第二十三話 醤油はやはり湯浅の醤油。
待望の醤油が届きました。更には、また領地へ訪問です。
『醤油が届いた』
女中さんから津島の大橋殿より物が届いてると告げられた。
早速と、それが置かれてる所に行くと、樽が置かれていた。
大橋殿よりの手紙を見ると、以前頼まれていた醤油と言うものが手に入った。
店のものが堺に行く途中、半信半疑に紀州の有田湊に寄港し、湯浅迄訪ねていくと、確かに赤桐右馬太郎という醸造家が醤という調味料を作っており、堺に年100石程出荷しているとのこと。
早速、買い付けをし、持ち帰ったので、味見をしてみると、確かに味噌の溜まりのような風味で、焼き魚などに合いそうだと判断。
大橋殿の店でも試しに置いてみた所、評判が良かったので、継続的に仕入れることにしたと、手紙に書かれていた。
これで、取り敢えずは醤油が調味料のひとつに加わったので、早速醤油に合う料理を屋敷の調理人に教え、父に出すように頼んだ。
大橋殿に、醤油の礼と、尾張でも作れるようになると良いですね。と書き送った。
後日、父が醤油を使った焼き魚を食べた所、美味しかったようで、古渡の屋敷でも継続的に仕入れることになった。
今度、瓶にでも入れて領地に持っていって新鮮な焼き魚にでもかけて食べてみよう。
そう心に決めたのだった。
『醤油といえば醤油差し』
塩分の過剰摂取よりはマシだが、醤油の掛け過ぎも体に良くないので、陶工の人に醤油用の瓶の図面を渡し制作を頼んだ。
陶工の人は差口を兼ねた蓋の構造が物珍しかったらしく、水で試行錯誤を重ねて、なんとか実用レベルの物が完成したので、後日持参してくれた。
早速醤油を入れて試した所、ポタポタポタと少量が流れ出し、いい感じだった。
料理人に見せても、便利だと好評で、陶工の人にある程度まとまった数を作るように頼んだ。
父に見せると、醤油も良かったが、これを使えばわざわざ小皿などに毎回取り分ける必要もなく、好みに合わせて使えるので食事には欠かせない一品になるな。と、お褒めの言葉を貰った。
早速、後日届いた醤油差しを屋敷で使う分を除き、残りを大橋殿の元に送って試しに売って貰った所、以前醤油を買った人に好評で、これから醤油と併せて売るからもっと欲しいとの手紙が前金と一緒に届いた。
陶工に津島で売ることになったから、数を作って欲しいと前金を渡したところ、瀬戸でも人数を投入して量産を始め、津島へ入れることになった。
これが津島や瀬戸の新しい名産になっていくのだが、私は単に醤油が使いたいだけだったのだ…。
『二人への贈り物』
前回、領地に行ってからそろそろ一ヶ月。天候の良い日にいつものメンバーで領地に行くことにした。
既に季節は移り変わり、夏が訪れようとしている時分で、天気が良ければ風が心地よく過ごしやすい日が続いていた。
既に歩き慣れた道を、途中熱田の街の茶店に寄ったりしながら、目的地の村へと歩いていく。
相変わらず、弥之助は必要なことしか話さず、女中さんも歳が少々離れていることも合って、ガールズトーク炸裂なんてこともなく、滝川殿は偶にメモ書きしてるのを見る以外は、生真面目という感じで、話しかけてもあまり話題が続かない?
その代わりと言うわけではないが、権六殿と半介殿は以前より少し話すようになったかな。と言っても、寺の講義の延長のような話ですが。
この時代の身分の違いというのは、案外と大きいのかも知れないですね…。
前世で読んだ小説に出てくるような、フランクで砕けた付き合いなんてのは、少なくとも私の周りには無いようです。
偶に来る太田殿は割りとフレンドリーな気はするんですけどね。あの人の場合は、守護様の家臣で、身分的にはあまり気にしなくていいからでしょうか?
閑話休題、権六殿も半介殿も未だ家督相続はしてないようですが、二人共嫡男で、いずれ家督を相続し、領主として内政にも励まなければいけないのだとか。
それで、これまでは戦働きで手柄を立てることだけに懸命だったが、ここ最近私に同行して村での出来事を見ていると、頑張れば領地を増やさずとも石高を増やし、領民にもいい暮らしをさせてやれるのではないかと。思い至ったらしい。
彼らにとっては、領民とはつまり戦の時には共に出陣する足軽でもあり、彼らの士気が上がれば、戦の時の踏ん張りが変わるし、いい暮らしをさせてやれれば、自前の武具を買い、装備が良くなり、更に余暇が出来れば共に武術を磨く時間も出来ると。
そうすることで、より戦で活躍が出来て、恩賞に預かれる。という、プラススパイラルが働く、そういうわけです。
農具を揃えてやるだけで、領民の農作業が楽になり、より多くの田畑を扱えるようになれるなら、それに越したことはないと。彼らとそんな話を道中しながら、領地への道を歩いていった。
やはり、滝川殿は話には入ってこないが、偶にメモ書きしてるなあ…。滝川殿ってかなりの勉強家なのかも?彼も今は尾張に居るけど、実家に帰れば一族が居るのだろうし、私のもとで学んだことが役に立つ日が来るのかな?
いつものように弥之助が先触れに行き、領地に着くと乙名が出迎える。
今回もいつもの手土産を持ってきてるので、乙名の分を渡す。
途端、乙名の顔がほころぶ。
乙名の報告を聞くと、なんと先日の農具を使って、新しい畑が完成したので、いつでも話に出ていた農作物を持ってきて大丈夫との事。
実際、その場所に行ってみると、前来た時は草原だった所に一枚の畑が出来ていた。
実は既に兄から綿花は届いているので、次に来る時に持参すると告げた。
次に、圧搾機の所に来ると、こちらも建屋は完全に完成し、圧搾機も完成間近の所まで来ていた。梃子の原理を利用するのだが、箱に石を詰めた物を積み上げていく方式で最後の仕上げに掛かってるらしい。
絞る予定の椿の種の収穫は九月頃なので、それまでに生えてる所を探しておかないと。
他にも、どんぐりや茶の実、栗なんかも試せたら試してみる予定。
最悪、どんぐりだけになったりして。
いつものように、大工を労い、差し入れを。瓶を見せると、途端顔が綻ぶ。
結構、喜ばれてるのかも?
さて、最後は鍛冶屋。
訪ねていくと、既に外で待っていて、まずは手土産を渡すと、大喜びで抱え込む。
頼んだものは出来たか聞くと、待ってなと、工房から持ってきた。
長さ三メートルのこの時代の単位だと一間半強の二振りの槍。
普通の槍と明らかに異なるのは、槍に斧が付いてること。
つまり、これは西洋武器のハルバード。
鍛冶屋が言われたとおり、図面通りに作ってみたがこれで良いのか?
久しぶりに作ったが、武具としては自信が持てる出来だと思う。との事。
仕上がった品をよく見てみる。
このハルバードはドイツ式ハルバードで、槍の穂先の根本に斧が付いていて、斧の背の部分に、引っ掛ける為の突起がついている。
そして、石突きの部分にも通常の槍より強化された穂先が付いており、この部分でも攻撃することが出来る。
この美しくも凶暴な武器は、本家の西洋でも重く使いこなすのが難しく、使いこなせば無双の強さだが、誰でも使えるというわけではなかったらしい。
とはいえ、見た目の美しさ、凶悪さで儀礼用に使われることも多かったとか。
うん。十分な出来だと思う。期待以上の素晴らしい出来だ。と、その技を賞賛した。
そして、鍛冶屋に一つ相談事を持ちかけたのだ。
私はこうやって色々なものを作りたいのだけど、気軽に誰にでも頼むということは出来ない。あなたを私が雇うと言うことは可能かしら?つまり、家臣として召し抱えたいということなのだけど。
と聞くと、驚いた顔をして、頭を悩ませる。
そして、姫さん暫く考えさせて欲しい。と、答えを保留した。
私は、今すぐにという事ではないし、答えはまた今度でかまわない。と告げた。
そして、ハルバードの礼を言うと、また支払いは乙名を通じて請求して欲しい。と伝えると、鍛冶屋を後にした。
そして、外で待っていたお供の所に行くと、私が重そうに持ってる二振りの武器に、当然のことながら、皆驚き、そんなものどうされたのです。と聞いてくる。
これは、私が作らせた武器で、役目でもないのに私に付き合ってくれてる二人にご褒美にと思って。と、権六殿と半介殿にそれぞれ一振りずつ渡した。
滝川殿はジーっと見つめているが、キミも欲しかったのか?
権六殿と半介殿は感激して居た。まさかこんなものを頂けるとは、望外の喜びです。などと口々に感謝の言葉を述べた。
だが問題は、この武器は取り扱いが難しい事。
権六殿は既に身の丈が百八十センチを軽く越え、体もまだ細マッチョの域だが、初めて会った頃よりは確実に身体の厚みが増して来ている。体格的には問題なさそうだし、勇将だと後世に名を残すくらいだから、この武器も使いこなせそう。
半介殿も体格的には問題なさそうだけど。武勇はどうなんだろうか。
二人は気持ちが落ち着いてきたところで、貰った武器をしげしげと見ているが、そう、この槍は普通の槍では無いのだよ…。
権六殿曰く、この武器は変わっておりまするな。それがし見たことがござりませんぞ。
これは、また漢の国の武器でござるか?話に聞いた方天画戟にも似ておりまするが。
権六殿、この武器は海の向こうの、所謂南蛮、正しくは神聖ローマ帝国の武将が使っている武器です。
神聖羅馬帝国でござるか…。話に聞く大秦国の近くでござるか?
そう。その近くの国です。
また、漢書でござるか?と聞いてくるので、あ、マズイと思い。そうその通り。とごまかしておいた。
あっちで、また滝川殿が何かをメモしているのが見えた。
この武器のメモをしてるのかなあ。
ところで、権六殿この武器は扱いが難しいが、使い慣れれば無双の武器となる。だけど中々扱える人が居ないそうなの。だから特に武勇に優れたものだけが使っている武器だそうなの。
権六殿は使えそう?とわざと煽るように聞いてみた。
すると、権六殿が軽く振ってみて、暫し修練が必要やも知れませぬが、次の戦には見事使ってご覧に入れまする。と言うと、トンと石突きを突いてみせた。
それを見て半介殿も、拙者もこの槍、次の戦までに使えるようになってみせましょうぞ。と胸を張る。
私は、なんと頼もしい殿方たちでしょう。でも、戦働きも大事なれど、生きてしっかり帰ってくるまでが戦ですよ。と言うと、二人共かしこまって、肝に銘じてござる。と、片膝を付いたのだった。
そんな二人を見て、何故か笑ってしまいそうになったので、皆に、今日は醤油を持ってきてるから、また魚を焼いて食べましょう。
と、提案すると、皆良うございますな。と賛成してくれたので、また釣り竿を借りて魚釣り。
この日も沢山釣れたので、また先日の村の女性に頼み捌いてもらい、今日は魚を石焼にする。
乙名や大工、鍛冶屋にも来てもらって、食事会となった。
やはり、魚には醤油が合います。香ばしい香りが鼻を擽るともう口の中に唾液が溢れてきます。
塩もいけるんですけどね。
醤油はやはり皆に好評で、口々に美味しいの声が上がった。
そこで、津島でも買えるようになると話しておいた。
鍛冶屋さんに、調理器具が欲しいから、こういうの作ってくれないと、今日は図面が無いのが、砂に図面を書く。頼むのは、包丁に、フライパン。
鍛冶屋は変わった形の包丁ですな…。と、半ば呆れていた。
そうして、今回の領地訪問も楽しく終わり、家路についたのだった。
ハルバード出てきました。二人はそれぞれに好きな名前を付けたようです。
この武器はポールウェポンでは最終形態とも言われてますね。