第百十話 荷駄改革
即席陣地を作るには資材を持ち込まなければなりません。
その為には資材を運ぶための準備をしなければなりません。
『まずは仕込みから』
天文十七年四月末、早いものでもう四月も終わりです。
三月は遠江での大きな戦から始まり、四月は農業や鉄砲を進めたり広忠殿が訪れたりと色々なことがありました。
来月も義元公が尾張に来られると聞いてますし、領地では新しい田植え機を使った田植えもあります。イベント盛り沢山ですね。
さて、今日は佐吉さんに熱田の大工さんを呼んでもらっています。一緒に指物師の人も来るそうです。どちらもまだ若く一人前の棟梁とは認められていないそうですが、既にお礼奉公の段階だとか。
もう一、二年すると棟梁になるのかも知れませんね。
指物師の人には佐吉さんを通じて既に仕事を頼んだりしています。
佐吉さんに連れられて二人が屋敷に来ます。
「姫様、ご用命の二人を連れて参りました」
「足労大儀です。よく来てくれましたね」
職人風の二人が平伏します。
「大工の源太にございます」
「指物師の六助にございます」
「面を上げて下さい。
今日来てもらったのは作って欲しい物があるからです」
二人は顔を上げます。
「どの様なものをお作りすればよろしいので」
源太さんが聞いてきます。
「幾つかあるのですが、分かりやすく言えば物を運ぶ道具です」
「物を運ぶ道具ですか…」
「こちらに絵図面がありますから、これを元に作って下さい。
どのように作るかはお任せします」
図面を渡すと源太さんが早速とばかりに図面に見入ります。
「一つは、一人で取り回し良く物を運べる一輪の手押し車です。
この荷台の部分はもう一枚の図面に描いてある手箕を取り付け固定出来るようにして下さい。
この手箕は土を入れるので竹では壊れてしまうので木で作って下さい」
簡単に概略を話すと、絵図面から視線を外してこちらを見て答えます。
「へい、承りました」
絵図面に書かれているのは、いわゆる『ねこ車』と呼ばれているもので、平成の世では金属製でゴムタイヤですが、勿論そんな物はありませんから木製の昔使われていたような物になります。
車輪まで木製ですが、土に沈み込むのを防ぐために車輪は厚めになっています。
源太さんが更に図面をめくり、次の物に見入ります。
「その次は、同じく物を運ぶものです。
こちらは人や一輪車では運べない大きな物を運ぶもので車輪が二つついています。
一輪車と同じく後ろから持って押したり、前から持って引いたりします」
先ほどと同じく、説明を聞き図面を把握すると視線をこちらに向けて返事をします。
「へい、こちらの方も承りました」
こちらの絵図面にかかれているのはいわゆる大八車的なものですが、どちらかと言うと西洋で使われていた二輪車で、折りたたみの足が付いていて水平に保つことが出来ます。
「最後の図面も、同じく物を運ぶものです。
こちらは更に大きく、木材などの大きな物を運ぶもので、車輪が四つ付いています。
こちらの方は、今はまだ人の力で動かすつもりですが、牛や馬の力を借りる可能性もあります。
ともかく、今は図面の通り作ってもらえれば構いません」
先ほどと同じくじいっと図面をみて、また返事をします。
「承りました。この三つでよろしいので?」
「はい、まずはその三つをお願いします。
いい仕事をしてもらえれば更にお仕事をお願いします。
一つお願いしたいのは、今回お願いした仕事はできれば古渡の城で作って下さい。
必要なものは用意させます」
源太さんが困ったような表情を浮かべたが、苦笑すると返事します。
「へい…、承りました。
では、こちらのお城で仕事をさせてもらいやす。
詳しくは佐吉さんに聞けばよろしいので?」
「はい、佐吉さんか鍛冶の清兵衛さんに言ってもらえれば必要なものを用意します。
次は、六助さん。
何時もいい仕事をしてもらって、有難うございます。
どれも素晴らしい出来で大変満足していますよ」
まずは、これまでの仕事のお礼を言います。
六助さんは恐縮して平伏してしまいます。
「そ、そんな、勿体無いお言葉を…。
お褒めいただき、光栄にございます」
「今度、六助さんお願いしたい仕事はこちらの方です」
そう言って図面を渡します。
「こちらも物を運ぶための道具ですが、これは荷や人を背負う為の物です。
背負紐は一先ず藁で編んだ紐を使ってみます」
六助さんも図面に見入ります。
「連雀商人が使う連雀にも似ておりますね」
「はい、でもこちらの方はこの部分を持って手で運ぶことも出来ますし、物など人を乗せるための台も設けてあります」
所謂、連雀商人が使う背負子は梯子の様な形をしたもので、手で持って運んだりという西洋のパックの様な使い方は出来ませんし、人を載せられるような台は付いていません。
「承りました。ともかく作ってみます」
「お願いします。
もう一つは、外で使う持ち運びが楽な円匙です」
「円匙というと姫様が拵えさせたあれですか」
作って結構経ちますから、既に見たり使ったりしたことがある人が結構居るようです。
「はい、その円匙です。
今のままだと持ち運ぶには少々大きいので、旅先で使えるような小さな物を作って欲しいのです」
「…、という事は図面のこの部分は鉄ですか?」
「そうです。鉄ですから、その部分はこの佐吉さんが作ってくれます。
必要なのは、この折りたたむカラクリです。
普段はこの形、鍬として使うことも、円匙として使うことも出来る。
そういった物です」
「考えて見ますが、木だとこんなカラクリを仕込むと簡単に壊れてしまいそうです」
「その部分も鉄で作れば頑丈なのが出来るかも知れませんが、鉄だとあまり沢山作ることが出来ないので、できれば木製で作りたいのです」
「わかりました。
なんとか成らないか考えてみます」
「はい、お願いしましたよ」
「へい」
六助さんも平伏します。
「では、佐吉さん宜しく頼みましたよ」
「承りました」
「では、折角来てもらったのです。
屋敷の者に言っておきましたから、台所の方で土産に酒を貰って帰って下さい」
酒と聞くと二人の顔がパッと明るくなります。
お酒を振る舞うと皆喜ぶのですが、この時代やはり庶民のささやかな楽しみというとお酒なのでしょうかね…。
「「姫様、有難うごさいます」」
二人は佐吉さんに連れられて行きました。
さて、これで物を運ぶ道具の手配が出来ました。
実現するかどうかは分かりませんが、野戦で使う為の道具も手配しました。
こちらの方は、普通に今使ってる円匙でも構わないのですが。
円匙も今使われているホームベースの形のものではなく、先が真っ直ぐな物も清兵衛さんに頼んでいます。
やはり土を掬って入れたりするのは先が真っ直ぐなもののほうが捗りますからね。
他にも津島の大橋殿に『叺』を頼んでいます。
叺というのは土嚢袋の先祖に当たるもので、筵を二つ折りにして両端を縫って袋状にしたもので、昔は乾物などの物の運搬や、野菜の保管などに使われていたものです。
農家が冬の間の内職的に作ったりしてるようですね。
これを土嚢袋代わりに使うのです。
後は佐吉さんに頼んでる秘密兵器があれば陣地を作る為の資材を大量生産出来るのですが、問題は人力でどの程度動くのかは何とも言えないですね。
古渡だと水力も使えそうなのですが、水車から作るとなると大掛かりになりますから、試しにちょっとというわけにはいかないですから。
これで織田の荷駄は一気に進みそうですが、やはり馬が欲しいですね。
日本だと家畜は牛が一般的だったようですが、車両の一般使用の制限を時の権力が行ったためか、インフラ整備も限定的で、江戸幕府も往来の自由が制限されていたりと、馬車や牛車は殆ど進化が見られません。それらの進化は、封建制度がなくなり往来が自由となり国家レベルのインフラ整備が始まった明治までほぼ進歩しなかったのです。