閑話八十一 村上義清 軍議
いよいよ北畠氏との戦です。
天文十八年六月 村上義清
楠城から国府城へはそれ程の距離は無く、我らは数日を経て国府城へと至った。
国府城を囲んでおった神戸利盛らの軍勢は我らの接近を聞き、直ぐに神戸城へと引き上げていった。
北畠晴具率いる北畠の軍勢は約五千との報告があり、およそ一万五千の動員力があると言われる北畠の兵力からすれば一部ではあるが、農繁期にしてはよくそれだけ集められたものだ。
更に、神戸と赤堀ら北畠に近い国人らの軍勢およそ三千と併せると総勢八千になる。
我らは尾張より率いて参った五個大隊のうち、一個大隊を北部の抑えに残したので、残り四個大隊に元甲斐国人衆や陣借りに参陣してきた美濃、近江の国人ら、そして伊勢国人の長野氏、関氏らの軍勢を合わせて総勢一万。
兵力的にはやや勝っているが、この程度であれば如何様にも覆されるのが戦。
ゆめゆめ油断せぬように心得ねばな。
北畠が軍勢が神戸城付近へと到着すると、神戸氏らの軍勢もそれに合流。
神戸城と国府城の間に広がる平原に両軍が対陣する事となった。
「各々方、敵勢は八千、我らは一万、兵数にそれほどの差は無い。
この地は関氏と神戸氏が幾度となく争った地。尾張より参った我らに地の利は無いが、天候も良くこれ程開けた地での戦であれば、地の利はそれ程の差にはなるまい。
此度、儂は斜行の陣で行こうと思う」
「斜行の陣…にござるか…」
「うむ。
敵は解りやすく横陣を敷いており、我らの動きに合わせて動く構えであろう。
ならば我らの軍の強みを活かし、敵を翻弄せねばな」
「という事は、斜行陣以外にも何かお考えでござろうか」
「左様、斜行陣にて進むのは織田の軍勢のみ。
まず、甲斐国人衆を除く伊勢国人衆らの軍勢で一つの軍勢を組み、その軍勢を最左翼に配する。
そして、織田の軍勢を一個大隊ごとにその隣より横に配置する。
つまり、敵から見れば五つの大きな塊が横に並んでいるように見える」
諸将が頷く。
「まず、最左翼の伊勢国人衆らの軍勢から先に進んでもらう。
いわば囮の役故、ゆるゆると進んでもらえればいい。
無論、囮だけをさせるつもりはない。
最後に一番大事な大役をお任せしたい」
北畠氏と長年争ってきた長野藤定殿、関盛信殿が緊張した面持ちで頷く。
「「承った」」
「織田の軍勢は儂の直卒の第一大隊を伊勢国人衆らの軍勢の隣へ置き、そこから第二大隊、第三大隊、第四大隊と順に配置し、それぞれの大隊を最右翼より原殿、多田殿、小幡殿に任せる。
そして甲斐より参った国人衆は、工藤殿は原殿、山県殿は多田殿、春日殿は小幡殿にそれぞれ付ける故、ここぞという時に中隊の指揮を任せるなりされよ」
「「ははっ」」
「秋山殿は儂の直卒についてもらう」
「承りました」
「さて、此度の策であるが。
先ほど話したように、まずは最左翼、伊勢国人衆らの軍勢がゆるゆると進むところから始める。
伊勢国人衆は我らに帰順して日も浅いので、先陣を務める事を敵方も不思議には思うまい。
伊勢国人衆らの軍勢の指揮は、真田殿にお任せする」
甲斐国人衆らの端の方に立っておった真田殿は、声を掛けられると思っていなかったのか、驚きの表情でこちらを向く。
「真田殿は此度の伊勢での戦の前哨戦とも言える調略で多くの国人を帰順させ、既に戦功大であるが、ここに集まった伊勢国人衆らを皆見知っているのは貴殿のみ。
また、伊勢の国人衆の中から大将を選べば角が立とう。
それに、真田殿が戦上手であることはこの儂がよく知っておる故、安心して任せられる」
そう持ち上げられると、伊勢などの国人衆の真田殿を見る目も変わる。
実際この御仁は食えぬ御仁であり、戦上手なのは戦ったことがある儂が一番よく知っておる。
「そういう事であれば…。
承った」
「では、策の続きを続けよう。
真田殿率いる伊勢国人衆らの軍勢がゆるゆる進めば、敵方はそれに応じて動き出そう。
敵方がどのように動こうと、それは問題ではなく、動いたことが大事なのだ。
一度、陣を組んだ軍勢が動き出せばそれを直ちに変更するのは難しいからな。
それ故、真田殿の軍勢がゆるゆる進み、敵が動き出したら、主攻の織田勢が動き出す」
諸将が緊張した面持ちで頷く。
「織田勢は最右翼、原殿より前進を開始する。
先に出た真田殿の軍勢よりは早く、しかし早すぎず真田殿の軍勢に追いつくのだ。
原殿が出た後、斜行の陣を描く様に多田殿、小幡殿と順に前進を開始する。
無論、儂の直卒の第一大隊も一番最後ではあるが、遅れぬ様に前進を開始する。
すべての大隊が斜行の陣を描き前進したところで、原殿率いる第四大隊は早足にて敵の左翼の外に出て敵の背後に回り込むように軍勢を進めよ。
続く多田殿、小幡殿も斜行の陣から今度はそれぞれの大隊の後ろを目指して進み縦行陣となり敵の左翼に出る。
ここ迄話せば此度の策が読めたと思うが、織田勢は混乱するであろう北畠の軍勢を敵左翼より包み攻める。
しかし混乱はして居っても、敵方もいずれは軍勢を立て直し織田の軍勢に対応するであろうが、その頃にはゆるゆるしか進まぬ真田殿の軍勢は蚊帳の外に近くなっておろう。
それ程の猛攻を織田勢で加える故な。
ここ迄話せば真田殿はどう動けばいいかもうお分かりであろう?」
興奮した面持ちの諸将の注目が、真田殿に集まる。
「左様、敵の背後より攻めて挟み撃ちにするのでござるな」
「如何にもその通り。
真田殿の軍勢からの攻撃が、敵方へのトドメとなろう」
「しかし、それだけではまだ弱いのでござろう?」
儂は察しの良い真田殿にニヤリと笑みを返す。
「その上で敵の本陣を弓騎兵で攻める」
「北畠晴具殿らを一網打尽に生け捕るつもりでござるな」
「それが殿の命である。
もし万が一取り逃して難攻不落の霧山城などに逃げ込まれてしまえば、後々が面倒で仕方がない」
真田殿がそれを聞き笑う。
「確かに、その通りでござるな」
「此度の策は以上である。
各々方の奮闘を祈る」
「「「ははっ」」」
軍議が終わると慌ただしく諸将はそれぞれの持ち場へと戻っていく。
「秋山殿」
「はっ」
「第一大隊は儂の直卒ではあるが、儂が自ら戦に身を投じては戦場全体が見えなくなる。
それ故、第一大隊の指揮はそなたに任せる故、存分に戦って見せよ」
「承ってござる」
「うむ。
伊東殿、秋山殿を頼んだぞ」
第一大隊の大隊長の伊東殿が頷く。
「お任せくだされ。
では、秋山殿参ろうか」
「応!」
二人が陣幕から退出して行く。
儂は陣幕を出ると組み上げられた見張り櫓に上り、戦場全体を見渡す。
敵陣もすっかり整列を終え、その時を待っている様子だ。
今のところ、あちらから積極的に軍を動かす様子はない。
「よし、では始めるとするか」
織田の常備軍の機動性を活かした策を取りました。