表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第六章 天文十九年 (天文十九年1550)
276/290

第百八十三話 玄庵さんとなつさん

なつさんの話を聞いた吉姫は玄庵さんを呼びます。





ぽつりぽつりとなつさんが語った話を聞き終えると、思わず深いため息をついてしまいました。


佐吉さんと梓さんも、顔を見合わせて複雑な表情を浮かべています。


何故なら私たちにとって、なつさんの話は決して他人事では無く、私たちにも起こりえた話だからです。


偶々私や梓さんは、理解ある親の許に、それも大小はありますが国人領主という恵まれた立場の親の許に産まれただけで、もし産まれる家が異なっていれば、なつさんと同じ道を辿った可能性が大いにありますから。


「お父上に守られたのですね…」


「はい。

 狐憑きだと言われたときは錯乱してしまい、更に押し込められた事がショックでした。

 でも、気持ちが落ち着いてから考えれば、父が私を守るには押し込めるしか無かったのだと思います。


 今から考えれば、あの頃の私の行動は軽率だったと思います。

 今生のこの時代に慣れたつもりで居ても、前世の感覚が抜けていなかった。

 だからあの境遇は、自ら招いた事だったんです」


「私も、そしてこの梓さんも、幸い生まれた家の親の理解がありましたから、狐憑きだなどと言われた事はありませんでした。


 でも伝え聞いた話ではありますが、知るはずの無い事を知る様な子は狐憑きだと言われ、中には悲惨な末路を迎えた子も居るそうで、色々とその境遇を想像する事がありました。

 ですから、今日なつさんの話を聞かせて貰って、改めてこの時代を実感する事ができました。


 この時代の多くの人は信心深く、そして迷信を信じていますから、生まれた環境によっては軽はずみな事を一言話すだけでも、その子の命取りになりかねませんから…」


 現実にそれを体験したなつさんが、項垂れる様に頷きます。

 今回、なつさんを見つけてきてくれた加藤殿には感謝しきれませんね。



 加藤殿は、今後も行く先々でそういう人物が居ないか常に気にかけましょう、と請け合ってくれましたが、なつさんの様に運良く巡り会える事が度々あるとは思わない方が良いでしょう。


 それこそ、あまりにも衣食住環境が違いすぎる今生の生活に馴染めずにそのまま衰弱してしまう、と言う事が容易に起こりえるほど、前世と今の時代の生活水準というのは隔絶して居ますから…。


 まして、ただでさえ十歳まで生きられず亡くなる子供が多い時代、その上となると私たちと巡り会える年齢に達する事すら転生して生まれた子には困難が伴うでしょう。

 

 そう考えれば、本人はあまり多くを語りませんが、野鍛冶出身の佐吉さんは凄いと思います。

 



閑話休題、なつさんはどんな身の上の方かわからなかった事もあって、一先ず侍女として来てもらいましたが、前世では薬剤師でしかも創薬技術者だったと聞けば、侍女をさせておく訳にはいきません。


薬剤師と言えばやはり医療関係者ですから、玄庵さんも呼ぶことにしましょう。


「玄庵さんもここにお呼びしましょうか」


「それが良いですね」


「私もお呼びした方が良いと思います」


佐吉さんと梓さんも同意します。


「では、玄庵さんに使いをお願いします」


「はい。

 では、早速」

 

佐吉さんは部屋を後にすると、家人を呼んで玄庵さんに使いを出してもらいます。


玄庵さんは古渡のお城の隣にある熱田で診療所を開いていますから、来るのにそれ程時間は掛からないでしょう。



では少し休憩と言うことで、お茶を頂くことになりました。


お茶はいつもの柿の葉茶ですが、お茶うけに洋菓子風の物が出てきました。


私が子供の頃、祖母がよく作ってくれた、小麦粉と水に塩を少々加えてそれを焼いたパンケーキの様なお菓子で、麦芽糖から作った粉砂糖が軽く振りかけられていました。


ふくらし粉が入っていないのでペタっとした感じですが、懐かしさも手伝ってなかなか美味しいですね。


しかし、この時代にこういうお菓子があったというのは知らなかったので梓さんに聞いたところ、このお菓子は梓さんが前世の子供の頃に祖母がよく作ってくれたおやつだそうで、今生でも材料があるので試しに作ってみたら美味しかったので、家の者に作り方を教えたのだとか。


このパンケーキの様なおやつは、意外と前世の私達の祖父母が子供の頃の時代にはよく作られていたおやつなのか、佐吉さんもそしてなつさんも食べたことがあると聞いてちょっと驚きました。


このおやつが作れるのならば、材料を揃えればクレープなんかも作れるかもしれませんね。


早速梓さんに聞いてみると、道具があれば作れそうという回答で、ならばと佐吉さんがクレープを焼く鉄板を作ろうかと提案。それを聞いて梓さんが、それならばクレープを平らにきれいに均すクレープスプレッダーを作らせましょう、とトントン拍子に話が進んでいきます。


この辺りは、さすが佐吉さん夫妻といったところです。


ならばと私は、まだ多くは手に入りませんが、清洲にお店を出した布施屋さんの伝手で牛乳が手に入るようになったので、こちらの方を用意することにしました。


この時代、基本的に五畜を肉食することは禁止されていて、一般的にも忌避されています。

尾張と周辺の国では尾張の影響で鶏は食べられるようになったのですが、それでも牛や馬なんかは使役目的で飼われているので、肉食されることは殆どありません。


ただまあ、忌避されているだけで、全く食べられていないかというとそういうわけでもないみたいなんですけどね。


ですから、牛や馬は普通に飼われているので、伝手があれば牛乳も手に入るのです。

とはいえ、牛は牛乳目的に乳牛として飼われているわけではないですから、牛を飼っているところに行けばいつでも牛乳が手に入るというわけではありませんので、そのあたりの情報を持っている商人のネットワークと伝手を活用して手に入れてもらってる、というわけです。



クレープの話で盛り上がっていると、硬かったなつさんの表情もだんだんとほぐれてきて、何だか打ち解けた感じになってきました。


そこに、玄庵さんが到着したと知らせがありました。


「なつさん、我々と同じ転生者で玄庵さんというお医者さんが居るのですが、近くで診療所を開いているので、来てもらいました」


「お医者様ですか・・・」


なつさんが、再び不安げな表情を浮かべます。


初めて訪れた屋敷で、初めてあった人ばかりのところに、更に知らない人が登場するというのは普通に緊張しますよね。特に、なつさんのように一度辛い目にあっていると・・・。


玄庵さんには入ってきてもらうように伝えてもらっていましたから、直ぐにはなれまでやってきました。


玄庵さんは近くに住んでいるという事もあり、この佐吉さん宅にはもう何度も訪れて居ますから、既に勝手知ったる他人の家といった感じです。



佐吉さんが迎え入れると、玄庵さんは空いてる席に座りました。


初めて会ったときの玄庵さんは本当にいかにも乞食坊主といった風体でしたが、今は医療者らしく小綺麗でこざっぱりしており、髪も還俗してからやや伸びて短めの散切り頭と言った感じです。


服装は、流石に前世で言う白衣はありませんが、私が頼んで作らせていた作務衣風の白衣を着ています。

ちなみに、江戸時代に作られた小石川養生所で使われていた服がこの作務衣だったらしいですから、ちょっと時代先取りという感じです。


玄庵さんは見かけない少女が居るのを見て、直ぐにこの子が転生者かと気が付き、なつさんに挨拶をしました。


「熱田で診療所をやっている玄庵です。

 話は姫様から聞いたかもしれませんが、前世でも医師をやっておりました」

 

玄庵さんは緊張するなつさんに優しげに微笑んで見せると、なつさんの表情が和らぎました。


「美濃との国境にある河田村から参りました、なつです。

 前世では薬剤師をやっていました」

 

二人が自己紹介をしたところで、私が玄庵さんに話をします。


「なつさんは製薬メーカーで創薬の仕事をやっていたそうですよ。

 玄庵さんの知見と合わせれば、この時代にはまだない薬を作れるのではないでしょうか?」


玄庵さんは、なつさんが製薬メーカー出身と聞いて驚いた表情を浮かべます。


「もし、抗生物質やワクチンが作れれば、更に救える人が増えると思います。

 前世でテレビで見た医療ドラマの様なことが、この時代に実現可能かどうかはわかりませんが、佐吉さんや梓さんのおかげで器具や薬剤も随分と揃ってきていますから、ここになつさんの力が加われば実現できるものがあるかもしれません」


「製薬に関しては薬事奉行の望月殿にも話を通しておきますから、材料などの支援が得られると思います」


「それは助かります」


なつさんはと言うと、とんとん拍子に進む話に目を泳がせてしまっていて、ちょっと気の毒です。


「それでこのなつさんですが、一先ず私の侍女という事で来てもらったのですが、薬剤師に侍女をさせておくなんて勿体無いことは出来ませんから、玄庵さんのところで預かってもらえないでしょうか。

 製薬の話などもありますし、実際にその薬を処方するのは当面は玄庵さんに限られると思いますし、そばに居るほうがいいと思うのです」

 

玄庵さんはやや考えると返事をします。


「そうですね…。

 私としては願ってもない話です。

 ですが、見たところ十二、三歳位に見えますし、本当によろしいのですか?」


「見た目は確かにそうですが、中身は大人の女性ですよ。

 なつさん、どうでしょうか?」


話をじっと聞いていたなつさんが、私に聞かれるとやや考えて。


「・・・はい。

 見た目はこのとおりですが、中身は前世で三十半ばまで歳を重ねた女ですから。

 大人の分別も勿論ありますし、ご迷惑はおかけしないと思います・・・。

 ですが私は、男性と二人で暮らすというのは、前世でも経験がありませんでしたから・・・」


「なつさん、安心して下さい。玄庵さんは守護様や守護代を務める私の父の典医も務めている関係で、この古渡に屋敷を与えられています。

 屋敷には使用人が一緒に住んでいて、勿論その中には女中さんも何人か居ますから、玄庵さんと二人で住むわけではないですよ」

 

それを聞いて、なつさんは目を丸くします。


「そ、そうだったんですね・・・。

 わかりました、私の方は問題ありません。

 不束者ですが、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ。

 私も前世では医師の仕事に忙殺されて独り身でしたよ」


そう言うと、なつさんに笑いかけます。

それを見てなつさんも、もらい笑いします。


「クスっ。

 そうだったんですね。

 今生はいい人生にできればと願ってます」


「同じく」


なつさんも玄庵さんと話を重ねて、打ち解けた様子です。


「では、なつさんは玄庵さんのところでお願いします。

 なにか困ったことなどあれば、遠慮なく私に相談して下さい」


「ありがたく」


「はい」


こうして、新たな転生者は玄庵さんのところに行くことになりました。


流石に前世だと玄庵さんの年齢でなつさんの年齢の子というのは犯罪ですが、この時代であれは無い話ではないですからね。


とはいえ、勿論そんな話にはまだ全然なっていません。

私が先走ってちょっと考えてしまっただけです。


ですが、なつさん今でも可愛らしいですが、後五年もすれば美人に育ちそうですね。


佐吉さんと梓さんを見れば、可能であれば転生者は転生者同士で結ばれるのが一番良さそうなのでちょっと考えてしまいました。




なつさんは玄庵さんのところに行くことになりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なつさんも落ち着くトコに落ち着いたようで、何よりです。(吉姫と梓さんはまだしも、佐吉さんと玄庵さんはハードなスタートだったかと……) 吉姫も先走ること無く(そろそろ他人ごとでは…)、玄庵さん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ