第百六十九話 古渡の産業革命
古渡では新しい技術開発が進みます。
『宴』
天文一八年九月下旬、清洲の守護館で伊勢での戦勝、そして北畠氏との盟約の締結を祝って守護様主催の宴が行われました。
守護様の御家臣は勿論、織田弾正忠家の家臣団や国人衆などが集まり、華やかな宴となったようです。
今回の宴には、北畠氏の供応の時に出されて好評だった豚の角煮も出されたようですね。
私はというと勿論参加する訳もなく、その日は清洲城の屋敷で弟妹たちの相手をしていました。
と言っても、清洲の屋敷に居る弟妹は私の母である土田御前の子、つまりは嫡流の子だけなのですが。
母の違う庶流の父の子は、信広兄以外にも私より年上の兄や姉が何人か居るはずですし、弟や妹達はもっと居るはずです。
とはいえ、私の今の立場からだと自分から会いに行くでもしなければ会う機会は無いので、少し寂しくはありますね。
宴は特にトラブルも無く無事終了し、参加した国人らには守護様と弾正忠家の権勢が示せたと思います。
こういうのも国を纏めるうえで大事なのでしょうね。
『古渡の産業革命』
古渡の工房は今や弾正忠家の軍勢を支える工廠の一翼を担う存在になっていますが、先端技術を開発するという意味では、日ノ本どころか世界でここに追随するところはありません。
その古渡でここ一年ほど研究が重ねられているのが、産業革命の一端ともいえる蒸気機関の改良やそれによって稼働する各種工作機械、更には工業的生産設備の模索です。
中でも、尾張で近年生産量が急増している綿花を活用した、紡績機の開発です。
佐吉さんが、前世での知見を活かして簡単なプロトタイプを拵え、それを清兵衛さんら古渡の職人衆が形としていく。
守護様のお墨付きとなった清兵衛さんの元には今や幾人もの弟子が師事しており、以前は清兵衛さんと佐吉さんのほぼ二人だけでやっていた仕事が、それなりのチームで進められるようになったのです。
とはいえ二人の技術力の高さは別格で、弟子達の力量は未だ手伝いの域を出ていないのが現状ではあるのですが。
しかし初歩的な紡績機や力織機が、このままいけば近いうちに動き出すでしょう。
そして遂に佐吉さんが、梓さんの実家の相良で産出する石油を更に活かせる物を作り出しました。
天文十八年九月も半ばの頃、ここのところその新しい物の開発に集中していた佐吉さんから一先ず形になったと報告がありました。
私の依頼は方式や原理は問わないので、相良の石油をより有効に使えるエンジンを作る事です。
一先ず蒸気エンジンで動く形にはなっているのですが、蒸気エンジンは水が必要だったりと正直使い勝手が悪いです。
勿論、それなりの馬力でしっかり動作する物ですから、史実でも長く使われていた動力機関ではあるのですが、自動車両や小型の船に載せるには大きさや仕組みが実用的ではありません。
早速、古渡の工房へと訪ねていき、佐吉さんにその完成した実物を見せてもらいました。
一目ではそれがどんな仕組みで動く物かはわかりませんでしたが、シリンダーやクランクの存在から何らかの内燃エンジンであるのは容易にわかりました。
「これは…、何かはわかりませんが内燃エンジンですね。
完成したのですね」
「はい。
初期の内燃エンジンですが、構造が簡単でそこまで高い工作精度を必要せず、かつて日本でも良く作られていたエンジンです。
早速動かしてみましょう」
「お願いします」
佐吉さんは水差しの様な道具を取り出すと火種から火を取り出し点火します。
「それは、ブロートーチですか?」
「ええ、便利なので作ってみました」
確かに、ブロートーチは構造が簡単でシリンダーを作る事が出来るなら容易に作れるかもしれませんね。
佐吉さんはブロートーチでエンジンの一部分を加熱します。
「なるほど、焼き玉エンジンですか?」
「ええ、その通りです」
シリンダーヘッドの焼き玉を充分に過熱し起動準備が整うと、コックを操作しはずみ車を手で回し、そして更にコックを操作するとドッドッドッともポンポンポンとも聞こえる独特のエンジン音を奏でます。
佐吉さんの操作で出力が問題なくコントロール出来ていて、正しく動いている様です。
「動いてますね…。
まさか、この時代に内燃エンジンを見ることが出来るとは思いませんでしたよ」
「はは、そうですね。
私もまさかこの時代にこれが作れるとは思いませんでした。
これも、旋盤などの工作機を作らせた姫様の先見だと思います」
「清兵衛さんの匠の技があってこそですよ。
何しろダイスとタップを手作りで作り上げた人ですからね…」
「確かに、あの方の技には私も追いつく気がしません。
正に、現代の名工の一人なのは間違いないでしょう」
「そうですね。
これで焼き玉エンジンが出来たという事は、タグボートも作れますね?」
「ええ、作れるでしょう。
測定器が無いのでどの程度の馬力が出ているかわかりませんが、経験則から言えば二十馬力以上は出ている筈です。
更に大きく船舶に最適化したエンジンを作れば実現可能だと思います」
「尾張丸の様な大型船舶を運用するにはタグボートは必須です。
蟹江の船大工さんにも話をしておきますので、タグボートの製作をお願いします」
「承りました」
「では頼みましたよ」
こうして、タグボートの製作をお願いしたのですが、実用化すれば尾張級の二隻目も併せ本格的な運用が可能になるでしょう。
尾張丸は近海での慣らし航海も進んでいる様ですし、そろそろ最初の目的地への探索へ出したいものです。
これで初期のディーゼルエンジンが完成。ポンポン船が近々登場です。