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吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第三章 美濃騒乱(天文十六年1547)
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第三十七話 我が家の正月祝

古渡での内々の正月祝の話です。





『我が家の正月にて候』



正月二日目が例年古渡での父を交えての新年のお祝いです。

といっても、こちらの方は父が私邸で内々に行っている祝いで、午前中は屋敷の者だけで新年を祝い、午後から父に城の者とか近しい人とか来客があるのです。

屋敷の者といっても、使用人達は同じ部屋でお祝いをというわけではなく、一同が集まり父に挨拶をし、父より祝いの品を貰って帰るという感じです。

二日目は実に父の私的な正月祝いであり、参加する者も年によってまちまち。

女中さん達も、実家で祝うので暇を貰って居ない人も居て、代わりに親類が居たりというそういうアットホームな集まりです。

今日はといえば、信光叔父に信康叔父、それに信広兄が来ています。

信広兄が古渡の正月祝いに来るのは初めてでしょうか。


父の挨拶がまずあり、そして、父の音頭でまず一杯。そして食事です。

今日は昨日の塩鮭を焼いた物が出てますね。

お酒が適度に回ったところで、それぞれが父のところに行き挨拶をし、言葉を交わします。

叔父達は昨日那古野の祝いにも参加していたので、ここでは特に挨拶はせず、おそらく午後から話をするのでしょう。

多分、今年の弾正忠の家の方針など、兄弟で話し合うのでしょうか。


私はこの日に父に挨拶をするのが例年です。


「父上、旧年は裳着を終え、初めての歳でしたが、色々と我儘勝手を聞いて頂きありがとうございます。

 本年も、また色々とご相談すると思いますが、よろしくお願いします」


「吉よ、旧年は裳着の後、実に精力的に動いておったな。

 領地の方も、代官に報告を受けておる。

 収穫の方も申し分なく、新たな事業の方も上手くいっているとな。

 吉はいつも儂の顔を立て、儂の差配で物事を進めるように必ず報告し、勝手をせぬので、本当に助かっておるのだ。」

 

 父は上機嫌で更に一杯。

 今日は祝いの席なので焼酎ではなく諸白という高級なお酒が出ています。


「吉の作ったあの焼酎という新たな酒、あれは良いものだな。

 安く作れる割に美味しい。透き通った酒精の強い酒よ。更には悪酔いし難いというのが尚良いな。

 今や、あの酒は我が家の大きな強みとなっておる。

 焼酎欲しさに今まで以上に誼を結びたいという公卿が出てきたり、土産物として持っていくのにもとても良い。

 そしてこの焼酎も、我が家の大きな収入の一つとなっておる。

 あの酒のお陰かわからぬが、多く飲まずとも舐めるように味わえば気持ちよく酔える故、儂も以前に比べると格段に酒量が減ったせいか、翌日に響くことも殆ど無くなったわ。」


 そして上機嫌に更に一杯。

 信光叔父や、信康叔父からも同意の声が上がる。


「然り、あれは良き酒よ」 

「儂も最近は焼酎が多い」


皆が機嫌よく笑い合う。

そして、父がまた語りだす。


「他には、そう醤油があったな。

 津島の大橋殿に頼んで取り寄せた醤油だが、あれは今や尾張の特産物の一つよ。

 吉が作らせた醤油差しが、非常に使い勝手が良い故、つい食事の付け足し味に使ってしまう。

 それがなお良かったのであろうな。

 お陰でこの尾張発の醤油は大いに広まり、ここでも醤油づくりが始まった。

 それが上がってくれば、醤油の価格が下がり更に広まるであろう。

 吉が領地で作らせた煮干しという小魚の乾物を醤油などで煮て作る出汁醤油というのも良いものだ。

 儂も饂飩というのを津島に出向いた折に食したが、食べやすく美味かった。

 あれは醤油の価格が下がれば、庶民でも食べられる位の値段にまでいずれ下がろうな」

 

「それに、冬になる前に吉が領地にて作らせた石鹸。

 あれもまた良きものよ。

 以前吉が作ったムクロジ汁というのがあったが、石鹸は比較にならぬな。

 使い勝手がよく香りよく、身体や衣類など、汚れが驚くほど綺麗になる。

 あれのお陰で、見た目の変わったものが何人もおったぞ」


父を始め皆が笑う。


「あの石鹸、あれは儂が都へ公卿への贈り物にした他、大橋殿に津島で試しに扱わせておるのだが、かなりの引き合いがあり、津島でも値付けが難しいほどよく売れたそうよ。

 来年はもっと多く作ればかなりの収入となるだろう。

 驚いたのは禁裏にも献上してほしいと付き合いのある公卿から知らせがあったのだ。

 吉よ、これは大変名誉なことぞ。

 石鹸の製法は、吉の領地の村の者に今は独占させておるが、来年は他の村にも製法を知らせ作らせるつもりよ。

 勿論、製法はいずれはどこかから漏れるだろうが、それまでは我が家の秘法とするぞ」

 

酒も周り舌も滑らかに語ると、父はさらにもう一杯。

 

「そして旧年の大きなことといえば、甲賀衆のことよな。

 吉が甲賀の望月の者達を招き、薬事業を立ち上げ、またあの者たちを使い、新たな薬を幾つも作り出した。

 それらはすべて有意なものであり、家中で使うだけでなく、これもまた、我が家の大きな収入になっておる。

 彼らに伝手が出来たことで、他の甲賀の家の者も多く仕官に来て、優れた家臣を増やす事ができた。

 これも吉のお陰よ」


そう話すと父は私をじっと見つめる。

そして言葉を続ける。


「去年は大きな戦もなく、我が家は内政や外交に専念しておったわけだが、儂らの年初の見通しではそこまで多くのことをする見通しではなかった。

 勝ち戦とは言え、ここ数年続いた戦の後始末と、新たな準備が出来ればよし。

 そういう見込みだったのだ。

 

 それが吉が精力的に働いたおかげで、儂は最終的な差配をするだけで我が家の収入は大きく伸びた。

 領地の一つも増やさずにだ。

  

 吉は知らぬだろうが、あの新たな農具。

 まだ全てではないが、それを段階的に広めたおかげで領民たちが手がける耕作地が広まり、そして一番大きかったのはその農具を広める過程でこれまで中々に難しかった検地が大いに進んだのだ。

 これにより我が家の貫高も大いに増えたのだ。

 

 戦もせず、領地も増やす事なく、差配だけでこれ程の収入増は、人の命を糧に戦をするのが馬鹿らしくなるほど。

 それだけ去年だけで我が家は豊かになり、影響力が強まったのだ。

 

 吉の去年の働きは勝ち戦で大きな武功を挙げるに匹敵する比類なきものだということよ」


 両叔父、そして兄が口々に賛同する言葉を発し、大きく頷く。

 

そして父が言葉を続ける。


「これ程の功績を上げれば、本来なれば大きな報奨を与えねばならぬ。

 もし与えねば、これほどの功績をあげようと、満足な報奨も与えぬ吝嗇と取られ、もはや我が元にて励もうとするものは居なくなるどころか、優れたものから去っていくだろう。

 それほどの功績なのだ。

 

 儂は吉が嫡男であればと、今ほど思ったことはない。

 吉が嫡男なれば、吉法師と名付けるつもりであったのだ。


 しかし、娘であった故、我が家の吉兆となればと吉と名付けたのだ。

 果たして、吉は名前に込められた願いの通り、我が家の吉兆となったのだ。

 吉が笑うようになったその日から、我が家はずっと上り調子。

 快川和尚という得難い名僧を招き、戦をすれば負け無し。

 安祥では得難い家臣を得た信広が大いに手柄を立て三河にて確固たる立場を得た。

 美濃では大きな勝利を得て武衛様は勿論、美濃守護の土岐様の面目も大いに施し、我が家は今や絶大な影響力をこの地で持つことになったのだ。

 

 これで吉が嫡男なれば、儂は安心して後を託せたろう。

 しかし、女子である事は動かしようもなく、何れ何処かへ輿入れし、我が家の血を継いでいって貰わねばならぬ。

 姫故に、大きく賞する事はできぬのだ。

 過分な化粧地を与えるわけにもいかぬ。

 出来ることといえば、大橋殿の所からお礼の形で金銭的に報いるくらいなのだ」

 

ここまで語ると、杯を煽ってため息をつくと、叔父たちに視線を向けた。


信光叔父がつぶやくように話す。


「左様、吉が嫡男なれば、今年か来年には初陣を経て、押しも押されもせぬ兄者の跡継ぎとして、存分にその腕を振るうことも出来たのに。

 嫡男勘十郎が、吉ほどの才はなくとも、もう少ししっかりしておればな…。

 林兄弟はどういう育て方をしたのか」

 

それを受けて信康叔父が話し出す。


「勘十郎は嫡男だと胡座をかき過ぎでござろう。

 三郎兄者の後継者だということがわかっておらぬ。

 このまま勘十郎が元服し、表に出るようになれば兄者の築いてきたものに泥を塗らぬか拙者は不安でござる。

 このまま本当に勘十郎に後を継がすのでござるか?

 そう、庶長子なれど既に実績と才覚を示した信広が跡継ぎではいかぬのですか?」


信広兄が血相を変えて打ち消しにかかる。


「信康叔父上、そこまでにして置かれては。

 それがしは庶長子、それがしなど担いでは家が乱れる元ですぞ。

 それがしは時期が来たら三河にて別家を立てさせて頂き、尾張の弾正忠家を支える所存にて」


ここまで目を閉じ黙して話を聞いていた父が刮目する。


「吉よ、正月の目出度き席で斯様な話、済まぬな。 

 信光、信康、その話はいずれするとしても、ここでする話ではなかろう。

 

 だが、さっき話したような賞し方では、報いておらぬのと変わらぬ。

 本来なれば城を与えるくらいほどの功績なのだ。

 その意味は武士ならば皆わかろう。

 

 実はな、吉には話して居らなんだが、新たに末森に城を築いておるのだ。

 儂は出来上がり次第、居を末森に移すつもりだ。

 本来は吉もこれまで通り、ともに連れて行くつもりであった。

 来年は、勘十郎は元服し、正式に那古野の城主となる。

 今の傅役の林兄弟はそのまま勘十郎の宿老となり、青山は儂のもとに戻り、内藤は高齢故隠居するそうだ。

 

 空き城となるこの古渡だが、このまま廃城とするか、誰か城代を入れるかと考えておったのだが、吉が望むなら、輿入れまでというのが心苦しいのだが、この城を与えても良い。

 我が姫故、城主にはしてやれぬが、名目上の城代にだれか任命する故、実質的な城主として振る舞うことは出来るだろう。

 勿論、城主としての禄も使える故、今以上に遣りたいことができるようになるだろう。

 家臣もあまり多くは駄目だが、今少し雇うことは出来るだろう。儂の許可は要るがな。

 ただ、城持ちとなると、今のように身軽で自由にというわけには行かぬ。

 城主としての責務の殆どは城代がやるが、なにもないという訳には行かぬのだ。

 故に城が負担になるやも知れぬ。

 

 また、末森に移る時、いま那古野で勘十郎と暮らしてる祥が、末森に来て一緒に暮らすようになる。

 

 そこも含めて、今すぐ返事は必要ない故、また考えておいてくれ。

 

 吉よ、去年の働き誠に大儀。

 本年も存分に励むがいい」

 

というと、父は杯を私に差し出し、受けると少しだけ諸白を注ぐ。

私は儀礼通りに飲むと、平伏して父の前から席に戻る。


後は、和気藹々とした感じで、それぞれが楽しみだした。


そうしてると、今度は普段中々会えない信広兄が席を離れると叔父方の前に挨拶に行った。


 

実質、吉姫の論功行賞になってましたが、勘十郎の話も少し出ました。


ご意見、感想などありましたら遠慮なくください。

パイロット版ですので、大筋ストーリーは変わりませんが、内容や文体も含めまだまだ変わっていく可能性があります。

ですので、ご意見ご感想は、作者の更なるモチベーションアップに繋がる他、作品品質の向上にも繋がります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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