第九十九話 農業改革その弐
田植えを前に準備が急ピッチです。
『広忠殿の来訪』
天文十七年三月下旬、松平広忠殿は来月早々に熱田に来ることになりました。
その時に私にも命を救って貰った礼を言いたいとの事で熱田で会う予定になっています。その後、清洲で父や武衛様と会見する予定です。
早速、於大さんと竹千代君に知らせておきました。
『越後への使者出立』
雪解けの季節が来たので、越後への返礼の使者が出立する事になりました。
この時代は雪深い土地は本当に雪深く、冬の間は越後へ行くことは出来ません。
今回の使者に立つのは平手政秀殿の息子の平手久秀殿。
尾張の名産品の数々を運ぶため、護衛の武士が四十名随行するので総勢二百名近い一行になります。
案内人として近江商人の布施屋源左衛門さんが同行する事になりました。
今回は返礼の使者としての意味合いと、尾張の産物の売り込みという意味合いも含んでいたりします。
私は越後のとら姫に宛てて手紙を書きました。
虚弱体質と思われる兄君に対する食事の事、薬酒のこと、それに主君としての武勇は蛮勇でしか無く、武勇に優れるなど様々に能力を持つ家臣を如何に活かして使えるかが主君に求められる能力だとアドバイスしてみました。
いつか機会があれば直接会ってみたいですね。
『農業改革その弐』
先日の領地への訪問から数日後、農業用水路が一先ず完成したとの報せを受けたので領地へ向かうことにしました。
今回は私だけなのでいつもの二人と古渡から付いてくれているお供達と共に領地へ向かいました。
領地へ到着すると、乙名が出迎えてくれます。
「姫様、一先ず姫様の絵図面の通りの溝が完成しましたぞ。
以前姫様が作らせた円匙が非常に役に立ちました」
「そうでしたか、思ったより早かったのは円匙のお陰というわけですね」
「中々に優れものにございます。
ではこちらへ」
乙名に案内されて現場へ向かうと、今日も作業は続いています。
溝を掘り水を流すだけだとすぐに埋まる可能性も有るので、今回は石を集めてそれで溝を形成する方式を取っています。
本当は赤土は尾張でも掘れるので、それを活用して圧縮ブロック作りというのも考えていたのですが、繋ぎに使うコンクリートがまだ出来ていないので今回は使ってません。
石灰に火山灰、それによく篩に掛けた赤土を水で混ぜ最後に海水を混ぜてペーストを作ります。それを型に流し込み、圧搾機の要領でテコの原理で圧縮するのです。
この時点ですでに硬いのですが、これを三日ほど日陰干しするとジオポリマー反応によりかなりの硬度のブロックになる筈なのですが。
石灰は兎も角火山灰は簡単には手に入らなさそうです。
早速溝を見るとまだ溝に水は入れてませんが、石を敷き側壁を石積みで構成した溝が出来てました。
「中々見事な出来栄えです。
川と溝の入り口の間には図面通り水門が取り付けられていますね」
この水門は本当ならネジ式の回転させると上下するタイプの門がベターなのですが、グリスなんて気の利いたものはありませんから、浜の村ということも考慮してテコの原理で開閉するタイプのものにしています。
つまり開ける時は重しを載せて開き、閉める時は重しを外すという感じです。
同じく田んぼに水を引き込む所にも水量調節の為の水門が付いていて、こちらの方はテコとかではなく普通に手で開閉する予定です。
川から引き込んだ水は農業用水路を通り、元々の村の田んぼに水を供給している小川に流れ込むようになっています。
「では、良さそうなので水を流し込みましょう」
私がそう伝えると村人が水門を開けていきます。
すると、川から流れ込んだ水が用水路に流れ込み小川に流れ込みました。
この用水路は小川に流れ込む方にも水門が付いているので用水路の水位を調整することも出来るので、それを利用すれば土管を介して田んぼに流れ込む水量も調整出来るでしょう。
この時点ではまだ田んぼには水は引いていません。
田んぼの方も真四角の田んぼの造成が進んでいて、田植え時期に間に合いそうですね。
「用水路の方も問題なさそうですので、田作りの方をお願いします。
また田植え時期にこちらの方に来るので、知らせて下さい」
「はい、承知しました。
ではまたお報せします」
田植え時期に向けて準備も着々と進んでいます。
広忠殿がいよいよ尾張に来ます。
そして、とら姫との文通の行く末は?
農業改革の方も着々と進んでいます。