第百十九話 佐吉旅に出る
演習も終わり、田植えも一段落。
以前から話し合っていたとおり、佐吉さんは旅に出ます。
『佐吉さんの旅立ち』
天文十七年六月中旬、古渡の製材所設置や田植え機など、これ迄の功績に私の恩賞以外にも、清兵衛さんと佐吉さんに父が恩賞を出すことになりました。
実際、彼らの頑張りのおかげで尾張は豊かになり、父の名声も大いに上がったので、父からもなにか報いたいという相談があったのです。
そこで、私は今後佐吉さんは私の代理人として出かけることも有るので、士分への取り立てをお願いしました。また、バランスを取るため清兵衛さんには士分への取り立てではないですが、別途屋号が与えられることになりました。
二人は古渡の屋敷へ呼ばれ、父と対面します。
父と会うのは初めてではありませんが、こうやって正式に対面するのは初めてで、二人共余所行きの格好でやってきて緊張に顔を強張らして平伏しています。
勿論、雇い主の私も同席していますよ。
父は二人を見て緊張を解すために笑いかけると言葉を掛けます。
「はっはっ、そう緊張せずとも良い。
儂と合うのは初めてではあるまいに。
平伏したままでは話ができぬ、面をあげよ」
二人は父にそう言われると、二人して顔を見合わせ覚悟を決めて顔を上げます。
「うむ。
二人を呼んだのは他でもない、これ迄の二人の功績に報いんが為だ」
清兵衛さんが驚きの声を上げます。
「そ、そんな。私どもは姫様から十分に恩賞を頂いております。
この上、備後守様からも何かして頂くなんて…」
「はっはっはっ。
吉がそなたらにそれなりに報いて居ることは知っておる。
しかし、そなたらの功績はこの尾張の守護たる武衛様の耳にも届いておる程なのだ。
今や、そなたらの作った農具はこの尾張の多くの農民が使い大いに助かっておる。
そして新たにこしらえた田植え機、あれは実に見事である。
これほどの功績を上げて、なんの報いもせぬでは儂が吝嗇だと思われてしまう。
それでは儂の元で頑張ろうと思う者は居なくなってしまうであろう。
それは心外なのでな、吉に相談しこれ迄の功に報いることにしたのじゃ」
「はぁ…」
二人共当惑の表情を浮かべます。
「それでじゃ、吉とも相談したのだが儂は吉には出来ぬ事で報いてやる事にしたのだ。
まず、鍛冶屋清兵衛」
「はい…」
「そなたが吉の願いに応え腕を揮った事がすべての始まりじゃったと儂は見ておる。
儂は、その他の仕事全てを報告により聞き知っておる。
その仕事ぶり、腕前、誠に見事。
よってこの度武衛様より絡繰屋の屋号を頂いた。これからは武衛様、そして儂のお墨付きの鍛冶とし絡繰屋を名乗るが良い」
清兵衛さんは一瞬ポカンとしますが、その意味を理解するとすごい勢いで平伏します。
「絡繰屋の屋号、ありがたく頂きますです」
武衛様も味なことをします。
でも、これで後にwikiとかに室町末期の発明家絡繰屋清兵衛として名前が残るのでしょうか?そう考えると凄いことですね。
そして、次に佐吉さんに声を掛けます。
「佐吉よ、そなたはまだ吉より二つ程年長と年若いにも関わらず、中々の麒麟児ぶりを発揮しておると聞いておる。
此度の田植え機を吉の図面から更に改良し完成させたのはそなたらしいな。
吉もそなたの能力を高く買っており、今後は鍛冶の仕事ばかりでなく吉の代理人として働いてもらうことも有るだろうと話しておる」
佐吉さんには予めそれっぽい事を話はしていますが、父から改めて話をされると緊張ばかりか口元が引きつっているようにも見えます。
「は、はい…」
「それでだ、これ迄の功に報いるため、そして今のままでは吉の代理人が務まらぬ故、士分に取り立てる事と致した。
そなたは高田村の出身で有るから、これより高田佐吉と名乗るが良い。
これからも吉を手助けしてやってくれ」
「…励みます」
こうして、佐吉さんは士分となりました。
士分と言っても、今はいわゆる銭侍で領地が有るわけではありません。
これまでの職人長屋から足軽長屋に移り住み、小者や女中を雇って最低限の体裁を整えます。
そして、早速初仕事に向かうことになりました。
織田弾正忠家家臣高田佐吉としての初仕事は遠江への視察です。
そう、以前から佐吉さんとも話をしていた相良油田を見に行くのです。
加藤さんの調べで榛原郡菅ケ谷村の国人川田平兵衛という者の領地で草水、つまり石油らしいものが湧き出ていると言うことがわかってます。
今回は加藤さんも同行してもらい遠江まで船で行き、そこから陸路菅ケ谷村へ向かいます。
これで石油のサンプルが手に入るかも知れません。