第二十五話 お薬はじめました。
望月党の人たちを使って薬づくりをはじめました。
『薬作り事始め』
新たに雇った与右衛門殿に薬の話を聞くと、一般的な薬として行商が売ってる薬は、下痢止め、胃薬、痛み止めだそうな。
旅先などで体調を崩したりするとそのまま帰らぬ人になることもままあるこの時代では薬籠などに入れて持ち歩く携行薬というのは重宝するかもしれない。
胃薬は黄檗を主成分としており、他に千振や玄草などを配合するそうで、そのあたりは家ごとの秘伝の様なものが有るらしい。
他にも切り傷などを直す金創膏、痛み止めの丁子などがあると話してくれた。
その話を父に話したところ、それらの薬は今は殆どが行商人などから買っているか、無いものだとのことで、領内で作れるならば費用を出すので作ってくれと頼まれた。
父の許可を貰ったので、与右衛門に薬作りを本格的にやることを話すと、例えば戦に持っていくほどの量を作るのであれば、人手が足りないので、望月の里から人を呼んでもいいかと聞かれた。
そこで、改めて父にその話をすると古渡に工房を作り、そこに来てもらえばいい。領内の新たな産物になる程ならば、領内に土地を用意するから一族で来てくれても構わないと、許可をくれた。
父は、醤油や焼酎など、領内の新たな産物が弾正忠家の新たな収入となっているので、産業振興が出来るなら積極的にやりたいのだと話してくれたのだ。
確かに、薬は戦に関わらず、多く作ればコストも下がり、領民が日常的に使えるようになるかもしれない。そうなれば、これまた新たな産業となるだろう。
与右衛門殿に古渡に新たに工房を作る許可と、必要ならば土地を用意するから一族で移住してきて貰ってもかまわないという話をすると、大いに感激し、望月の里や近隣の里から、特に薬に詳しい者を家族ごと呼び寄せるという話になった。
彼も、今は単身赴任だが、兄弟や親類を呼び寄せると話していた。
なんでも、長引く戦乱に六年前の大飢饉、史実では天文の飢饉と言われる大災厄の痛手がまだ癒えておらず、家族を失ったものは数知れず一家離散したものも多い。
元々豊かではない甲賀の里ではもはや食べていくことが出来ず、出稼ぎ仕事を求めて里から出るのが日常という有様らしい。
そんな有様なので、豊かな土地で知られる尾張に移住できるならば、これほどいい話は無いと、涙ながらにそう語るのだった。
その後、甲賀より多くの者が尾張へ移住し、未開地を切り開いて村を作り薬草畑を作り、そこからの収穫物や、津島湊や近江の行商人から買い付けた材料を元に薬工房で多くの薬が作られ、領内の新たな産業、そして津島湊の新たな商材となったのだ。
甲賀よりの移住者は金を産む卵、薬技巧者として厚遇され、与右衛門殿は正式に父の家臣となり、薬事奉行に任命された。
『新薬作り』
望月党には蒸溜という技術はまだ無かったため、新たに蘭引を使って精油し、それを元に薬を作る研究を与右衛門に依頼した。
解りやすく言えば、木クレオソートの精製。
原材料となるブナは岐阜に原生林の森があったため、それを川並党に頼み切り出してきてもらった。
ちなみに、川並党自体はこの時代のフリーの河川運送業者の様なもので、一応美濃に従属しているが、城があるのは尾張で美濃の隣接エリアになる。
所謂、両属と言われる立場で、織田には臣従はしていないが付き合いはある。
故に、カネさえ払えば普通に仕事をしてもらえるのだ。
結果として、木クレオソート自体は比較的簡単に生成できた。
それに、玄草、経皮、橙皮、甘草、米澱粉を添加し、なんちゃって征露丸も完成。
独特の匂いがするあの丸薬。
レシピを簡単に話すだけで、完成品が上がってくるなんて素晴らしい。
父は実は何気にとんでもない人材を手に入れたのではないのだろうか?
木クレオソートがうまくいったので、原材料となるブナを尾張領内にも植林する必要があるだろう。
更には、領地でかじめ焼きをさせて、沃度灰を作り、それを濃縮してヨードの精製を行い、それを使いヨードチンキなんてのも作った。
人が増えるということは、これほど楽になることなのかと、思い知ったのでござる…。
とはいえ、まだ直属の家臣は居ないのですが。
そんな感じで、弾正忠家の薬事情は劇的に向上したのでござる…。
今回、尾張に来た甲賀からの移住者は殆どが忍びの類ではない、農民、或いは薬師など裏方になります。
丁度物語での天文十五年頃は大飢饉の痛手も癒えず、その後も天候不順などで豊作にも恵まれず、甲賀や伊賀など元々貧しかった地域は地獄の苦しさで、ほうぼうに出稼ぎに出ていました。
故に、口減らしの意味もあり、裏方や農民がゾロゾロと移住してきたのです。