第百五十二話 麒麟児
吉姫は麒麟児と対面です。
『麒麟児』
天文十七年十二月下旬、今年も色々ありましたが年の瀬です。
そんな折、和尚さんから講義を受けたがっている子供が居ると話がありました。
寺の講義は一応誰でも年齢問わず受けられるという事にしていますが、実際には元服前位からという感じになっています。実年齢で言うと十三歳以上くらいでしょうか。
三国志などの読み聞かせなどはもう少し年下の子であっても楽しめるとは思うのですが、政治の話などは退屈だと思いますから。
その講義を受けたがっている子というのは今年で十一歳だそうで、その子は熱田の学校にも一時通っていたそうなのですが、なんと熱田で教えている範囲を僅か三か月位で終えてしまったそうです。
教えている内容の想定年齢より歳が上というのはあると思うのですが、三か月で四則演算を終えてしまうなんて大したものですね。
熱田の学校に通っている時に、凄い子が入って来たと丹羽万千代君に報告を受けていたのですが、まさか三か月で卒業していたとは思いませんでした。
寺で普通に手習いとして教えている範囲も全て終了しているそうで、将来は優秀な内政官になるのではないかと期待しているとか。
その子の噂はちらちらとは聞いて居たのですが、タイミングが合わなくてまだ一度も逢ったことが無かったのです。
いい機会ですし、一度会ってみる事にしました。
寺で講義をした日の講義の後に、寺の一室でその子と対面です。
聞けば父の配下の足軽組頭の嫡男だそうです。
部屋に入ると、小さな男の子が平伏して待っていました。
身長は、結構小柄ですね。
この時代、栄養状況が以前は良くなかったので、小柄な人が多いので飛びぬけてという訳ではないですが、小学五年生ならば一番前は確定でしょうか。
その子の前に座ると声を掛けます。
「備後守信秀の娘の吉です。
初めて会いますが、あなたの事は噂に聞いてましたよ」
その子は緊張したのか身震いすると平伏したまま挨拶の言上を述べます。
「この度は姫様にご拝謁賜り、恐悦至極に存じまする。
それがしは中々村に住む木下弥右衛門昌吉が一子、木下日吉丸に御座いまする」
私はその名を聞いて、最初誰だかわかりませんでした。
中々村の木下弥右衛門さんの子供なんだなと、そう思ったのです。
「立派な言上、見事です。
お父上も鼻が高いでしょう。
お顔を上げなさい」
その子は恐る恐るというか、ゆっくりと顔を上げると私の顔をちらりと見ます。
すると、また平伏してしまいます。
そんなに怖い顔をしていたでしょうか。
でも、その子の顔は笑顔の似合いそうな愛嬌のある顔立ち。
そう、平成の御代で言えば思わず頭に浮かんだのは〇村さん?!でした。
可愛げのある顔立ちで、平成の世ならもてるかもしれませんねえ。
それは兎も角、木下日吉丸、小柄で岡〇さん的印象というと、これはあの人ではないのでしょうか。
そう、後の藤吉郎秀吉。
前世の歴史の秀吉だとこの歳には既に家を出て苦労していたと記憶するのですが、目の前の日吉丸くんは栄養状態も良さそうで良い仕立ての服を着ています。
今日の為に、よそ行きの恰好なのかもしれませんが、それを用意できるだけ家が豊かだとも言えます。
私が頭の中でそんなことを考えていると、私が黙ってしまっていたのか再び顔を上げ不安げな表情で私の顔色を窺います。
可愛そうなことをしてしまいましたね。
「日吉丸、お父上はお元気ですか?」
「父上は今年の戦も無事に帰ってきて元気にしております」
「そうでしたか。それは何よりでしたね。
日吉丸はなぜ私の講義を聞いてみたいのですか?」
「はい。
熱田の学校で姫様の作られた教科書で学んだのですが、どれも目新しくもっと学びたいと思いました。
この寺には手習いに通っておりましたが、姫様の講義の話は以前より伝え聞いておりまして、私も是非直に聞いてみたいと思ったのです。
それで、和尚様に相談したところ、まだ年齢としては早いが一度姫様に聞いて頂けると…」
なるほど、そういう訳だったのですね。
「物事を学ぶことは好きですか?」
日吉丸くんは目を輝かせます。
「はい。大好きです。
多くの事を学び、将来役に立つ人物になりたいのです」
「良い志です。
解りました、では講義を受ける事を認めましょう」
「ありがたき幸せにございます!」
「はい。では、講義で会いましょう」
「楽しみにしておりまする」
日吉丸くんが平伏したのを見て、部屋を後にしました。
思わずため息です。
まさか藤吉郎だったとは。
それは優秀だろうと。
歴史上の偉人を目の前にしてしまいましたよ。
これはもうご褒美だろうと、そう思います。
でも、史実の秀吉とは明らかに違う人生を歩んでますね…。
この世界の秀吉は足軽組頭である木下弥右衛門昌吉の長子という説を取っています。
史実では既に亡くなっていますが、この世界ではまだ元気に生きています。
苦労していない綺麗な秀吉はどういう人生を歩むのでしょうか。