第百八話 鉄砲打ちと弓衆
牛さんと弓師さんが居る所に津田殿と鈴木殿が訪ねてきました。
勝手にやってきた牛さん以外似たような経緯の三人です。
『鉄砲打ちと弓衆』
天文十七年四月末、太田殿と弓師さんこと山田殿が訪ねてきていた所に、鈴木殿と津田殿が先日の陣地の話が聞きたいと訪ねて来ました。
そう言えば、弓衆の二人と鉄砲衆の二人が会うのは今回が初めてかも知れません。
鈴木殿も津田殿もこちらに来たのは先の遠江での戦の直前でしたから。
二人が家の者に案内されて客間に来ると、既に見たことのない武士が二人居ることに気がついたのか視線が合うと目礼します。
年長の津田殿が来意を告げます。
「姫様、先日の陣地のお話をお聞きしたく参ったのですが、先客が居られたならば日を改めましたのに」
「津田殿、構いません。
二人に津田殿と鈴木殿の話と来意を話すと、同席したいと言ったのですよ。
私と以前より親しくお付き合いのある方達です」
津田殿と鈴木殿はやや驚いた表情を浮かべると顔を見合わせます。
「さ、左様にござりますか…。
某は紀州より参った津田監物にござる」
「同じく、紀州より参った鈴木孫市にござる」
二人は礼儀正しく太田殿達に自己紹介します。
そして、二人を紹介してくれるように言います。
「宜しければご紹介頂いても?」
「この二方は武衛様の家臣で、弓衆の太田又助殿と、同じく弓衆の山田七郎殿です」
太田殿がいつもと変わって礼儀正しく挨拶をします。
「武衛様が家臣、太田又助にござる。お初にお目にかかる」
「同じく武衛様が家臣、山田七郎にござります。
鉄砲はあまり詳しく知りませぬ故、この機会にお近づきになれると幸いです」
太田殿も山田殿も好奇心がにじみ出てる感じです。
「津田殿は私の家臣で鉄砲造りに招きました。
鈴木殿と鈴木党は父の家臣で本格的に鉄砲衆を作るため招きました」
弓衆の二人はなるほどと云う顔をします。
「この七郎も吉姫が弓師を紹介してくれと言うので、連れてきた同輩にござる。
吉姫のお蔭で良き弓に出会え戦で良き働きが出来たでござる」
「最初、又助から話を聞いた時は姫様の嗜み用の弓をあつらえる話かと思いましたが、来てみたら見たことも聞いたこともないカラクリ仕込みの弓を作ってくれと言われまして、それ以来の付き合いになりまするが、姫様のお蔭で楽しい仕事をさせて貰っています」
山田殿が笑います。
それを聞き、津田殿と鈴木殿も笑います。
「なんと、拙者たちも同じでござるよ。
最初は尾張の姫君が拙者をお探しだと出入りの商人に話を聞いたのでござるが、拙者はただの紀州根来の田舎者。なぜ遠方の姫君が拙者ごときをお知りなのか、寧ろそれを聞きたくこちらを訪ねたのでござるが、姫様の話す鉄砲の話に惹かれましてな。
悩み申したが、この様な楽しき仕事二度と巡り会えぬと紀州より移り住み、ここで姫様のもとで新しき鉄砲造りをしておるのです」
「それがしも似たような話でござる。
それがしも新しき鉄砲衆を作るから鉄砲奉行として来てくれと、一族皆で移り住んで欲しいなどと途方もない話をされましたわ。
結局、備後様にも新たな移住地を与える故一族ごと召し抱えると確約され、ここまでの厚遇でのお誘い、断るわけにもいかず一族の殆どを引き連れ移り住んで来たのでござる。
約束通り、鉄砲奉行として召し抱えられこうして吉姫の下おもしろき仕事をさせてもらっておるのでござる」
それを聞いて太田殿が笑います。
「吉姫らしい。
姫の身でありながら姫らしいこともせず、方々から人を呼び寄せては新しき事を次々と、まこと変わり者の姫でござるな」
それを聞き、皆が笑います。
みんなで私を笑いますが、不思議と腹は立ちませんでした。
しかし、太田殿は私のことをよく見ていますね。
そして恐らくそれはメモされ、武衛様の暇つぶしのネタになっているのでしょうか。
ひとしきり笑うと太田殿が身を改め二人に向かって話します。
「吉姫に惹かれた者同士、今後は親しくお付き合いの程お願いするでござる」
「こちらこそ、宜しくお願いするでござる」
「お願いし申す」
男同士四人で交友関係を結んだようです。
しかし、引かれたってどういう意味でしょうね…。
確かに引き抜きましたが…。
親しくなったところで津田殿が元の話に戻ります。
「それで…、姫様。
野戦陣地の話、ご教授頂いても?」
男四人、期待に満ちた視線を向けます。
これは話さねばなりませんね。
「わかりました。では、お話しましょう。
その前に部屋を改めましょう」
そう言うと、私が図面など引いている部屋に移りました。
この部屋にはこの時代には珍しい大きな座卓と、計算などに使っている黒板があるのです。
この時代は当たり前ですが、計算機やパソコンなんて便利なものはありませんし、ソロバンなんて私は使えませんから、黒板を使って手で計算しているのです。
平成の世と違って紙代は馬鹿になりませんし、書き損じても墨なので消せませんから黒板が重宝するのですよ。
この部屋に始めて入った四人と先日お供に加わったばかりの小次郎殿は風変わりな部屋に驚いています。
「こ、この部屋の書き机は随分と大きゅうござるな。
この様に大きな物は初めて見ますぞ」
牛さんが早速物珍しそうに部屋の中を見ます。
「図面を書くのにはこの位の広さの机が欲しいので作らせたのです」
「ほう…。
ところでこの黒い板は何でござるか」
「これは黒板と言って、この白墨で文字を書くための板ですよ。
そして黒板に白墨で書いた文字は、この黒板消しを使えば簡単に消すことが出来るのです」
「…!
これは便利でござるな…、墨と紙では書き損じれば書き直しなど出来ませぬ。
しかし、この板ならば何度でも消して書ける」
「そうでしょう。
この黒板は熱田の学校でも子供を教えるのに使っていますよ」
「ほう…。
確かにその様な使い方にも良さそうでござるな。
これは他には売らぬので?」
「うーん、値段の折り合いが付けば売るかも知れませんね。
今度、作らせている職人と相談します」
「おお、是非に」
そんな話を太田殿としていると、他の三人もこの黒板が欲しそうです。
これはもう少し作ったほうが良いのかも知れませんね。
関心がすっかり黒板にいって、この部屋に来た理由を忘れているようなので、手を叩いて注意を集めます。
すると、皆驚いて注目します。
「はい。それでは野戦陣地のお話をしましょうか。
説明には黒板も使うので、私はここに座ります」
そう言うと黒板の直ぐ側に座ります。
他の四人もそれぞれ座卓を前に座ります。
すると、好奇心旺盛な小次郎殿が声を上げます。
「吉姫様、拙者もご教授お聞きしても?」
それを聞いて滝川殿がチラリと小次郎殿に視線を向けますが、直ぐにこちらを向いて同じことを言います。
「姫様、それがしも是非」
まあ、屋敷の中ですから多分警護の役が必要ということもないでしょう。
「わかりました。では、そちらに」
座卓のあいているところに二人を招きます。
手持ち無沙汰にしている千代女さんに声を掛けます。
「千代女さんも聞きたいですか?」
すると、驚いた表情を浮かべ首を横にふります。
「い、いえ。私は…」
「それでは、ここは良いですから下がっても構いませんよ。
あとで白湯を人数分持ってきて下さい」
「承知しました」
千代女さんがいそいそと部屋から下がっていきました。
そう言えば千代女さんが作っていた着物は結局どうしたのでしょうね。
半介殿の為に作っているのかと思っていたのですが。
さて、みな揃ったところで野戦陣地の講義の時間です。
弓と鉄砲、鉄砲の性能が弓を圧倒するまでは結構組み合わせて運用されていました。
今回はその顔合わせでした。