第二十六話 新しい事業
再び領地へ来ました。今回は、前話の新薬作りの話しに出てきたヨード作りの話しが入ってます。
『領地での新しい事業』
過ごしやすかった季節は過ぎ、夏の日差しが厳しくなりだした頃、いつものメンバーに千代女さんが新たに加わり、このメンバーで領地へ向かった。
いつものように弥之助が先触れに向かい、村へ着くと乙名が出迎える。
そして、いつもの様に手土産の焼酎を乙名に渡すと、また顔を綻ばせる。
乙名から報告を受けると、新たな農具は非常に役に立っているとのことで、更に耕作地を増やすことも計画しているらしい。
兄から送られてきた綿花を乙名に託し、これをこの前作ってもらった畑に植えて欲しいと頼んだ。乙名には綿花栽培が軌道に乗れば、冬場の農閑期の良い仕事になるし、凍えて死ぬこともなくなると説明した。
そして、完成したと報告を受けた、圧搾機を見に行くと、見事に完成しており、いつでも圧搾作業が可能になっていた。
きっちり仕様どおり、圧搾した汁を受ける瓶も所定の場所に置けるようになっており、また荷重を掛けるための石の詰まった長箱、それを吊り下げるための滑車も全て揃っていた。
建屋の前で待っていた大工を大いに慰労すると、手土産の焼酎を渡した。
大工はこんな村では来る日も来る日も殆ど同じ様な仕事ばかり、姫様のこの度の仕事は大いに楽しめた仕事だったと喜んでいた。
作業を手伝った村人たちも、これを使う日を心待ちにしていると口々に話す。
この大工は船大工でもあるので、ダウ船の落書きを見せたら、非常に興味を持ち、この船を依頼されるのが自分であることを期待しているし、作り上げる自信があると胸を張った。
また新しい事を始める時には是非仕事を頼みたいので、またよろしく頼みますよ。と、話すと、お待ちしてます。と、喜んだのだった。
最後に、鍛冶屋に行くと、前回訪ねた時に頼んでおいた包丁とフライパンが完成していた。フライパンは柄の部分に木の把手までついていた。
相変わらず良い仕事をしてくれます。
とはいえ、このフライパンの本領を発揮するのは油が必要。この村には今現在は試しの料理に使うような油は無いらしい。屋敷に持って帰って調理人と相談しよう。
鍛冶屋が、言われるままに作ったが、この浅鉄鍋は何に使うんだい?煮物をするにも浅すぎるし、把手が熱くなって持てなくなるから、刀の柄みたいに木の取っ手を付けたんだが。
というと、腕を組んだ。
これは、例えばアサリを取ってきて、酒で蒸すように熱すれば、美味しい酒蒸しという酒のツマミができる。という話をすると、ほう。と興味を持った様子。
あとは、ごま油などを引いて野菜を塩や醤油で炒めれば、美味しい料理が出来る。という話をすると、油は貴重品だよ姫さん。というと、渋い顔をする。
そこで、そのための圧搾機じゃないの?あれ、あなたも関わってるのでしょう?と話をふると、手をポンと叩き、ああそうか、そうだった。と目を輝かせた。
そして包丁。この包丁は変わった形だが、使いやすいのかい?と。後でまた魚を釣るからその時に解るでしょう。と話すと、違いない。確かに使ってるのを見るのが早い。と、納得した様子だった。
それから、鍛冶屋は先日の返事を語りだした。
姫さん、俺は姫さんに付いていって、古渡で槌を振るいたい。
しかし、こんな小さな村だが、特に漁業をやる村は鍛冶屋が居なくては立ち行かないんだ。
だから、今伝手を当たって、ここに来てくれる鍛冶が居ないか探してる。
なに、ここは姫さんの領地だ、この村の噂は近隣にも広がってるから、すぐ見つかるよ。
変わり者の姫が次々と目新しい道具を作り出して、領民が大いに助かってるってな。
もう少し待ってくんな。多分、遅くとも冬までには動けるだろうと思う。
それを聞き、わかりました。古渡に来るのを楽しみにしていますよ。といって鍛冶屋を後にした。
さて、今回領地に来たのは新たな産業の準備のため。
乙名を呼ぶと、村で手が空いている者を集めてもらう。
以前に比べると草刈りなど畑の手入れが随分と楽になったので、それなりの人数が集まった。
今回頼むのは、椿の木、食べられるどんぐりの木を探して欲しいということ。秋になって、収穫の後で構わないので、椿の木の実や、ドングリを集めておいてほしい。ということが一点。これは後で絞って油を取ると予め説明した。
もう一つはヨード作り。浅瀬に群生する食用に適さないかじめを集め、かじめ焼きのやり方を説明した。
慣れるまでは面倒だが、かつては砂浜のかしこで見られた光景だから、この時代で有ってもそこまでの困難はないだろう。
ヨードについては年貢とせず、当面は一月に一樽のみとするが古渡にて買い取ると話すと、漁民たちの目の色が変わった。
そして、後日、村からヨードの入った樽が届いたのだった。
予め父に用途を話した所、樽を良い値段で買い取る事になり、村には思わぬ臨時収入となったのは別の話。
新しい仕事の説明が終わると、また村人から釣り竿を借りて、釣りに興じる。
食べられるだけ釣ったら、今度は出来たばかりの包丁を使い、見事に捌いてみせる。
やはり、万能包丁最高。カルチャースクールの料理学校で磨いた腕を披露できました。
すると、男四人と女中さんや侍女の千代女さんまでが、変な目で私を見るのです…。
料理ができる女性っていい花嫁の条件ナンバーワンじゃないのですか?!
ええ、心の中で叫んだでござるよ…。
さて、この日も石焼にして醤油垂らして食べます。
バターがほしい気分ですね。
千代女さんは新鮮な海の魚を食べるのは初めてらしくて、欠食児童の様にすごい勢いで沢山食べたのです。調味料の醤油も美味しかったようです。
お供たちの反応は兎も角、遠巻きに見ていた鍛冶屋は、見事なもんだったぜ、姫さんは料理も作るんだな。と、感心し、あの包丁はあんなふうに使うのか。確かに、今の包丁よりずっと使いやすそうだ。
あの包丁は頼まれれば作って良いのかい?と聞いてきたので、この村の人になら作っていいが、外に売るのは一言欲しいと頼んでおいた。
さて、今回の領地視察も、親睦を深めたところでお開き。乙名に挨拶をすると古渡への帰路についたのでござる。
着々と秋に向けて準備中です。秋になれば石鹸作りを大々的にやるのです。
綿花は未だ途についたばかりですね。