第九十五話 田植え機完成
田植え機の続きです。
『田植え機お披露目』
天文十七年三月中旬、四月を前にそろそろ準備を始めなければと考えていた頃、田植え機の製作を依頼していた佐吉さんから一先ず完成したとの報せが有りました。
早速、滝川殿と千代女さんを伴って鍛冶場に行きました。
新たに増設した工房には試験用の長方形の田のレーンが置かれていて、その横に田植え機が置かれていました。
何も知らない人が見たら妙ちくりんなカラクリにしか見えないでしょうね。
清兵衛さんが出迎えます。
「姫様、よくお越しくださいました。
佐吉が先日の田植え機を完成させやしたので、確認をお願いしやす。
あっしが先日頼まれていた除草機の方も完成しやした」
「ではこちらへ」
佐吉さんにエスコートされて田植え機の前に来ます。
ほぼ図面通りですが、図面には無いものもありますね。
…コレハナニデスカ。
この恐ろしく既視感の有る代物は…。
そう、そこに付いていたのはクランクシャフト。
クランクやクランクシャフト自体はヨーロッパやアラビア、中国にはもうありますがこの日本ではまだ概念すら無いような…。
私の設計では車輪に歯車を噛ませてクランクを回して同様のことを実現していたのですが、こちらの方が設計としてはスッキリしています。
車輪を手で動かしてみると、二本生えたカニの爪みたいな植付爪が苗を並べる台と田植え面を上下します。
このままだと、爪に苗が残る可能性も有るのですが、平成の御代に有るようなマット苗やポット苗ではなく、苗を手作業で束ねて台のバインダーに挟み込んで並べるので恐らくは泥の中に残るはずなのです。
「如何でしょうか?
図面通りではなく多少手直ししましたが、姫様のご要望どおりの動きを実現していると思いますが」
「そうですね…。
図面通りではないですが、見事な出来栄えだと思います」
それを聞き、佐吉さんがホッとしたような表情を浮かべます。
「では、こちらの方で実際に動かして見ることが出来ますので御覧ください」
そう言うと、藁で作ったらしい模擬の苗を台に並べ試験用の田に運び込みます。
クランクシャフトに泥が被らないようにうまいこと覆いを付けており、田に浮かべると前に押していきます。
すると、田用のドロかきの付いた独特の形状の車輪はガッチリと泥を掴んで上手く回り出します。
車輪からクランクシャフトに動力が伝わり、田植えのカラクリが動き出し、爪が苗を挟んで泥にズブリ。そして再び持ち上がると見事苗は泥に植わりました。
同じ調子で押していくと機械的な規則正しい音を上げながら進み、苗を全て植え終わりました。
後には綺麗に一直線にそして等間隔に並んだ藁が二列出来上がっていました。
武家ではありますが田植えも身近な存在だった滝川殿も千代女さんもあんぐりという感じです。
何しろこの時代の田植えは大変な仕事ですから…。
またもや佐吉さんは言葉通り作り上げてしまいました。
そしてさながら完成形を知っているかのような完成度です…。
「佐吉さん見事です。
これほどの物であれば、今年の田植えからすぐにも使えましょう」
「有難うございます」
「では、約束通り佐吉さんも私のお抱え鍛冶として召し抱えましょう。
先の仕事といい、今回の仕事といい実に見事です。
私の家臣となった祝儀も兼ねて何か褒美を差し上げましょう。
どんな物が欲しいですか?」
佐吉さんは暫し考えます。
そして、やや思いつめた表情で答えます。
「姫様、では物ではないのですが…。
姫様と余人を交えずお話する時間を頂けますでしょうか」
それを聞き、清兵衛さんが驚き、千代女さんが絶句します。
そして、滝川殿が叱責します。
「佐吉、その方無礼であろう。
いかな家臣であれ主家の姫君と二人で会うなどと、出来るわけなかろう。
分をわきまえよ」
しかし、佐吉さんはなにか理由があるのか言い募ります。
「姫様、決して下心がある訳ではありません。
姫様は今回作った田植え機の設計を変更した部分に興味を持たれたのでしょう。
それについてお話したいのです」
私を口説きたいと言うわけではないようですね。
そして、私もこの佐吉さんに非常に興味があるのです。
寧ろ清兵衛さんの元に弟子入りしたのも、私に近づくためでは無かったのかと。
そう考えたほうが、寧ろしっくり来るのです。
清兵衛さんは正に当代でも腕の良い鍛冶屋です。
この時代の鍛冶屋としてこの時代に立脚した技術で仕事をしています。
しかしこの佐吉さんは…。
「滝川殿、構いません。
私も一度佐吉さんと話をしたいと思っていました。
明日にでも屋敷においでなさい」
滝川殿が驚きます。
「ひ、姫様…」
「有難うございます。
では、明日お屋敷に伺います」
「はい、ではまた明日」
そう言うと私は鍛冶場を後にしました。
明日私は佐吉さんの話を聞き、後悔する事になるのかも知れません。
田植え機が完成しました。
そして、佐吉さんが吉姫と話をしたいようです。