閑話壱 吉姫の顛末
主人公が吉姫として目覚める前の話、そして何故あっさりおねだりを叶えたかという顛末です。
この作品では土田御前の名前を祥としてます。
天文七年某月 織田信秀
儂、信秀と正室の祥との初めての子である娘の吉は、産まれながら表情の薄い子であった。
笑いもせず、泣きもせず、手は掛からぬがただぼうっと何かを眺めている、そんな子であった。
初めての子がそんな子であったことに耐えかねたのか、祥は娘を疎み遠ざけるようになった。
実の母に疎まれる。そんな不憫な娘を、儂は手元に置くことにしたのだ。
その吉が、ある日突然笑顔を見せるようになった。
抱き上げても声も上げず、ただ見つめるだけであった吉が笑いかける様になったのだ。
その笑顔は、美形が多いと言われている織田の血と、美しい祥の血を引き、我が娘ながら可愛らしく、美しい姫になると確信するものだった。
そして、殆ど喋ることがなかった吉がよく喋るようになり、自分から色々と動くようになった。
儂が屋敷に戻ったら女中達に混じって出迎えたり、抱き上げたら満面の笑みで儂の事を好きだと言うたり、匂袋をこしらえたからと贈り物をしてくれたのだ。
儂はもう嬉しくて。
吉が好きだと聞けばお菓子を土産に持って帰ったり、匂袋の礼に櫛を用意させたり。
娘の父親というのも悪くないと思ったのだ。
そして、更に驚くことがあったのだ。
吉もそろそろ手習いの年頃。どう手配しようかと考えておった頃、吉の方から快川紹喜という僧侶から学びたいとねだってきおった。
これまで、何かを欲しがったことのない吉が、初めて儂に願い事をしてきたのだ。
快川紹喜とやらを調べなくてはならぬが、吉の願いを叶えてやらねばと儂は思ったのだ。
驚くべきことは、その後であった。
乳母に教えてもらったと吉が話すので、乳母にきいてみたら、吉は夢でその僧侶の名前を知ったというのだ。乳母が教えたのはその僧侶が実在し、美濃に居るということだけ。
夢でそのような事があるとはにわかには信じられぬが、世には不思議な事があるのもまた事実。
儂は家臣に早速その僧侶を調べさせた。
快川紹喜という僧侶は臨済宗の僧侶で、若くして俊才のほまれ高く、美濃で修行し、長じて臨済宗の総本山、京の妙心寺に行き、そこで住職まで勤め上げ、この度美濃に戻ってきたばかりだというのだ。
何というめぐり合わせか。
儂は早速美濃と尾張の国境の茶屋に快川殿を招き、逢ってみた。
なるほど、話に違わぬ名僧で、高い見識と知識を持ち、人柄も良く素晴らしい人物であった。この御坊に我が家臣の子供たちを学ばせれば、きっと勘十郎の助けとなろう。
この後の事を快川殿に聞けば、まだ決めては居らぬが、何年か美濃の寺院を回った後、修行した崇福寺に戻る予定だと話してくれた。
儂は、直ぐに尾張の臨済宗の寺に頭を巡らせる。
そして快川殿を迎えるのに、良き寺に思い当たった。
弟の孫三郎の城のそばにある凌雲寺という臨済宗の寺が良いだろう。
父が孫三郎の為に建てた寺だが、孫三郎も長じて一先ず役目を終え、今は住職が居なかったはず。
考えがまとまると、実はと吉の夢の話をした。
そして、寺の話をし、我が娘の願いを叶えるため、また家臣の子供らの師として尾張に来てほしいと快川殿に頼み込んだ。
快川殿は、最初は狐につままれたような顔をしたが、大きく頷くと、これも御仏の導きと、快く受けてくれたのだ。
なんとも爽やかな御仁で、この御坊になら吉を預けられるだろう。
快川殿を迎え入れられたのは、我が弾正忠家にとって僥倖。
しかし、吉はいかにして快川殿の事を知り得たのか…。
気にはなったが、快川殿が来てくれることを知った吉の嬉しそうな笑顔を見れば些細な事に思えたわ。
別視点の閑話です。
快川紹喜招聘の部分を変更しました。