第百八十二話 転生者達
気兼ねなく話が出来る佐吉さん宅へと場所を移します。
天文十九年一月十一日、なつさんが古渡にやって来た翌日、なつさんを佐吉さん宅へと連れて行きます。
なつさんは未だ戸惑った様子でしたが、古渡の屋敷で事情を話すわけにもいかないので、雇い主から同行を求められれば下の者には否は無い時代ですから、可哀想ですが説明無しに一緒に来てもらいます。
佐吉さん宅に正月にお邪魔した時に、予めなつさんの事を話しておいた事もあり、昨日のうちに新しい侍女を連れてお邪魔する旨を伝えたところ直ぐに〝お待ちしています〟と返事がありました。
なつさんの他は、小次郎殿など何時ものお供の皆さんと一緒に佐吉さん宅へと到着すると、佐吉さんが出迎えてくれました。
お供の人達はもう何度もここを訪れていて知った仲ですから、皆さんにはいつもの様に本宅の方でくつろいで貰い、私はなつさんを伴って佐吉さんの案内で離れへと向かいます。
離れへと入ると、途端にそこにはレトロテイストな前世の時代の空間が広がっています。
いつ来ても、別な意味でほっとするというか、前世の生活感が戻ってきます。
なつさんはというと、この離れに入ると目を丸くして、まるで信じられない物を見たかのような表情を浮かべて立ち尽くしてしまいました。
先に離れに居た梓さんが声を掛けてきます。
「その方が、姫様が話されていた方ですか?」
「ええ、そうです。
なつさんといいます」
私が勝手知ったる様子でソファに座っても呆然と立ち尽くしたままのなつさんに、座るように促します。
「なつさん、そちらへ」
「は、はいっっ」
私が声を掛けるとハッとして我を取り戻し、跳ねるようにソファへと座りました。
初仕事とはいえ、少々緊張しすぎですね…。
「こちらは私の所で仕事をして貰っている川田家の佐吉さんと梓さんです」
「織田備後守様の家臣、川田佐吉です」
「妻の梓です。よろしく」
佐吉さんが、父の家臣だ、と自己紹介すると余計に緊張させてしまったのか、テンパり気味になつさんも自己紹介をします。
「はっ、葉栗郡河田のなつと申しますっ」
そんななつさんが可哀想と思いつつも、どことなくかわいく感じてしまいます。
「ふふふっ。なつさん、そんなに緊張しなくとも大丈夫ですよ」
気持ちをほぐすつもりで声を掛けたのですが、逆効果だった様で私を見ると益々身を固くしてしまいました。
これは、話を進めた方が良さそうです。
「なつさん、この部屋を見て何か感じませんか?」
なつさんは恐る恐る私の方を見て、更に部屋をちらりと見渡します。
「よ、洋間…、でしょうか…」
一度は押し込みに遭っているのもあって警戒しているのか、前世を匂わせる様な話はしません。
もしかするとなつさんは、親に言い含められている可能性もありますね。
「なつさん、あなた前世の記憶が有るでしょう。
でなければ、私が昨日渡した紙に書かれてあった文字は読めなかった筈です」
私の言葉になつさんは驚きの表情を浮かべると、まるで悪事がばれた子供の様な表情を浮かべ俯いてしまいます。
別に悪い事をしたわけではないし、責めているつもりもないのですが…。
こうなっては、もう単刀直入に話をした方が良さそうです。
「私も、そしてここに居る佐吉さんも梓さんも、前世の記憶が有るのですよ。
平成という年号に聞き覚えは無いですか?
あなたを古渡へと招いたのは、これが理由です」
なつさんは私の言葉を聞いて恐る恐る顔を上げます。
私も、そして佐吉さんも梓さんも、なつさんに頷きました。
それを見たなつさんは、みるみる顔を朱に染めると、ポロリと大粒の涙を零しました。
そして、堰を切ったようにぼろぼろと涙を零し、号泣してしまったのです。
私達はまさか泣き出すとは思わなくて、ちょっとおろおろしてしまいました。
「わ、私…、心細くて、寂しくて…、どうしてこんな時代に前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまったんだろうって…」
なつさんが泣きながらぽつりぽつりと語ります。
私は偶々運が良かったのですが、なつさんと同じ立場に生まれたなら、きっと同じ気持ちになったでしょう。
そして、同じ様に前世の記憶をもって生まれてしまった人たちの殆どは、同じ境遇の人たちと出会う事もなく、そういう気持ちを心に抱いたまま、人知れずこの世を去って行ったのかもしれません。
多分、強く生きて来られた先輩ともいえる定頼公ですらそうだったのかもしれません。
私はなつさんの気持ちが落ち着くまで、ただ黙って背中を撫でてあげました。
ひとしきり号泣したら、なつさんは少し気持ちが落ち着いた様です。
「すみません…。
人前でこんなに泣いてしまって…」
「気持ちが抑えきれないときは、思い切り泣いた方が良いと思いますよ」
「ありがとうございます…」
改めて私達は、前世を含めた自己紹介をしました。そしてなつさんに問い掛けます。
「なつさんは前世ではどんな方だったのですか?」
「私は…」
なつさんも転生者でした。