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吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第四章 激動の天文十七年(天文十七年1548)
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閑話四十五 高田佐吉 佐吉の顛末

吉姫と同じ転生者の佐吉の顛末です。





天文十七年六月 高田佐吉



未来よりこの時代に転生し早十二年、貧しい野鍛冶の家に転生した時には余りの生活水準の低さに絶望した。

しかし今はもう亡くなって居ないが、優しい姉や母のお蔭でどうにか命を繋ぐことが出来た。


前世では所謂技術系会社員と言うやつで定年退職するまで金属加工関係の仕事をしていた。まさか定年早々に意識を失い、長年掛けた年金を一円も貰わぬまま再び目を覚ましたら室町時代末期だとは思いもよらなかったが…。



目が覚めたら身体が四歳の子供になっていて野鍛冶の倅だったのだから、最初は悪い夢でも見ているのかと思ったよ。

だが悪夢から覚めることもなく、現実は残酷というか…。俺はこの先また何十年と金属を相手に仕事をするのかと。せめて生まれ変わるなら別の人生もあって良いのではないかと思った。神様のイタズラならなんて質の悪い冗談だとね。


この時代の貧しく厳しい暮らしの中、戦に巻き込まれなくても日常的に人が死ぬ。冬ともなればそれこそ当たり前のように、朝目を覚ませば誰かが冷たくなっており目を覚まさない。

布団もなにもない、寒ければ古着を引っ被って隙間風に震えながら眠るのだ。


聞けば我が家は本来四人兄弟だったらしいが、一番上の兄は俺が三歳の時に家を出て父親の昔の仕事仲間の処に弟子入りし、次男は赤子の内に死んだと聞いた。

そして、十の歳を数えず優しかった姉が死に、そしてその次の年には母が死んだ。


それからは厳格で寡黙だが根は優しく腕の良い鍛冶の父を手伝いながら何とか生きてきた。前世でも似たような仕事をしていたが、この時代の鍛冶に前世の知識は役にはたったが手の技術がまるで追いつかず、結局初めから修行が必要だった。

それでもやはり前世の知見が有るというのは大きいのか、父のもとで十年近く仕事を手伝っていれば、俺の後を安心して任せられると父にしては最大限の賛辞を受けるほどにはなった。



それが二年前、父の昔の仕事仲間から浜の方にある村の鍛冶が居なくなるから引き継がないかという誘いがあった。


その村は何でも織田弾正忠様の姫君の化粧地で、そこに居た腕のいい鍛冶がお抱え鍛冶として城に行くことになったから、あとに来ないかという話であった。

父はなにか感じる所があったのかその誘いに乗り父と共に移り住んだのだが、その村は明らかに以前居た村とは空気が違っていた。


村には既視感の有る農具が置かれていて、村人はそれらの農具を使い明るく仕事をしていた。村長は優しげな中年の男性だったが、恰幅よく明らかに羽振りがいい風に感じた。

よく見れば、村の衆も皆着ているものが随分と良く、子供が菓子を食べているなどというあり得ない程の明らかな生活水準の差があったのだ。


村長にこの村の話を聞けば、数年前までは他所と変わらぬ貧しき村だったそうだが、姫君が村に来てから明らかにすべてが変わったと話してくれた。


曰く、見たことも無いような農具を鍛冶屋に作らせたかと思えば惜しみなく村人にそれを与え、新しい商売になればと薬のもとになるという物の作り方を教えてくれ、しかもそれを古渡で良い値段で買い上げる。これは年貢では無く、村にとっては貴重な現金収入になっているとか。

更にはこれまで準備し積み重ねてきたものの総仕上げとして石鹸作りも始めた。これも村人に評判良く、良い現金収入になると村長は微笑む。

とにかく、姫君には感謝しか無いと褒めそやした。



俺はその話を聞いてもしやその姫君は俺と同じく未来よりの転生者ではないのかと感じた。ヨードや石鹸などこの時代には未だ無いものだから。


それと同時にこれは、俺の人生に於ける最初で最後のチャンスなのではないかとも……。

そして、この巡り合わせに運命めいたモノも感じた。


何故なら姫君は先代の鍛冶を召し抱えたのだから。弾正忠様ならともかく、姫君が鍛冶を召し抱えると言うのもおかしな話だが、それはつまり姫君は鍛冶を必要としていると言うこと。


おそらく姫君の持つ未来知識を実現するため腕の良い鍛冶を必要としている。しかし、本当に必要としてるのはただ腕の良い鍛冶では無く、姫君の未来知識にある物を実現できる鍛冶が欲しいのではないだろうか。


召し抱えられた先代の鍛冶はおそらく腕が良いだけでは無く、本当に物作りが好きで何でも作ってみる。そんな柔軟性のある鍛冶だった。だから召し抱えられたんじゃないか。

そう思って俺はなんとか姫君に拾って貰おうと先代の鍛冶の清兵衛さんの弟子にしてくれるように勇気を振り絞って姫君に直言し頼み込んだのだ。


本来こんな事をしたら近習の武士に斬られる事もあり得ると言うこと位は知っていた。

だけど、俺は何故かそんなことにはならず話を聞いて貰えるんじゃ無いかという不思議な確信があったのだ。


側で微笑を浮かべ控えて居た武士が笑ってない目で見ていることに気づいたとき、一瞬斬られるかと思ったが、結果的には姫君が優しく請け合ってくれ、何も起きなかった。

斬られる恐怖を脱し、落ち着いて見れば姫君は優しげで美しくこんな人に拾って貰えたなら俺は一生ついて行こうと心に決めた。


結果として、俺は弟子入りを認められ古渡の城に潜り込むことに成功した。

父は四十中盤という頃で老け込むにはまだ早く一人でも問題ないと、俺が城に弟子入りに行くことに賛成してくれた。

身軽になったら後妻でも迎えるかなどと笑っていた程だから多分大丈夫だろう。



古渡に移った後、やはり環境というのは大事だと痛感した。


そして思ったことは、俺は前世では仕事で後進国での生活を多く経験しており、またある程度順応性があったのか姉や母の助けもあって何とかこの時代で命をつなぐことが出来たが、人がこの戦国の世に転生した場合、転生する先は確率からいえば圧倒的多数の貧しき庶民だ。

俺と同じく前世の記憶を持ち目を覚ましても、あまりの生活水準の差に絶望しこの時代に順応できずそのまま亡くなる人が多いのではないだろうか、と。

何しろ平成の世は清潔感と快適に満ちた生活を庶民ですら送れるのに、この時代といえば貧しき庶民は着の身着のままで暮らし衣食住全てに不衛生極まりなく、飯は不味く変わり映えせず、布団もなく雑魚寝暮らしが普通なのだから…。


前世の記憶を持つという話は前世でもテレビで見たことが有るが、恐らくそれほど多いとは思えない。

そう考えれば武士や商人など其れなりの家に転生するのは奇跡にも近い確率で、またそういう家に生まれたとしても、下手に未来知識は勿論知る筈のない事でも口走って物狂い、悪霊憑きなどと思われたら殺される可能性すらある。

この時代は人々は信心深くそして迷信深いからな…。

恐らくそうやって殆どの転生者がそのまま時代の闇に呑まれ消えていくのではないか。

そんな気がする。



俺は古渡で与えられる仕事を地道にこなし時折持ち込まれる姫君の要望に俺の持てる前世からの知見、今生で身につけた腕を惜しみなく使いそれに応えた。


清兵衛さんが姫君の図面や模型だけでタップとダイスなどネジを既に実用化しているのには驚かされたが、それらの積み重ねも継承しこの時代ではまだ使われていない技法などを使ったところ、予想通り姫君は大いに評価してくれ褒美として姫君との対面をかなえて貰った。


一歩間違えれば城を放り出されるどころか物狂いとされる危険性もあったが、ハッキリさせておきたかったのだ。つまり、姫君が未来からの転生者かどうか。


国人当主の姫君に差しで対面するなどと、普通であれば決して許されない。事実、近習の武士に強い口調で叱責された。

だけど、俺は姫君もそれを望んでいると思ったのだ。そして、姫君は予想通り一度話してみたかったとまで口添えしてくれ、対面がなった。


俺はこの日のために考えていたことを試してみた。それの反応を見れば一目で事実がわかるから。


英語で話しかけたのだ。


明治以降の教育を受けていれば、英語は不得手だったとしても確実になにかしらの反応があるはず。

そして、姫君は流暢な英語で応えてくれた。


予想通り姫君は俺と同じ平成からの転生者で、前世では商社の技術営業をやっていたと語られた。

商社の技術営業は営業ではあるがその実、職能は広く営業職への技術面での側面支援もするが、その営業職が売りに行く大型商材のざっくりした設計をやることもある。

当然理系出身者が多く、この姫君も理系出身なのだろう。

実際書かれる図面はツボを押さえた的確な物で、模型などもよく出来ている。

前世でも有能な人だったのではないかと感じた。


対面の日から姫君と俺は秘密を共有する間柄となり、謂わばこの世界で共に生き抜く同志となったのだ。

姫君と未来知識で話をする時は英語で話をすることになった。諸事に通ずる姫君に異国の言葉を教えてもらうという名目にもなるし内容が漏れることもない。


話す内容は物騒な時代だから平成の感覚では剣呑な物だが、銃器関係は前世で友人の影響からそれなりに詳しくなっていたし、サバゲー用のエアガン向けの銃器のオプションパーツなんかも作ったことがあったから、それも役に立った。

そしていずれ本格的なプラントなんかも手掛けることになるのかもしれないが、其れはかつて前世で幾つも手掛けた経験が役立つだろう。

姫君に拾われてから、前世より毎日が楽しいと感じるほどだ。



以前より姫君から内々に話は出ていたが、戦も一段落しいよいよ俺も動き出すことになった。

つまり、これまでは姫君の代理人として動いていたのは姫君が一の家臣と呼ぶ加藤殿、そして付き合いのある商家の者だったりしたが、彼らでは未来知識も必要な技術的な事柄まではわからない。

そこで、俺も姫君の代理人として動き出すことになったのだ。



六月半ば頃、備後守様直々に対面の場を設けて頂き、これまでの功績に報いるという形で、清兵衛さんはなんと守護様より屋号を頂いた。平成の感覚のままだとピンと来なかったろうが、この時代に来て十年以上この業界で仕事をしていればどれだけ名誉で権威のある事か理解できる。

これで色々なところに屋号と共に記録が残り、後世にも名を残す可能性が高くなったし、信用度という意味では弾正忠家の後ろ盾を得たも同然なのだ。

仕事を出すにも、資材を調達するにも、あるいは仕事を受けるにも、かなり有利になるのだ。

弾正忠家のお抱えという身分だから自由に仕事を受けることは出来ないが、備後守様は勿論の事、今後は例えば守護様の家中から仕事が来る可能性だってあるのだ。



俺は前々から姫君から聞かされていたが、士分として取り立てられることになった。といっても、領地が有るわけでもなく禄を銭で貰う銭侍であり、役目上必要になるので騎乗も認められるが屋敷があるわけでもなく足軽長屋に住むことになるらしい。

出身地の高田村から苗字を取り高田佐吉と名乗ることになった。

技官の様な扱いなので前線に出る事はないだろうが、いずれは戦に帯同していく可能性もあるだろうから、自分の身を守れる程度の武芸と旅で困らない程度の馬術を練習する必要があるだろうね。



そして、前々から話に出ていたが織田弾正忠家の家臣としての初仕事は相良油田の視察に行くことになった。

備後守様に書状を書いて頂き、それを持参して石油が出ていると聞く場所に領地を持つという榛原郡菅ケ谷村の国人川田平兵衛殿を訪ね、現地を視察する。

それが今回の役目であり、遠江に何度も行ったことのある加藤殿が同行してくれる事になった。それに新たに雇い入れた小者を数名伴い旅立つ事になる。


前世ではそれこそ全ての大陸を制覇するほど仕事で海外に出かけていたが、今生ではいまだ尾張から外に出たこともない。

かつて出張で行ったこともある静岡はどんな感じになっているのやら。今から楽しみでもあり不安でもあり。



旅立ちの日、津島の湊で加藤殿と落ち合うと遠江へ向かう船に乗り込んだ。






同じ転生者ながら吉姫とは違った人生を歩んできた佐吉。吉姫に召し抱えられるまでにはいろんな苦労があったようです。

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