの国で、守護代として権威を最も有効に活用し、統治できるお方だと思っております」
父は上機嫌に笑う。
「ははは。
権威を有効活用し統治するか。
傀儡にするでも無く、養子を押し込むでも無く、守護代として守護を奉じ、この国を護り富ませる。そうあるべきであろうな。
しかし、そのためには岩倉と清洲の現守護代はどうするのだ」
「それは、お気にされる必要はありません。
父上はこの先も三河で美濃で、勝ち戦を続けていれば、いずれ守護代になられます」
「ふむ。そう言うものか?
しかし、戦の勝ち負けは武家の常故、常に勝てるとは限らぬぞ。
特にここ最近は勝ち戦が続きすぎておる。
気持ちが緩み、大負けするやもしれぬと、儂は心配しておるのだ」
父が腕を組み思案顔になる。
「父上、ご心配無用に御座います。
三河には信広兄上がおり、常在戦場の気持ちを片時も忘れることなく、日々富国強兵に励んでおりまする。
臣下には優れた軍師がおり、優れた耳役もおりまする。
また、三河の多くの国人も兄に味方し、雪斎殿が大軍を率いて押し寄せでも来なければ、負けることはありますまい。
美濃においても、私に策があります。
同じ手は二度と使えずとも、二度目を作ってやればいいのです。
いずれ時が来れば献策いたしますゆえ、用いるか否かはまた父上が判断なされませ」
ふーむ。と父はため息をつく。
「我が子らが知らぬ間に大きく成長し儂を支えてくれる。儂は幸せなのであろうな。
実は美濃は去年、朝倉孝景殿と斎藤利政殿との間で和議が成立し、頼純様が守護になられたのだが、孝景殿と頼純様は実質国主として振る舞っておる、斉藤利政殿を信用しておらずいずれ兵を起こすことを考えておるらしい。
前回の美濃攻めでも頼芸様を支援して出兵したが、おそらく此度も土岐守護家を支援して出兵することになろう。
故に儂は秋に向け出兵の準備をするつもりだ」
「稲葉山城は落とせぬでしょうが、その戦で勝てば利政殿はきっと和議を求めてきましょう。
そこで和議となれば暫くは国内の事と三河の事に専念できます。
いずれ岡崎の広忠殿は今川に支援を頼み、西三河奪還に動きますから、美濃の戦の後、早急に三河の戦の準備も必要となります」
父は大きく頷く。
「うむ、おそらくそうなるであろうな。
されば吉よ、また戦が近くなれば此度は知らせる故、用いるかどうかはその時にならねば解らぬが、献策を頼む」
「わかりました」
「そうよ、吉左衛門殿が会いたがっておった。
また折を見て訪ねてやってくれ」
そう言い残すと、父は部屋を後にした。
本多殿ですか、そういえば裳着以来ですね。
また訪ねるとしましょう。
父は史実通り秋には美濃に出兵のようです。
いわゆる第二次加納口の戦いです。