第二十七話 近代的な軍についての講釈をし候う
今日はお寺で講義しました。
『近代的な軍についての講釈をし候う』
今日は寺で講義の日。お供を連れて寺へ向かいます。
寺の日は権六殿と半介殿は古渡までは来ないで、寺で落ち合う場合が殆ど。多分、家と寺の位置関係の都合なのかな?
侍女の千代女さんは寺に行くのは初めてで、興味津々のようです。
そして、私にショックなお知らせ。
ほぼ、専属と化していた女中であり師匠でもある人が、輿入れするとのことで、秋になるまでには屋敷から居なくなるとか。
私のお世話は専属である侍女の千代女さんが引き継ぐことになってますが、この人はどう見ても同い年とはいえ十二歳の侍女になりたての人で、かなり心細いのです。
師匠には随分お世話になったので、何か贈り物をしたいですね。
お寺に着くといつもの日課で、寺の薬草園を見ます。
与右衛門殿が最初指導してくれてましたが、今は甲賀から来た望月の人が定期的に指導に来てくれてるそうで、お世話は変わらず小僧さんたちがやってます。
和尚曰く、寺で何か育てるのは修養にもとても良いとのことで、そろそろ椎茸栽培でも試してもらおうかなあ?
薬草園は以前より更に品種が増え、最初は小さな花壇位の大きさだったのが、今や家庭菜園位の規模になってますね…。
さて、講義の時間となったので、いつもの様に講堂に向かうと、今日も沢山の人が来てますね。下は同い年位の子から、上は四十代位の人まで。誰が来てようと、私には関係のないことですが。
今日の講義は近代的な軍について。つまり常備軍の編成と論功に関してです。
常備軍と言うのは基本的には金銭で雇用契約を結ぶ、職業軍人です。
軍人とは軍務を主たる仕事とする人のことです。
今は平時であれば、足軽の人は農業など本業がありますし、他の人もそれぞれお役目があると思います。
この職業軍人と言うのは、他に仕事を持ってる人たちと違って、とにかく、軍務が仕事なので、平時は基本的に訓練が仕事になります。故に、半士半農の徴集兵より確実に強くなります。
と言うか、強くなってもらわないと困るのですが。
信長が集めていた兵は実質的に戦ばかりしてたので、常雇いっぽくなってましたが、あれは単なるその場集めの傭兵。契約社員やアルバイトみたいなもんで、雇用契約なんてありませんから、旗色が悪くなればバックレますので、粘りがありません。
つまり、信長の軍の最大の弱点はソレです。結局、全滅同然に粘って信長の窮地を救ったのは、領地持ちの武将の一族やその領地の領民兵ですから。
さて、この講釈で話す常備軍と言うのは、賃金で雇う兵士達で、勿論目覚ましい功績を上げる兵士を領地持ちに引き上げるのは雇い主の勝手ですし、活躍に対しても勿論お金で報酬を払います。
しかし、戦というものは常に勝戦ばかりではありませんから、勝っても負けても論功と言うのは必要ですし、規則によってある程度の段階を踏んだ兵士には報いていかねばなりません。
まず、何処かの家の三男坊でも、農家の次男坊でも構いませんが、常備軍の兵士として雇用しました。
この段階では、見習い兵という一番下の階級になります。常備兵は細かくなるので、身分ではなく階級という新たな階位を儲けます。
見習い兵は新兵ですから、一番の任務は訓練となります。過酷な戦でも、隊の足を引っ張ること無く、存分に戦って生きて帰ってこれるよう、集団行動の訓練も兼ねて扱きます。
その次は集団生活のための訓練ですね。
常備軍に所属する兵士は見習い期間や単身の間は兵舎と呼ぶ兵士専用の建物で共同で集団生活します。
所帯を持った場合は、専用の長屋に移り住みます。
ここで大事なことは、雇い主の命令一下、直ちに集合し任務に就く状態を維持するということです。
つまり、雇い主が出陣を命じれば、常備軍は一刻も経たぬうちに全軍集合し、出陣できる体制を維持するということ。このことの強みというのは説明するまでもありませんね。
そして、一定期間訓練を経て、訓練担当に認められれば、正式に入隊。いつまで経っても要求水準を満たせなければ、解雇ということになります。その間の賃金は無駄になりますが、優れた兵士を雇うための経費だと割り切りましょう。
正式に入隊した兵士たちは、二等兵という、一番下の階級につきます。
そして、一回の戦に出征し、無事生還したら、一等兵に昇進、更にもう一度戦に出征し、生還したら上等兵と順番に昇進していきます。
しかし、戦に出るだけで昇進出来るのはここまでで、これ以降は功績を上げないと昇進出来ません。
勿論、昇進すればその分禄が上がっていきます。
上等兵の上が分隊指揮官。ここから部隊指揮官となっていき、士官と呼びます。
常備軍は通常の領主と領民兵による軍ではありませんから、独自の編成を持ちます。
五名の兵で班。乱戦などになると、この五名で協力して敵に当たります。
次に、班が四つの二十名で分隊。この分隊の指揮官が分隊指揮官になります。
五つの分隊、百人で小隊。この小隊を指揮するのが分隊指揮官の上の小隊指揮官。
更に五つの小隊、五百人で中隊。この中隊を指揮するのは中隊指揮官。
更に五つの中隊、二千五百で大隊。これを率いるのが大隊指揮官で、常備軍の部隊の最大規模になります。
つまり、五千の兵を率いる場合は、二個大隊を率いるということになります。
とはいえ一個大隊二千五百すら常備兵を雇うのは資金的に難しい場合があると思いますので、最初は小さな部隊から少しずつ整えていくのが良いと思います。
常備軍は基本的に総大将の直卒で、大隊指揮官に命令を出すことになります。
指揮官になったものは十分に実戦経験を積み、また指揮官になってからは通常の訓練以外に、部隊指揮の為の教育も受けますから、旧来の足軽組頭や足軽大将、侍大将と同じかそれ以上の能力があります。
つまり、最初に指揮官を任命する場合は、そういった役の人を据えるといいでしょう。
通常は、総大将が上位指揮官に命令を下せば、上位指揮官が最適任の部隊に命令を下し、実行されます。
総大将が常備軍を家臣に与力させる場合は、例えば五百人与えるなら、一個中隊を率いて行け、と命令することになり、中隊を率いる中隊指揮官以下、全ての士官、兵士が与力されるということになります。
ここで大事なことは、部隊組織をそのまま与力として組み入れることで、部隊の能力を一切損なうことなく、率いる家臣は一番上位の指揮官に指示を下すだけで、それが実行されるということです。
常備軍のこのような軍の編成の強みは、兵士、あるいは部隊はそれぞれ上位指揮官の指揮に従います。
つまり、小隊指揮官が討ち死にした場合、直ちに先任の分隊指揮官に指揮が引き継がれ、さらに分隊指揮官が討ち死にしても最上位の兵が指揮を引き継ぐという決まり事があらかじめあれば、混乱は一時的なものになります。
故に、武将が討ち死にしたからと部隊が潰走したりすることは殆どありません。
さて、ここまでで質問は?
訓練係は誰がするんだって?
基本的には先任の兵士を任命しますが、作りたての場合は先任なんて居ないと思いますので、家中で戦の経験のある足軽大将なんかを当てると良いと思います。
はい次は?
分隊指揮官以降も軍功を上げるたびに昇進させていたら、あっという間に昇進してしまう?
はい。この辺はその常備軍の雇用者の判断で昇進させて下さい。
他に?
無いようですから、続きます。
常備軍の軍功は与えられた任務を達成したかどうかになります。どれだけ敵を殺しても、任務を達成できなければ、軍功とはなりません。勿論、多く活躍した兵士は、軍功がなければ昇進は出来ませんが、別に勲章という賞与を与えます。
勲章というのは、例えば敵を倒したとか、一番やりを付けたとか、従来で言うところの軍功にあたります。
但し、常備軍は敵の首を取るのは基本的に禁止です。そういうことをしていては迅速な軍事行動に差し支えが出ますし、首を下げ歩くのも重たくなるのでこれも差し支えます。
常備軍は、常に最良の状態で迅速に行動できることが求められるからです。
なら、大将首がわからないじゃないかという貴方。はい。良い質問です。
それは、常備軍を指揮する現場指揮官や、上位部隊の指揮官が覚えておいて下さい。
勿論、戦後自己申告もしてもらいます。自己申告が正しいかは、同じ部隊の者、近隣の部隊の者に裏取りをしますから、嘘は降格ものの厳罰です。
常備軍は、ひどい失敗をしたり、嘘を付いたなどの場合の罰則は降格で対応することになります。
勿論、あまりに酷い事をした者で従来死罪相当の場合は死罪です。軍の規律を乱すような行為をした者は降格、あまりに何度も降格を繰り返す物は解雇となります。
基本的には、常備軍は養成に費用が掛かりますから、簡単に解雇したり、死罪にしたりはしませんが、当たり前ですが一番偉い人が厳命したようなことを破ったら死罪にすべきです。
さて、ここまでで質問は?
兵士達が歳を取ったらどうするんだ?
良い質問ですね。兵士達は新兵は元服後から十八位までの若い人を雇います。
そして、二十七が目処で兵士としては退役です。
常備兵とは均質であることが大事ですから、体力が落ちてきたら兵士では居られません。二十七の時点で指揮官になっていれば、更に契約期間は続きますが、遅くとも三十五位までに小隊指揮官になっていない場合は、ここで退役。
小隊指揮官以上は、雇用者の判断で退役させて下さい。
退役したものは、訓練や軍歴は無駄にはなりませんから、帰農した場合でも、領地が攻められたとか火急の場合の援兵として招集出来るように整えておくと良いでしょう。
役を終えた者は勿論家臣ですから、別のお役目を与えるのが良いでしょうが、それとは別に次にお話する常備軍の利点を聞けば、心配する必要が無いことがわかります。
次に常備軍の利点を上げていきます。
常備軍と言うのは、文字通り常に存在する軍です。
継続的に存在する軍なので、様々なものが継承されます。
例えば、効率の良い訓練法とか、素早い陣立てなど陣形の組み方、或いはこれが一番大きいですが、大秦国の将軍曰く、優れた兵士は同時に優れた工兵たれです。
つまり、土木作業が出来る集団として、戦時は戦場での陣地構築や、城攻めの時の様々な工作、勿論荷駄を通すための道敷設などに活躍しますし、平時においても、城や砦の修復は勿論、建築、或いは増改築。街道の敷設などの領内での土木工事は勿論、寺の造営を寄進したり、屋敷を立てたり。
軍としての訓練も定期的に行いながら、領内で最大規模の土木集団として活躍します。
この、土木集団ならば年齢関係なく仕事が出来ますから、役を退いた者達でも仕事が出来ますし、またここで経験を積んでいれば、雇いたいと思う人も多くいるでしょう。
この話をすると、目を輝かせる人たちが出て来る。
つまり、金食い虫になりそうな常備軍は全く金食い虫というわけでもないんだよって話し。
更には、常備軍は集団戦闘の訓練を日々行う専門集団ですから、これまでなら行えなかったような作戦なども行えます。
矢盾と長い槍で迅速に前線を築き、その後に弓衆を付けて即席の砦としたり、持ち前の土木技術を使って、敵の気づかぬ所に拠点を作ったり。
そういうことが出来ます。
勿論、それなりにお金はかかりますから、何処の家でも持てるというわけではないでしょうが、いずれ常備軍を揃える大名は確実に出てきます。
ならば、そういうものがあるという知識は持っていて損はないでしょう。
で、締めくくった。
講義を聞いていたものは、暫し沈黙し、最後の言葉を頭に描く。そして生唾を飲み込む。そして、顔見知りとヒソヒソと話し合う声も聞こえだしたので、講義を終わりとする。
では、今日はこれで終わりです。
というと、講堂を後にした。
出迎えたのは、権六殿と半介殿。
権六殿は、姫様の話す常備軍。理にかない、いずれ何処かの家中が取り入れそうですが、そんなものを持つくらい豊かな国が出てきたら、どう太刀打ちすれば良いのか、頭がいたい話です。しかも、姫様は敢えて説明に出さなかったのかも知れませぬが、鉄砲の運用に極めて合ってそうですな…。と、思案顔。
半介殿はそれを受けて、今なら今川や六角辺りならば、常備軍を揃えても不思議ではないでしょう。特に、今川は二国を領する大大名で国も豊かです。また、六角も今の定頼殿の代で大きく勢力を伸ばし、観音寺の城下町は大いに賑わってると聞きまする。
二人の心配気な顔を見て、常備軍は鉄砲の運用にも合っていて利点は大いにあるが、その維持費には鉄砲と同じくかなりの費用がかかり、更に十二分に訓練するが故に精強で技術まで持つが、逆に言えば簡単に穴埋めが出来ない。新兵を入れてちょっと鍛えればそれで充足とは行かない。
だから、鉄砲と同じく損害覚悟の様な戦にはとても使えず、もし大敗でもしたら大損害では効かない。それが常備軍の不利な点です。
それを聞くと、二人の表情が少し緩む。
しかし、それらを一切無視出来るくらいの経済力を持った大大名が今日話した大隊規模どころではなく、何万という単位でしっかりとした育成システムを持ち、大規模に運用を始めると、殆どの国が踏み潰される事になる。
と、心の中で思ったのだ。そして、その規模で軍隊を動かしだすのが、戦国後期の織田軍団なのだけど。
そんな私達から少し離れたところで、今まで見たこともない様な難しい顔をして筆を走らせている滝川殿。
更には、隅の方でせっせと何か書いてる牛さん。今日は話しかけて来ないな…。
そして、初参加の千代女さんは放心状態です…。
さて、またやらかしました。今回は講義風景を書いてみました。
当初の想定よりしっかり書いてしまったのでやたら重たい文になってます。
もしかしたら、後でざっくり削ってしまうかも?
大体、こんな感じの話をしてると思ってもらえれば。