第百二十一話 佐吉さんからの手紙と新たな取り組み
佐吉さんの手紙が届いたところから吉姫の話が再開です。
『佐吉さんからの手紙』
天文十七年六月、遠江に旅立った佐吉さんから手紙が届きました。
経過報告か何かかと思って読んでみたら、訪問先の国人領主川田平兵衛殿の息女に輿入れを申し込まれたとかで、迎えて良いかどうかの確認の手紙でした。
父上宛の手紙も併せて届いており、こちらの方は筆跡から加藤さんが代筆したようです。
佐吉さんも旅先で嫁を見つけるなんて流石ですね。
勿論、私は特に異論はありませんし、佐吉さんが良いなら問題ないのでは無いでしょうか。
特に、相良油田はこれからを考えるとしっかり押さえておかなければならない要所ですからね。
油田は織田家直轄にして領主の川田殿に代官を頼むのが一番波風がたたなくて良いでしょうから、これで縁が出来るならそれは良いことだと思います。
偶々今日は父が屋敷に居たので、手紙を直接手渡しました。
父は佐吉さんから手紙が来たと聞くと、早速と手紙を開いて一読します。
そして、ニヤリと笑います。
「随分早く知らせが来たかと思えば、川田殿の娘の輿入れの話が出ておるのか。
此度佐吉を遠江に行かせる際に吉から聞いた話では、あそこの油田は今後当家に必要なものなのであろう。
ならば、丁度良いでは無いか。
油田は当家直轄にするとして、尾張から代官を送り込んでは安堵を条件に臣従したばかりの国人の領地に手をつけたなどと見られかねないからな。
川田殿をそのまま代官にするのが一番丸く収まるのだが、川田殿は臣従したばかりでお互い何か保証が欲しいところだろう。」
私は父の話に頷きます。
「なれば、川田殿の嫡男に誰か嫁がせるかあるいは川田殿の娘を輿入れさせるかという話になる。
川田殿も恐らくそれを考えてあちらから申し出たのだろう。
この書状には、油田の見聞も無事終了し油も確認したと書かれて居る。
その油を使った灯りも川田殿の屋敷では使われて居るらしいから有望であろうしな」
そう言って返書をしたためると私に渡しました。
「近く、川田殿とここで会うことになるだろう。
佐吉の婚儀の差配は台所奉行の山田弥右衛門に伝えておく。
併せて此度の油田見聞の成功で功績も出来た故、佐吉には新たに屋敷を用意させよう。
では、頼んだぞ」
そう言い残すと、父は慌ただしく出かけていきました。
相変わらずなんとも忙しい父です。
最近はそれでも前に比べると古渡に居る機会が増えて来たような気はするのですが、秋に予定している新しい城へ移る準備やら色々忙しいみたいです。
そういえば、来月にも信広兄上が井伊の姫と婚儀を上げるとか言ってましたから、それの準備もあるのかも知れません。
私の返事と合わせて手紙を届けてくれた者に託すと、彼は早速と旅立っていきました。
今日のうちに津島に行って、明日一番の船に乗り川田殿の屋敷まで戻るそうです。
『新たな馬車』
新たなとりくみの為に、鈴木殿や津田殿などいつものメンバーを工房区画に集めます。
津田殿がまず口を開きます。
「姫様、先頃の陣地の演習は面白うございました」
他のメンバーも頷き、口々に面白かったと感想を言います。
まあ、大人の戦ごっこみたいなちょっとした遊びになりましたからね。
面白かったと思います。
そして、子供みたいな瞳で津田殿が言葉を続けます。
「して、また新しい事を始められるので?」
私は頷くと話を始めます。
「皆さんは、今あちこちで街道の普請が進められていることを知っているでしょう」
一同が頷き、鈴木殿が答えます。
「はい、鈴木党の者も普請に派遣しておりますれば」
「そうですね。
鈴木党の人たちには土木仕事の経験を積んで欲しいので、特にお願いしたのです。
新たに作っている街道、それに既存の街道の拡張、そしてもう一つ進めている普請があります」
今度は津田殿が答えます。
「古の律令時代の官道の再生でござりますな」
そう、平成の御代に居た頃にテレビでもやっていた古代ハイウェイの再生をやっているのです。
この時代は、幸い平成時代と違ってその上に家が建っていたりと言うことはほとんど無く、道として使われているか草に埋もれているかのどちらかで、再生がそこまで困難ではないのです。
所謂東海道と言われる区間だけになりますが、尾張から駿河までこの時代では考えられないほどの広い道幅の真っ直ぐな整備された道が再生されています。
この古道に使われた技術は今の時代にあってはロストテクノロジーなのですが、部分的に遺構を掘り返して構造を調べ、昔の遺構を活かしつつ古代ローマの道造りなどの知識も取り入れて古道の再生をしているのです。
完成すれば、駅を整備し馬車が高速で行き交う幹線道路として役立つことでしょう。
「そうです。
その道で使うための馬車を新たに作るべきだと思います」
そう言うと、書いてきた絵図面を皆に見せます。
「これを作って欲しいのです」
皆が絵図面をじっくりと見ます。
鈴木殿が絶句します。
「これは……」
津田殿が微笑みます。年齢を忘れて子供の顔に戻ってます。
「ふふっ、これは面白うござるな」
実際に作ることになる鍛冶や大工などの面々も興奮を隠せない様子。
実際の制作を指揮する清兵衛さんが話をします。
「こいつは俺たちに任せて貰いますぜ」
職人達が強く頷きます。
「清兵衛さん、とても心強いです。
お願いしましたよ。
そして津田殿。こちらの本にこの馬車の使い方を書いておきました。
鈴木殿と相談して馬車が完成したら試せるように準備をお願いします」
津田殿が早速と本を受け取ると中をざっと見て目を輝かせます。
そして、鈴木殿に渡すと鈴木殿も中を確認します。
「これは……、面白うござるな。
前回の陣地も面白うござったが、これは更に面白い」
そして二人で頷き合うと請け合います。
「「お任せあれ」」
さて、どんなふうに出来上がるのか楽しみですね。
今回は新しい取り組みの話でした。