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吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第四章 激動の天文十七年(天文十七年1548)
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閑話三十六 松平広忠 本多平八郎忠豊

本多親子の再会です。





天文十七年四月 松平広忠



吉姫との会見を終えた儂は離れに戻り、家臣らも後は親子水入らずで過ごすこととした。

於大と共に竹千代の武芸の腕を見てやったり、学んで居ることを聞いたり。

岡崎の屋敷で共に暮らして居る頃は忙しく、竹千代と一緒にこれだけ長く過ごしたことは無かったように思う。

竹千代は儂に見て貰えるのが嬉しい様子で、懸命に成果を見せようと頑張るのが実に微笑ましい。

また岡崎で共に暮らすようになれば、竹千代と共に過ごす時間を今少し作ろうと儂は心に決めた。



夕餉は豪商の加藤氏らしく贅を尽くしたもので、この様な豪華な食事は正月の祝いですら見たことがない。

特に味付けが素晴らしく、加藤殿に料理の美味さを褒めると、ここ数年で醤油やら煮干しやら新たな調味料が出回ったことで料理が随分と美味しくなったとの事だった。

醤油は以前出入りの商人から貰ったことがあったが、この煮干しで作ったという出汁醤油というのは格別であるな。

更には弾正忠家の影響で最近は卵が食べられるようになったという。

卵を食べると言うとゾッとするが、この玉子は無精卵という孵らぬ卵との事で問題はないと加藤殿は言っておるが…。

勧められるままに初めて食する卵料理は確かに美味しかった。

卵は滋味も豊富で健康にも良いとも教えてもらった。

卵は三河にも鶏は居る故、無精卵というものの取り方と調理法を聞いて帰れば三河でも食べられるやもしれぬな。



夕餉を終えた頃、加藤殿から備後殿より使いがきて、明日清洲へ向かう前に古渡で会わせたい人物が居るので古渡に立ち寄って欲しいとの事。

加藤殿が古渡に船を出してくれると申し出てくれたので、甘えることにした。


翌日、竹千代や於大と暫しの別れをすると、船にて古渡に向かった。

古渡というと備後殿の居城であったはず。


熱田から古渡へ続く町並みを眺めていると、程なく古渡の船着き場に到着した。

古渡の城は平城で二重の堀に囲まれた城であったが、堅城という様には見えなかった。


「殿、この城を取り囲む長屋が随分大きゅうございますな」


言われてみれば、この規模の城には不釣り合いなほどの長屋が広がる。

それだけ家臣の数が多いのであろうか?


「この城はあまり攻められることを考えておらぬのかもしれぬな…」


「確かに、川を利用した水堀で二重に囲んでおりまするが、堅城というよりは便の良い城という風でございますな」


「うむ。最初からその様に建てられたのかは解らぬが、便は良さそうだ」


船着き場より到着を知らせる先触れの使者を出すと、城より迎えの武士が来たので城へ向かった。


城門を抜けると備後殿の屋敷へ案内される。


「備後様がお待ちにございます」


屋敷の者に客間に案内されると、忠俊と忠高の三人で備後殿を待つ。


程なく備後殿が部屋を訪れた。


「次郎三郎殿、先の和議の時以来にござるな。

 清洲での会見の約束をしながら、急にお呼び立てして済まぬな」


「備後守殿、久しぶりにござる。

 会わせたい御仁がおられると伺いましたが」

 

「うむ、是非にも会わせたい御仁がおってな」


備後殿はちらりと忠高を見る。


「本多平八郎殿で間違いござらぬか?」


忠高は急に名を呼ばれ驚く。


「はっ、本多平八郎にござる」


「うむ。これから会わせる御仁は本多殿にも関係ある御仁故な、確認させてもらった」


忠高にも関係があると…、誰であろうか。


「では、呼ぶとする。

 吉左衛門殿」

 

「はっ」


声がすると備後守殿と同じ年位の武士が入ってくる。

その武士を見て儂は思わず声が詰まった。


「なっ、父上?!」


後ろに座る忠高が思わず身を乗り出して声を上げた。

なんと、入ってきた武士は儂を逃がすために殿として残り討ち死にした筈の忠豊であったのだ…。


「平八郎…、…生きておったのか」


忠豊である筈の武士はそれには答えず、備後殿の右後ろに座り名乗った。


「吉左衛門にござる」


「備後殿…、これは一体…」


備後殿は微笑むと語りだした。


「次郎三郎殿、貴殿の知る平八郎殿は確かに殿として役目を果たし討ち取られたのだ。

 ここに居るは、我が家臣の吉左衛門でござる」

 

だが、どう見ても忠豊にしか見えぬ。


「…お戯れが過ぎまするぞ」


備後殿は忠豊に頷いてみせる。


「次郎三郎様、拙者はあの日殿の役目を果たした後、拙者の頸を条件に我が家臣や兵らを逃してもらったのでござる」


「その話は戻ってきた忠豊の家臣らから聞いておる。

 家臣らは忠豊は我らを逃がすために討ち取られたと」


「…某も、戻ってきた家臣らにそう聞き申した…」


忠高も聞いたままを答える。


「拙者もそのつもりで御座った。

 家臣や兵らが無事去ったのを確認した後、迷惑のかからぬよう腹を切る場を貸してほしいと。

 そう備後様に頼んだのだ」

 

「うむ、そう儂も平八郎殿に頼まれた。

 だが、儂は平八郎殿の武者振りに惚れ込んだのだ。

 それに我等は戦の後は敵の命を取らぬ事に決めておった。

 娘の吉が乱世故戦で死ぬのは致し方ないが、戦の外では同じ日ノ本の民故命を粗末にしてはなりませぬと言うのでな。

 儂もよくよく話を聞けばそのとおりだと思うたので、平八郎殿にはここで討ち取られたことにして貰い吉左衛門殿として儂に仕えてくれと頼み込んだのだ。

 かと言って、かつての主家や味方と戦をさせるわけにはいかぬ故、三河や遠江の戦には参陣させておらぬ」

 

そのような事があったとは…。

しかし、ここにも吉姫か…。


「次郎三郎様、拙者は備後様の話す吉姫に会って見たいと思ったのでござる。

 どの様な御仁で、どの様に考えられておるのか。

 この乱世にあっては、甘すぎる考え方にござる。

 備後様も一廉のお方、娘に言われたからと理もなく取り入れるとは思えませぬ故。

 ここで腹を切り本多平八郎は居らぬようになるのなら、備後様の言われる通り別人として生きてみるのも良いのではないかと。

 そう思ったのでござる。

 備後様は三河での戦には出すつもりは無いと言ってくだされ、拙者は備後様ほどの方なれば約束を違えることはせぬと思ったのです」

 

「…、してどうであった。

 儂も吉姫と会う機会を得られたが、忠豊はどう見た」

 

忠豊は備後殿にちらりと視線を向けると、備後殿は頷く。


「儂は残りの人生をこの姫の為に使おうと、そう思えるほどの御仁でござった。

 儂はどれほど狭い視野で物を見ておったのだろうと。

 この乱世、日ノ本全体の事を考えておる者がどれほど居りましょうや。

 敵であれ味方であれ、日ノ本の将である事には変わりがない。

 もしかつての蒙古襲来の様な事があれば、皆が力を合わせて戦わねばこの日ノ本を守ることは出来ませぬ。

 優れた将は敵であっても、優れた日ノ本の将でも有ると考えれば、途端生かすことが甘いなどと思えなくなり申した」

 

…変わり者の姫だと思ったが、見ておるものが我等とは違うと言うことか…。

器用の仁と言われる備後殿の姫なればこそその才が活かされておるのかもしれぬな…。


「吉姫は、蒙古来襲の様な事があると言っておったか?」


「はい。

 蒙古ではありませぬが西の果てより大きな船に乗った異人が、南蛮の地を征服し日ノ本にもその手を伸ばしてきておると。

 そう言っておりました。

 九州や堺の商人らは南蛮人だと呼んでおる者らは南蛮人ではなく、もっと遠く西の果てのかつて羅馬があった国から来ておるのだとそう言っており申した。

 かの国は鉄砲を齎しましたが、鉄砲は勿論のこと大砲という鉄砲の化物の様な物を船に多く載せやってくるのだと…」

 

「な…、なんだと…。

 そのような事、聞いたこともない。

 しかし、戯れでそのような事言っておるとも思えぬ。

 現実に九州には南蛮人が来ておると聞いた事も有るし、鉄砲も商人が扱っておる。

 鉄砲の存在が戯言ではない証拠であろう」


「左様、故に儂は吉姫様に残りの人生を使おうと思うたのでござる。

 何れ輿入れするにせよ、ついて行けばお力になることが出来まする」


「…、そうであったか…。

 平八郎、そなたの父は新たな名と人生を見つけたようじゃ。

 本多の家と平八郎の名はそなたが立派に継ぎ、儂の腹心として働いてくれておる。

 儂は二代に渡り良き家臣に恵まれた」

 

「…勿体なきお言葉にござる…。

 父上のお考えはわかりました。

 この上は何も申しますまい。

 しかし、父上こうして生きて再会出来申した。

 この春に某に嫡子が出来たのでござる。

 無事に元服を迎えることができれば平八郎の名を継ぐ子にござる。

 生きておられるなら、孫の顔を見てやってくだされ…」

 

話を聞いておられた備後殿が話される。


「その話は儂から吉左衛門に既に話した。

 孫の顔を見たいのが親心ならば、孫の顔を親に見せたいのは子の心。

 生きておるのに会わぬ道理は無い。

 また日にちを決め、孫の顔を見に行くが良い。

 その為にも次郎三郎殿、吉左衛門が孫の顔を見に再び三河を訪れる事が出来るように取り計らってくだされ」


備後殿はまこと人格者であられるな。

器用の仁と呼ばれるのはこういう所が大きいのであろう。


「心得ましてござる。

 拙者にとっても平八郎は大事な家臣。

 三河を訪れても差し障りが無いようにいたしまする。

 今年生まれた新たな平八郎もきっと竹千代の良き家臣となりましょうから」


「うむ。そうしてくだされ。

 竹千代殿には手習いを教えておる娘も非凡だと言っておった。

 儂も我が娘の婿殿に大いに期待しておりまするぞ」

 

「殿、有難うござりまする…。

 備後様、我が父の事、宜しくお頼み申しまする…」


「うむ。

 決して粗略には扱わぬ。

 吉左衛門は儂にとっても大事な家臣。

 美濃での戦でも大いに武名を轟かせて居るのだ」


「なんと、そうでござったか。

 父上、またその折の話を聞かせてくだされ」

 

「後で渡すものも有る故、屋敷に寄ってくれ」


「平八郎、構わぬぞ。

 儂も忠俊と少し此度の事を相談せねばならぬ」


「はっ」


「では次郎三郎殿、後ほどまた清洲にて会おうぞ」


「備後殿、この度はこの場を設けてもらい忝ない。

 後ほど清洲にて」


備後殿と忠豊は部屋を後にした。


「しかし、平八郎が生きておるとはな…」


「拙者も討ち死にしたのだとばかり…」


「備後殿が味方を増やしていった理由がこの辺りにあるのであろうな。

 遠江での勝利も或いは…」


「左様、それがしやり取りを見ておりましたが、あの御仁は底が知れませぬな」


「うむ…」


こんな相手と儂は長きに渡り戦をしておったのだな…。

あの信広殿のお父上もまたという事か…。

英雄の血を父母に引く竹千代の子はどんな子になるのであろう。

今より楽しみであるな。




備後殿との会見の後、清洲への出立を前に昼餉を平八郎は忠豊の屋敷で、我らは備後殿の屋敷で馳走を受ける事になった。


尾張でもその財力で知られる備後殿の屋敷での昼餉であるが、儂はどんな物を食べておられるのか少々興味があった。

果たしてその膳は品数こそ多くはない物の、我らの常識から考えれば中々に豪華であった。

焼魚に漬物、豆腐と根菜の入った味噌汁に雑穀飯という一般的な物の他、卵焼きという卵を溶いて焼き重ねた卵料理が出た。それに好みで使えるように醤油差しが付けられた。

使われておる膳や器なども良き物で、盛り付けが綺麗で食欲がそそられる。

どれも美味しく家臣らの評判も上々であった。

特別に馳走された物かと給仕の小姓に聞いた所、器にせよ盛り付けにせよ普段食べているものとの事でやはり豊かなればこそであろうな。

しかし、やはり卵料理は美味い。

加藤殿の好意で無精卵とやらの取り方や調理法も聞いてきた故、我らも三河に戻り卵料理を試して見るつもりで居る。

鶏の糞は畑の肥やしにも良いと聞いた故、大々的に広めるのも良いかも知れぬな。



昼餉の後、程なく平八郎が戻ってきた。

久しぶりに親子で色々と語り合ったそうな。

平八郎は忠豊から心温まる初孫への品を贈られたとの事で良き顔をしておった。

早く孫の顔を見せてやれるようにせねば。


清洲への道すがら平八郎に忠豊の尾張に来てからの武勇話を聞かせて貰ったが、美濃での働きは実に見事であった。

それと同じく、備後殿の美濃での勝ち戦も中々に見事であった。

備後殿は美濃でこれだけの戦をやりながら、三河や遠江でも戦をしておったのだな…。




これで本多が三代揃いました。


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