第三十三話 戦国X~ネジ作りへの挑戦
ネジ作りの物語です。
『戦国X~ネジ作りへの挑戦』
領地視察から五日ほど経った頃、鍛冶屋が報告に屋敷に来ました。
「姫さん、一先ず雄ネジは出来ましたぜ。
これでいいのか確認してくんな」
鍛冶屋の持ってきたズシと重いそれを受け取ると、確かにネジが切られ六角形の頭の付いた、所謂ボルトの様に見えますが…。
やはり、流石に平成の世で当たり前に見ていた工業生産されたネジに比べると、精度の面で不安があるようには見えます。
しかし、時間をかけてネジを切っていったのがよく分かります。
「よく出来てますね。
雄ネジはこれで一先ず良いと思います。
雌ネジはどうですか?」
「雌ネジは一応、言われた方法で作ったのがこれだが…」
鍛冶屋が取り出したのは薄い金属のパイプ。
中を除くと確かにネジが切られてる様に見え、雄ネジの方を差し込むときっちり入ることは入ります。
「ネジとしては出来ているように見えますね」
「一応、姫さんの言う方法で、雄ネジと雌ネジは作れた。
しかし、この肉厚の薄い筒を見ての通り、姫さんの言う方法で、一般的な鍛冶場にある槌で叩いてキッチリとネジが入るのはこれが限界だった。
もっと重量のある槌で叩かないと、これ以上厚いのは難しい。
だが、姫さんが欲しいのはこんな薄い筒の雌ネジとは違うのだろう?」
「そうですね。
この今ある雄ネジと雌ネジではちょっと工夫しないと使いにくいと思う」
「それで、他の方法があるように行ってたと思うが、他にはどんな手があるんで?」
殆どアイディア帳状態になってる、雄ネジと雌ネジの製造プランが書いた紙を見せる。
「他には、強度が怖いのだけど、比較的簡単だと思われる方法としては、このネジの型を取って、鋳造する方法。
この場合は、雌ネジ側を比較的好きな形にすることが出来るはず。
例えば、ネジ式の圧搾機を作る場合、それを作る上で一番都合が良い形に最初から作ることが出来るでしょうね。
後は、これが一番恐らく確実で、最初は恐らく面倒な方法が、この、タップとダイスを作る方法」
「鋳造は確かに、姫さんが言うように鋳物師を手配すれば作れる様に思いますぜ。
まあ、鋳物師っていうのは面倒な連中なんで、鍛冶仕事で出来る範囲の物は鍛冶場でやってしまうんですがね。
この、達布と台子ですかい。
これは、作れなくはないと思いますぜ」
「鋳物師は言われてみると確かにそうかもしれないですね」
鋳物師は私鋳銭も作れてしまうから、一重二重に囲われて、自由に仕事が出来ない状態だっけか…。
「タップとダイスが出来れば、雄ネジも作れるし、雌ネジも予め穴を開けて、その後でネジを切ることが出来るから、厚みとかは気にしなくて良くなります」
「わかりやした。
では、鋳物師は難しかったら姫さんの伝手で都合してもらうって事で、取り敢えずこの達布と台子をなんとか作ってみやす」
そこからさらに一週間後。
また鍛冶屋がやってきました。
「姫さん、達布と台子、なんとか作りやしたぜ。
もう一度、ネジを切って、雄ネジを作り、それを達布に加工して焼入れして。
その後、台子用の穴の空いた板に、達布でネジを切って、更に加工後同じく焼入れして完成させましたや。
最初に作ったのは上手く切れなかったのでこちらで手直しして作り直しやした。
そして、これが、台子と達布で新しく作った、雄ネジと雌ネジでさ」
一つ一つ確認していく。
タップもダイスも、図面にある通りタップホルダが付いており、それを使って作られたネジもしっかり作られていて、見るからに六角ボルトとナットのセットだった。
「よく出来てますね。
このネジがあればいろんなことが出来るでしょう。
例えば、雄ネジのここにこういう円板を付けて、この雌ネジを固定して回せばどうなると思いますか?」
「ん?
そりゃ、螺旋が切ってあるんだから、雄ネジを回せば雌ネジが動くだろうよ」
「そうですね。
ということは、ここに穴を開けて、鉄の棒を通してこう持って回しやすいようにして、ゆっくり回せば、どうなるでしょうか?」
「姫さんは何が言いたいんだ? まどろっこしいのは勘弁ですぜ。
ゆっくり回せば、ゆっくり動くだろうよ」
「はい、そうです。
つまりここを回せば、この雌ネジの位置をかなり細かく決められるということです。
さらに言えば、このネジというのはとても強い力を出しますから、こういう感じの道具を作ったら、締め上げていろんなものを固定する事が出来ませんか?
ほら、こことここに別々にネジをつければ、好きな所に固定して、この口の大きさの範囲なら、なんでも挟めるでしょう
この工具を、万力と言います。まだ日ノ本には無い道具ですよ」
それを聞いて鍛冶屋は、おおと手をぽんと叩く。
「そうか、これを上手く使えば、長さを図る道具も作れるし、確かに万力は便利だ。
早速作ってみるか」
「でしょう。
それに、このネジを台に据えてここにこういう台を万力付きで据えると、送り台という道具が作れるんですよ。
精密な部品を作る時にこの送り台と言うのはとても役に立つのです」
役に立つと聞いて鍛冶屋が目を輝かせる。
「そう、旋盤と、磨削机が作れます。
この二つがあれば、鍛冶屋という仕事の世界が変わるでしょう」
鍛冶屋はそれを聞いて感動して、おおおお、と感嘆の声を上げる。
「姫さん、なんだか俺はものすごいものを作ろうとしてる気がしてきやした。
やっぱり、姫さんについてきて正しかったようだぜ。
鍛冶屋の世界が変わるなんて、どんな道具だろうと思いますや。
このネジすら、正直俺は最初はまた面倒な仕事を、程度にしか考えてやせんでした。
しかし、苦労はしたが実際に言われるがままに作ってみて、俺はこの手でとんでもないものを作ったって話を聞いてわかりやした。
俺は猛烈に感動してますぜ」
「骨折り、誠に大儀でした。
あなたのような腕のある鍛冶職人と巡り会えて、私は望外の喜びですよ」
鍛冶屋はそれを聞くと、目頭を抑えます。
「姫さんはとんだ人たらしだ。
兎も角、また万力が出来たら知らせますや。
今日はこの辺で失礼しますぜ」
「ご苦労さまでした。
そうそう、ご褒美を忘れてますよ」
というと、私は焼酎の入った瓶と、報奨金が入った小袋を渡しました。
それを鍛冶屋は受け取ると、「ありがたく頂きやす」といい残し、鼻をすすりながら帰っていったのです。
鍛冶屋は清兵衛というらしいですが、いい人を雇えました。
中々村で鍛冶屋をやってて、加藤某の父が弟子入りするはずの清兵衛?と思い調べてもらったのですが、今中々村で鍛冶をやってるのは清兵衛という名では無かったそうです。
加藤某さんの父親が弟子入りする清兵衛さんは何処に居るのでしょうね。
ともかく、ネジが出来たのは素晴らしいです。
一先ずネジが出来ました。これでネジ式の小型の圧搾機も出来るでしょう。
タップとダイスが出来たのは大きいですね。
この時代でダイスはまだ日本には無く、タップの一種を種子島を作ってる鍛冶屋が持ってるくらいです。