第百七十二話 宴
探索団の成功を祝っての宴が催されます。
『宴』
天文十八年十一月、航海の成功と新しい島の発見を祝い、清洲の守護館で守護様が宴を催してくれました。
その席で探索団を率いた孫十郎叔父上や操艦を担当した佐治為景殿ら佐治水軍衆、そして最悪戻れないかも知れない探索に参加した人たち全員に対し、守護様から直々にお褒めの言葉と共に感状が与えられました。
また感状と共に、守護様が瀬戸で特別に作らせた見事なガラス製の皿が記念の品として全員に与えられたのですが、なんだか記念品なんて近代的ですよね。
宴の間中、一人一人に船旅の話を土産話として守護様がお聞きになり、それを太田殿が側で帳面に付けていたのですが、この日聞いた土産話が書物として後世に残ったなら、数百年の後に貴重な史料になりそうですね。
それと多分太田殿の記録は、今回の論功の参考にもするのでしょう。
ところで私は初めてこういう宴に呼ばれたのですが、父や叔父たちが座る守護代とその親族席的な場所の後ろの方に私の席が用意されていました。
殿方たちの面前に並ぶという事態は回避出来たと思い、ホッとして叔父たちと雑談を交わしながら運ばれてくる料理を食べていたのです。
何しろ守護様はご飯に拘りがある人ですから、ご飯が美味しいのは当たり前の事、料理も中々ハイグレードです。
そう言えば、珍しく今日は那古野からも大脇殿という勘十郎の家臣が来ていました。
恐らく父が呼んだのだと思うのですが、流石に謹慎中とはいえ嫡男が情報に疎いというのは問題ですからね。
さて、守護様と探索団のメンバーとの話も終わり、いよいよお開きと言ったところで、私が守護様に呼ばれました。
「吉姫、此度の探索の真の立役者はそなたであろう」
私は驚いて守護様をまじまじと見てしまい、慌てて平伏します。
「ははは、わかっておる何も言わずとも良い。
そなたの父は、そなたをここに呼ぶことを最後迄渋っておったのだがな。
余が是非にと呼んでもらったのだ。
吉姫、そなたの働き誠に見事である」
守護様の言葉に宴席の参加者からも「「「おおっ」」」という声が上がりました。
私は気恥ずかしく穴があったら入りたい気分です。
「そなたの働きに対し、これを与える」
そう言うと、封書を持ってこさせ私に渡してくれました。
私がそれを受け取ると、守護様が話を続けます。
「後でそなたの父と共に中を確かめるがよい。
大儀であった」
「はい」
私が席に戻ると、父が腕を組んで困ったような表情を浮かべていました。
兎も角、後で相談ですね…。
その後、守護様が皆に慰労の言葉を掛けて下がられると後は無礼講となり、私も頃合いを見て下がらせてもらいました。
流石にこの場に長時間居るのは辛いですからね。
控えの間で千代女さんと落ち合うと、宴はどうだったかと聞いて来たので、ご飯が美味しかった話の他、探索団の皆さんの土産話の中から面白そうな話を幾つか聞かせてあげました。
中々女性の立場だと、ああいった宴席に参加する機会はあまりありませんからね。
千代女さんやお供の人達にも食事自体は振舞われていた様で、ご飯が美味しかったと千代女さんも喜んでいましたから、やはり守護様の出すご飯は美味しい様です。
『守護様からの書付』
宴の翌日、父が私の私室を訪れて昨日の守護様からの書状を一緒に確かめる事になりました。
私が頂いたものですから、先に勝手に開いてみても良かったのですがどうも開くのが怖くて、それに守護様から「後でそなたの父と共に中を確かめるがよい」と言われましたので、まだ開けていなかったのです。
千代女さんに人払いを頼むと、包みのまま父に渡します。
父はそれを受け取ると包みを開き、中の書付に一通り目を通すと、大きなため息をつきます。
やはり、重たい内容の様です。
「吉よ、守護様もお前の輿入れが気になる様だ」
何となくそんな気もしていましたが…、そうですか…。
「はい…」
「守護様は、吉に別家を立てる許可を下さった。また、必要ならばお前を養女にすると仰せだ」
「別家…ですか」
別家って、織田弾正忠家とは別に新たな家を立てるという事ですよね…。
婿を取れと…。そういう事でしょうか。
そして養女って事は管領家である斯波家の家格を貸しても良いと。
つまり、都から高家の出自の者を婿に迎えろと。
暗にそう言われているのでしょうか…。
「儂も守護様と似たような事を考えておったが、守護様は儂が考えておった事よりも更に一歩踏み込んだ事を仰せの様だ。
無論この内容は守護様の意向を含んでおるが、あくまでこれはお前に対する褒美として与えられたもの。
必ずしもこうせよと仰せな訳では無いと思う」
うーん、私に選択権は無い様な気もするのですが、でももしかして…。
「もしかして、私が希望を言ってもいいのでしょうか?」
「吉も知っておろうが、子の結婚を決めるのは家長の役目。
乱世にあって、これが守られねば家が乱れる元になる」
「はい」
「だが、決めるのは家長である儂だが、もし吉に希望があるのなら。
吉の希望ならば聞いても構わぬ。
希望通りとはならぬかも知れぬが、希望を無にはせぬ」
「ならば…。
今の時点では希望は申しません。
ですが、いつか必要があれば我儘を言わせて頂くかもしれません。
でも、それ以前に父上が輿入れを決めたのなら、それに従います」
父は大きく頷くとほほ笑みます。
「あいわかった。
直ぐには決まらぬやも知れぬが、来年の暮までにはある程度決めてしまいたいと儂は考えておる」
「わかりました」
「うむ。守護様のこの書付も場合によっては有効に使わせて頂くやも知れぬな」
笑いながら父はそう話すと、部屋を後にしました。
前世の感覚だと結婚なんてまだまだな歳ですが、この時代の感覚だとそろそろなんですよね…。
さて、どうなりますやら。
守護様は吉姫の事が気になっていた様です。