第十話 熱田にお祭りに行ったのでござる
父は無事凱旋し、私はお祭りに行きました。
『父凱旋』
山が紅葉を始めた頃、父が美濃で勝利し古渡に凱旋してきた。
いつものように、威風堂々と父を先頭に安堵の表情の城の者たちが戻ってくる。
もう幾度もこの光景を見たが、やはりなんど見ても凱旋の風景は良いものだ。
屋敷に戻り父を待つと、程なく軍勢を解いた父が戻ってきた。
私を見つけると満面の笑みを浮かべ、吉よ勝ったぞ。と笑った。
そして、私の頭を撫でると、吉の手紙、役に立ったわ。
というと、ジイっと顔を見つめる。
最近は、あまり時間を取ってやれなんだが、儂は吉の成長がなにより嬉しいぞ。
と、いうとまた笑い、屋敷に入っていった。
その夜の夕餉はまた普段より豪華だった。
私は、なにより父の戦勝と無事の帰還が嬉しかった。
加納口の戦いの敗戦で、史実では父は岩倉との接点となっていた大事な弟の信康叔父を失った。
そればかりか、父を支持してきた岩倉の一族の者や、武衛様の家臣を討ち取られて影響力の低下を招き、その後父や信長は犬山の信康叔父の息子である信清に恨まれ、岩倉とは疎遠になり、その後信長と敵対することになったのだ。
父は、負けられない男なのだ。
勝って勝って勝ち続けて、織田一族で押しも押されぬ名士となり、一族の強い支持を以て守護様に守護代に任じてもらう。
それが、一族で戦国大名として生き残る道だろう。
そして、その父を私が影で支える。
そうなれば、父は私を外の家にやろうなどと思いもしないだろう。
とはいえ、まだ見ぬ弟がどういう人物に育ってるのか、不安だ…。
信長が居ないはずなのに、先日見た平手政秀殿の疲れた表情は一体…。
『秋祭り』
父は私に十歳にもなったし、まだ不安では有るがどこへでもとはいかないが、行きたいところがあれば好きに父に言えば良いと、言ってくれた。
そして、熱田神社で秋祭りが有るから、一度行ってみてはどうだと勧めてくれたのだ。
女中さんが祭りに行くための着物を用意してくれて、そして祭りの日、女中さんといつもの使用人の男の人の三人で、祭りへ出かけたのだ。
勿論、前世では日本と言わず海外のお祭りにだって行ったことが有る。
しかし、この時代のお祭りというのは勿論初めてだ。
とはいえ、行ってみると熱田の門前町では、出店も出してるし、屋台の様なものも並んでいる。
竹串に刺したエビとかイカを塩で焼いたものが売ってたり、或いは茶屋が甘茶や団子を出していたり、お面や提灯の様なものも売っている。
私はお金は持ってないが、どれも庶民で買える値段なんだろうと思う。
神社の階段を登っていくと、境内では既に奉納の踊りが始まっていて、女官が巫女さんの衣装で踊っているのが見えた。
子供も身分を問わず沢山来てるが、大人がやはり多く身長が流石にまだ足りないので、人だかりが出来ると舞台が見えなくなった。
それで私はよく見える場所を探そうと、無意識に移動していたら、供の二人とはぐれてしまい、二人を探していたら気がつけば別の階段の方に出てしまったのか、人気のない所に出てしまって居たのだ。
向こうに喧騒は聞こえるが、こちらの方は人気も少なく薄暗い。
内心、うわあ、ここいかん所じゃないか…。
変な人出てきたらどうしよう…。
みたいな事を内心考えながらキョロキョロしていたら、案の定来ましたよ。
よくわからないあまり綺麗でないお召し物を来た男たちが…。
そして、どこのナンパさんですか。という感じに、声を掛けてきますよ。
よう、お嬢ちゃん、綺麗なべべきてどこに行くんだい。
俺たちが案内してやろうか。
みたいな感じで、実にゲスいのです…。
どう答えたものか、結果的に無視していたら。
おい、オイラが優しく聞いてやってるのに無視するこたないだろう。
というや、手首を掴んできたのです。
流石にこの歳で、力の強そうな男の人に掴まれると、やっぱ痛いのです。
前世なら、こんなことされたらたちまち身体が勝手に動いてノシたのですが、全く体が動きません。
思わず悲鳴を上げたら、お前たち何をしているんだという声が。
ふとそっちを見ると、境内の方に年若い武士と従者らしい二人が立ってます。
そして、階段を駆け下りてくると、助けてくれたのです。
その武士はたちまち男の一人を捻り上げると、楽しき場で良からぬことをしおってと男たちを睨みつける。
男たちは青い顔をして、オイラ達はその子が困ってるようだから声を掛けただけだい。
と弁解すると、一目散に階段を駆け下り逃げていった。
そして、若い武士は私を見ると、ほう、と声を上げ、怪我はないか。と聞いてくれた。
幸い、握られたところが少し赤くなっていたくらいで、大丈夫だったので。
はい、と答えると。その人は頷き、良かった。と答えた。
よく見ると、その人は身長は六尺に届こうかという高さですが、歳はまだ若そう。
そして、顔立ちは結構カッコイイかも…。
正に白馬のお王子様に助けてもらった気分です。
そこに、吉様ーと二人の声が聞こえ、程なく私を見つけた二人が駆け寄ってきた。
二人は、若い武士とその連れを怪訝そうな目で見るが、私が経緯を話すと、これはありがとうございました。
お礼をしたいので、よかったら古渡のお屋敷においで下さいませんか?と言った所、その人は首を振ると、大したことはしてない故、礼には及ばぬ。
というと、私を見ると縁があればまた会おうと言って去っていった。
年齢的に父の家中の人の様にも見えますが、二人は見たことがないと。
誰だろうか…。ちょっと気になります。
とはいえこの時代、出会って気に入ったからと言って、好きに結婚など出来ないです。
特に、あの人は着ていた着物から見ると、そこそこの身分の人のはず。
熱田の祭りには尾張は勿論の事、近隣からも人が来るとのこと、どこの国の人かも判らないのでござる…。
そうして、私の初めての祭りはその後食い道楽で終わり、満足してお屋敷に戻ったのでした。
吉姫の裳着の日は着々と近づいています。