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吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第四章 激動の天文十七年(天文十七年1548)
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閑話四十一 朝比奈藤三郎 安祥訪問

安祥城に到着しました。





天文十七年六月 朝比奈政貞



大浜湊を出ると幸い潮が満潮との事で矢作川を遡る川船に乗ることが出来た。

矢作川というと幾度も戦があった大きな川であったが、大規模な治水普請をするそうだと船頭が話してくれた。

この規模の川であれば氾濫した時の被害は相当なものであろうし、川の流路が変わることとてあるだろうな。

岡崎城は川の船着き場からすぐのところに有るらしいが、安祥城は一番近い楠の船着場から街道を暫く歩く必要があり、安祥城に着く頃にはすっかり日が暮れていた。


城に到着すると勘助殿が出迎えてくれた。


久しぶりに顔を見たが老けた様子もなく、寧ろ駿河におった頃よりも活力に満ちた印象を受けた。


「勘助殿、久方ぶりにござる。急な訪問となり申し訳ござらぬ」


「なんの、藤三郎殿。再び逢える日を楽しみにしてござった。

 我が殿に藤三郎殿来訪の話をしたら是非会ってみたいと楽しみに待っておられる。

 今宵は宴を催してくださるそうだ」

 

「なんと、それは忝ない」

 

殿というと信広殿であろうか。

俺は勘助殿と酒を酌み交わし近況の話でもできれば良いと思っておったのだが、せっかくのご厚意を無下にするわけにはいかぬ。

勘助殿に案内され屋敷へ通されると一先ず旅の汚れを落とした。

さっぱりすると、宴の席へと向かった。


宴とは言っても、家臣の勘助殿の客であるからささやかなものでは有るのだが、俺は逆にその方が気が楽で助かった。

どうのこうの言っても、つい先ごろ戦で戦った相手故な……。

知らぬものばかりでは気も休まらぬ。


宴の席には、此度の宴を催して下さった信広殿、それに勘助殿と、服部殿。

中条殿に吉良殿など数名の家臣の方が居られた。


初めて見る信広殿は俺と同じ位の歳の頃でとても伝え聞くような戦上手の名将とは思えぬ優しげな御仁であった。

しかし、この御仁は初陣よりかの信秀殿に付き従い多くの戦で戦い、この安祥を任されてよりはほぼ負け知らず、先の戦でも三河と遠江の大軍を率いており、今川との大軍同士の戦いでも見事な戦ぶりであったと伝え聞く。


俺はその頃高天神城の搦手よりの城攻めに失敗し、他の朝比奈勢と共に高天神城を囲んで眺めておったのだ。

もし、お屋形様の曳馬城攻めの方におったとしても、どうにもならぬどころか命も危うかったかも知れぬが、それ程の大戦に参加しこの目で見れなんだのはなんとも無念だ。


「藤三郎殿、よく参られたな。

 勘助から貴殿が来訪するという話を聞き、駿河の様子など聞いてみたいと思ってな。

 こうして宴の席を用意したのだ。

 見れば歳の頃も儂と近い様に見受ける。これを縁に付き合いが出来ればと思っておる故、よろしく頼む」

 

「織田殿、この様な席を設けて頂き、まことに忝なく。

 それがしも噂に伝え聞く三河の話をお聞きできればと思っており申した。

 これを機会に、縁が出来るのは願ったりに御座る。よろしくお願い申す」

 

勘助殿が話を継ぐ。


「殿、それがしは以前お話した様に浪々の身ではござったが、駿河にて仕官の道を探しながら私塾を開き子供らに学問を教えておったのでござる。

 この藤三郎殿はその折にそれがしの私塾に来られたのが付き合いの始まりにござる。

 藤三郎殿はそれがしの私塾でも特に優れたる者の一人で、末が楽しみな若者なのでござる」


「ほう、勘助がそれ程までに褒めるとは。

 これからは味方故、頼もしきことであるな」

 

それ程に持ち上げられるとなんともむず痒い。

しかも、相手はあの信広殿なのだ。


「師にそれ程に評価されておるとは、光栄にござる。

 しかし、それがしはまだまだ知らぬことばかり、これからも励む所存にて」

 

勘助殿は満面の笑みで頷く。


「その心がけが大事にござる。

 実るほど頭を垂れる稲穂かなとも申しまするが、優れたる者ほど知らぬことを知るのでござるから」


相変わらず勘助殿の言い回しは響く。

優れたる者ほど知らぬことを知るか…。正に真理よな。


「金言、感謝致す」


「うむ、良き言葉を聞いた。日々これ勉強であるな。

 さて、堅苦しい話はこれくらいにして、宴を楽しもうぞ」


そう云うと、信広殿は酒坏あおって見せる。

それからは雑多な話を挟みながら、料理に舌鼓をうった。


この日の宴に出てきた料理は、豊かな安祥らしく豪勢なもので、魚料理あり肉料理あり卵料理ありと俺が食べたことも無いような料理が多かった。

特に、卵料理は最近駿河でもお屋形様が奨励をしたのもあって広まりだしたが、料理法はまだ簡単に焼いただけのものが多く、この茶碗蒸しという料理は初めて食べた。

まただし巻きという卵焼きも駿河で食べたものより更に美味しかった。

肉も運良く手に入れば膳に並ぶという感じで、普段はそれ程食べるものでもないのだが、今日は鳥料理が幾種類も振る舞われ、どれも美味しかった。

この宴に出てくる料理を食べるためだけでも、此度安祥に寄った価値があったというものであるな。


信広殿らから三河の話を聞くと、川向こうの松平とは長く敵対関係にあったが、この度和議を結び同じ斯波家に臣従し味方となり、今では盛んに交流しておるそうな。

その結果、戦もなくなりこの地が安定した事によって離散していた住民らも戻ってきたりと、活気を取り戻しておるとか。

安祥も城の周辺の広い深田を本格的に整備して新しい農法を取り入れ大幅な石高上昇を目指して居ると話して居られた。

暗くて見えなかったが、既に部分的に始めてあるところもあるそうで、明日にでも見せてもらうとしよう。

他にも街道や関所の整備など、商業を盛んにするための方策を幾つも進めておるようで、益々豊かなになりそうだ。


それに対し我等はそれ程多く話すような事も無いと思って居ったのだが、駿河の話をすると信広殿は清水湊の状況に特に興味を持ったようで、友野殿の話などいろいろと話をして差し上げた。

他には先の戦での痛手が未だ癒えず武田の動きが気になるという話をすると、何かあれば直ぐに駿河に救援の軍を送るつもりだと力強く話して居られたな。

敵にすると厄介な相手であるが、味方であればこれほど心強い味方もおるまい。

俺は駿河へは暫く戻らぬが、無事であってくれと切に願うのみだ。


その後、先の戦の詳細を信広殿と勘助殿から聞くことが出来た。

ある程度、あの場に居たものから伝え聞いてはいたが、現実は正に恐るべし。

しかも最初からお屋形様の捕縛を目標にしておったなどと…。

つまりはその後の和議と盟を結ぶことまですべて最初から決めてあったと云うことであろう。

信秀殿という御仁は何という戦をするのだ…。

しかし、今川方では知られてない事実としては、織田の別働隊を察知して動いておった雪斎和尚の別働隊がもう少しで信秀殿を討ち取る所まで来ていたという事であるな…。

そこで信秀殿を討ち取ったとしても、いずれにせよ今川本隊は負けてお屋形様捕縛という事実は変わらなんだろうが、果たしてその後はどうなったであろうか…。

既に信秀殿の政策の恩恵を駿河が受け始めていることを考えると、ゾッとする。

結果としてはあそこであと一歩届かなんだことは良かったと言えるのか…。


そして、あの戦で俺がどこに居たかという話に及んで、高天神城攻めの話をする。

実質負け戦故、あまり話して楽しい話でも無いのであるが、搦手より侵入に成功し敵将と引き分けたのはお屋形様にも認めていただいた功なので話をした。

すると、その話は信広殿も聞いていたようで、権六が褒めていたぞと話してくれた。

あの柴田権六という変わった形の矛を持った武将の話をしてくれて、なんでも織田殿の家中でも武勇に優れそればかりではなく学問にも熱心な知勇を兼ね備えた人物だとか。

高天神城の籠城戦での指揮は正直それ程上手いとも思えなんだが、柴田殿はあれが初の総大将であり籠城戦であったそうな。更には周到に城を攻めて無血で落としたと聞き寧ろその手腕は大したものだと思った。

実際、一騎打ちは堂々たるもので引き分けた事にはなっているが、あそこで引かねばどうなったかはわからぬ。俺も多少なりとも腕に覚えはあるが、必ず勝てる相手ではないのは間違いない。



「ところで、あの矛でござるが、あの様な矛は見たことがござらぬ。

 あれは尾張で流行って居るのでござるか?」


それを聞き信広殿が笑う。


「いや、あの矛は権六が我が妹の警護の任についておった時に、褒美に貰ったものだと言っておった。

 なんでも、唐国の更に向こうの西の果てにある地方の武士が使っておる武器らしくてな。

 使いこなすには大きな膂力が要るが、突くとも切ることも引っ掛ける事も出来るとかで、権六はその矛を手に美濃の戦で大きな武功を挙げ、先の戦の功もあり若くして家老に抜擢されたと聞く」

 

異国の武器とは、どおりで見たことも聞いたこともないはずだ。

ところで、あの矛は妹御の警護の任の褒美と…?


「その矛はその妹殿が作らせたのでござるか?」


「うむ、我が妹の吉が抱えておる刀鍛冶に作らせた物よ」


やはり、これから向かう姫であったか…。

しかし、刀鍛冶を抱えておるとか、とても姫のすることではないな。

そして、警護の任についておって、今は家老に抜擢されているということは…。

なんとも不思議なめぐり合わせよ。一騎打ちをした相手と同じ姫に後任として仕えることになるとはな…。


それから、信広殿や勘助殿、他の家臣の方々からも吉姫の話を聞かされた。

その話は大体和尚から聞いた話であるが、こんな農具があってどれ程領内の農民らが楽になったかとか、吉姫に非常に感謝しているというのは伝わってきた。

とても齢十五の姫の話とは思えぬが、考えても詮無きことか。


吉姫の話で興が乗ったのか、宴の時間は予定よりも遅くなり、結局勘助殿とはゆるりと話すことは叶わず、また後日という事でお開きになった。


紹介の時に挨拶しただけで、宴の間中一言も話さなかった服部殿という御仁は目つきも鋭く隙も見せなかった。恐らく信広殿の目や耳の役目をしておる人物なのであろうな。

そういう人物を同席させる信広殿もまた隙の無い御仁ということか。


今日は美味いものも食えたし、いろいろと話を聞くことも出来た。

安祥訪問は大いに収穫があったと言えよう。


明日はまた早朝より大浜の湊へ戻り、津島湊へ船旅だ。


安祥城でいろいろ話を聞き、次回はいよいよ尾張です。

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