第三十二話 農機具試運転
なんとか収穫に間に合った農機具の試運転です。
『農具試運転の巻』
完成の報告を受けた私は、早速と翌日にはお供と一緒に領地に向かいました。
この日は慰労の為にささやかに宴会を振る舞えたらと思い、酒樽を届けさせています。
前回の帰りに半介殿と内政談義で盛り上がってた権六殿は、今日は何時にもなく歩みが軽やかに見えますね。
「姫様、それがしはこの日を心待ちにしておりましたぞ。あの機械が、どれ程の仕事をするのか、それが気になって仕方なかったですぞ」
それを聞いた半介殿も、
「左様左様、拙者もあれから領地の領民に脱穀について聞いてみたのでござるが、コギバシという箸に挟んで少しずつ脱穀するので、手間と時間がかなり掛かる作業だと言って御座った」
「正しく完成してたらいいわね」
実は内心不安なのだった…。
月が変わったとは言え、未だ9月の内、普通に暑い日が続いてます。
そんな中、この日は、気が急いたのもあったのか、普段より早く到着しました。
しかし、手順は踏まないと、女性宅に前触れなしに乗り込むようなものです。
弥之助が先触れに行って、その後急く気持ちを抑え、村に入っていきます。
すると、乙名が待ってましたという風で出迎えてくれました。
「姫様、お待ちしておりましたぞ。なんとか模型通りの物ができたと思います。
一応、まだ使ってはいませんが、模型と同じように動くことは確認しました。
試し用の稲はあのように、乾燥を終えて用意しております」
私は脱穀機や唐箕を確認しながら乙名に労いの言葉をかけました。
「乙名殿や村人たちの尽力、誠に大儀です。
では、早速始めましょうか。
うまく行ったらあちらにお酒の用意もしているので、繁農期の慰労も兼ねて宴としましょう」
それを聞いた村人から歓声が上がる。
「では、初めに私がやって見せるので、あとはあなた方で試してください」
かつて田舎で試した手順そのままに、まずドラムを手で回し、弾みがついたら足で踏み板を踏んでドラムを回し続けます。
そして、稲をドラムで削るような感じで当てていくと、バラバラっと米が下に敷いてある筵に落ちていく。
それを見て村人たちから口々にどよめく様な声が上がります。
あっという間に一本の稲穂が藁束と化しました。
つぎに、今落とした米を筵から箕に移し、村人に唐箕を回してもらいながら、上部の口から米を流し込みます。
するとしっかりしたコメは手前の桶に、中途半端なのは奥の桶に、そして側面の口から籾やら藁やら、軽いものが吹き出していきます。
以前はこの選別はそこそこ時間をかけてこの箕を使ったりして行っていたが、唐箕を使えばあっという間でした。
こちらの方の成功にも村人がどよめき、そして乙名はそれを見てあまりの早さにあっけにとられたのです。
動作チェックは問題なかったので、次は村人にやってもらう。
村人は物珍しさもあって順番を奪い合うように、それぞれが試します。
結果、お試し用の稲の束がどんどん減っていくのでした。
彼らを見ながら乙名は感無量という感じです。
「姫様、疑っていたわけではないのですが、想像以上の出来栄えに正直驚いております。
これがあれば、確かに村人総出でやってた作業が随分減るでしょう。
姫様がご所望されていた木の実の収集にも十分人が出せるでしょう。
すでに、この近隣で採取出来そうなところは探してあります」
「無事に農具が動いて何よりです。
これで、大幅に人手が稼げたでしょう。
次の木の実こそが、長い期間掛けて作り上げた圧搾機の真価を発揮する為に大事であり、米の収穫が終わったら取り掛かってください。
あまり寒くなる前には油の絞り出しまでの作業を終えたいのです」
「心得ました。
木の実の収穫に目処がつけばまたお知らせします」
「頼みましたよ。
では、そろそろ稲束も無くなったようですし、宴会としましょうか」
それを聞いて乙名が満面の笑みで頷くと、村の女衆に指示をだし、宴会の準備を初めます。
手際よく浜辺に鍋が幾つか設えられ、漁師の村らしく海の幸をふんだんに使った鍋が出来上がっていきます。
それとは別に釣りたての魚を捌き、醤油で石焼も振る舞いました。
流石に、村人は直接は話しかけてきませんが、皆和気藹々と料理を食べお酒を飲んで宴会を楽しみます。
私は料理を器に装ったものを貰うと、お酒の入った瓢箪と一緒に宴会の席から離れた木の下にそっと置いておきました。
すると、何処からともなく「お気遣い感謝。馳走になります」と声が聞こえ、ふと見ると料理とお酒が消えていました。
千代女さんは滝川殿と一緒に料理を食べてるようで、コチラには来ません。
相変わらず滝川殿と千代女さんはよく話してますが、どうもよく見ると千代女さんが滝川殿に話しかけ、それに答えてるだけのようにも見えますね…。
思ったほど親しくないのでしょうか?
料理をつまみながら、村人の和気藹々とした風景を眺めてると権六殿と半介殿がやって来ました。
彼らはお役目なのかどうかはわかりませんが、村にいる間、私が乙名や他の村人と話してる間は、特に必要とする場合以外はあまり話しかけては来ません。
「姫様、脱穀機と唐箕。それがし確かに動いてるところを見ましたぞ。
素晴らしいの一言です。
脱穀が、こぎ箸からいきなり、あの機械、一足飛びに大変な仕事から楽な仕事に変わりましたな。
あれがあれば、耕作地を広げても対応で来そうですぞ」
「左様左様、あれは素晴らしきもので御座る。
さながら別世の感でご御座る。
あれを我が領地でも使えれば民百姓は大いに助かるで御座る」
「私もきっちり動いて安心したわ」
「姫様、あれらの機械、なんとか我が領内で使えるよう、備後様にお言葉添下さりませぬか」
「姫様、拙者の領地でも使いとうござる。何卒何卒」
二人が平伏する。
流石に領民の前で二人の武士を平伏させるのは気がひけるので。
「わかりました。父に伝えておきます。しかし、判断は父ですから。
いいですね?」
「「はっ、よろしくお願い申し上げる」」
そう言うと、二人は私達の為に用意してくれた場に戻り、料理や酒に手を出す。
滝川殿もそうだけど、二人にも随分付き合ってもらいました。
本当なら、もう少し仰々しくお供を連れなければ移動もままならなかったところ、武勇で知られる彼ら二人が同行してくれていることで、少ないお供で済んでいるのですから。
私も二人の隣に行くと、料理に手を出す。
石焼はいつもながら美味しいし、村の女衆が用意してくれた海鮮鍋は味噌が入っていて豪快な魚のぶつ切りが良い出汁になっていて、石狩鍋のようでとても美味しいです。
鍋を食べながら、そういえば煮干しってあるのかなと思い出し、乙名に聞いてみると魚の干物はあるらしいのですが、煮干しは聞いたことがなく、小魚は干鰯として肥料にしてるんだとか。
そこで煮干しの作り方を教えて、出来たら屋敷に届けてくれるように頼みました。
乙名は新たな商材の話かと、前向きに話を聞いてくれましたが、うまく行けば商材にもなるでしょうね。
『ダウその後』
乙名にダウが今月完成してるはずですが、すでに浜には無かったのでどうしたのか聞いたところ、確かに完成し海に浮かべて問題ないことも確認したら、父の命を受けた船乗りが来て津島へ回航していったのだとか。
三角帆が風を受けて滑るように洋上を走るのを見て、いつかあれの小さいのを作って漁に使いたいと思ったと話してくれました。
また父にあったときにどうなったか教えてもらいますかね。
どうにも、父は殆どの事を許してくれるのですが、父の手に渡ってからのことはあまり話してくれないのです。
まあ、前からそうだった気もするのですが…。
出来たら処女航海に立ち会いたかったです。
この日は宴会で盛り上がり、村人の士気も上がったところで、木の実の収集を皆に頼んで村を後にしました。
帰り道で、権六殿と半介殿が前に贈ったハルバード、随分使いこなせてきたから、次の戦に持っていくつもりだと口々に話してました。
やはり、武士は槍働きなのですが、ハルバードのような武器は初めてだったらしくて。教わる相手も当然いないので、二人で鍛錬してるそうです。
農機具の試運転も無事に終わり、次回はいよいよ石鹸作りです。
煮干しのサンプルもできてるかな?