閑話二十五 織田信秀 武衛様の謁見
遠江の戦は終わりました。
武衛様からお言葉を賜ります。
天文十七年三月 織田信秀
儂は辛うじて勝ちを拾うと、曳馬城へと引き上げた。
曳馬城には今川本隊相手に大勝した三河、遠江衆らが戦勝に沸いておった。
特に新たに臣従した者らにとっては、今後にも繋がる久しぶりの勝利故格別であろうな。
城の前で軍勢を一先ず解くと、諸将らと城へ向かう。
兵らは農繁期に差し掛かる故、早く返してやらねばならん。
儂はまた暫くは戻れぬであろうからな。
城へ入ると、信広と井伊殿が待っておった。
信広は此度の大勝を経て、更に風格が出てきたように感じる。
親としては嬉しい限りであるな。
もうそろそろ自由にさせてやるべきなのだが、此度の大勝で更に世継ぎの問題が難しくなるのは間違いない。
思わずため息が出そうになるのを堪えながら二人の元へ。
「わざわざの出迎え忝なし。
此度は見事な勝利で儂は命を拾うことが出来た。
二人には感謝しておる」
「勿体なきお言葉。
ともかく、ご無事で何よりでござった」
「父上、太原雪斎の見事な奇襲の話は聞きました。
流石にあの御仁は侮れませぬな。
しかし、尾張の軍勢が川向こうの陣に旗印を連ねたことで今川の戦意を折ったのです。
まさか父上の本陣が攻められておるなどとは想像もしませんでした」
儂はあの時の事を思い出しまた肝が冷える。
儂の渋い顔をみた井伊殿が声を掛ける。
「ささ備後様、武衛様もこちらに見えられ皆お待ちかねでござる」
「なんと、武衛様も来ておられるのか。お待たせしてはいかぬな」
評定の間に案内されると、既に此度の戦に参加した三河、遠江の将らは集まっておった。
儂らもそれぞれの席についた。
暫しすると、武衛様の到着を告げる声が上がる。
「武衛様、お成りでございます」
皆で平伏して武衛様を迎える。
「皆、面を上げよ」
尾遠参三国の諸将を前にした武衛様は三管領家の威風を漂わせ、もはやお飾りの守護には見えなんだ。
正面に並んで座る守護代二人もそれを感じたのか息を呑む。
「此度は誠に大儀であったぞ。
特に安祥の信広、今川の大軍相手の見事な采配。
実に見事。褒美に太刀を取らせる」
小姓が太刀を出してくると、信広に渡す。
「有難き幸せにござりまする」
信広が平伏する。
次に三河衆、遠江衆の将らに目を向ける。
「三河衆、遠江衆の武衛家への臣従、嬉しく思う。
そして此度の戦の三河衆、そして遠江衆の働き実に見事。
これからも尾遠参三国の安定の為、余に力を貸してくれ」
三河、遠江の将らが恐縮して平伏する。
更に守護代に向かうと言葉を掛けられる。
「伊勢守、大和守、そして尾張の諸将。
今川本隊後背への奇襲、見事な戦ぶりであったと聞いておる。
川向こうに織田木瓜が翻ることで、今川を屈服させることが出来た」
そして、最後に儂に顔を顔を向けると微笑まれた。
「備後守、此度の戦も実に見事であった。
敵の後背に回り込む事による敵の分断と包囲。
二つを同時にやってのけるそなたの手腕は見事としかいえぬ。
結果として太原雪斎を誘い込むことにも成功したのだからな」
儂は嫌な汗をかきながら武衛様の言葉を聞き、平伏した。
「お褒めに預かり、恐縮至極にござります」
武衛様は上機嫌に笑われる。
「向かう所常に勝ちを納める常勝無敗のそちの名は今や天下に轟いておろう。
そなたのような臣下を持てて、余は幸せものであるな。
此度の戦で先代の恥辱を雪ぎ、悲願の遠江の奪還に成功した。
この斯波義統、感謝致す。
そなたの忠心決して忘れぬ。」
「勿体なきお言葉にござりまする」
儂はそこまで言われてこみ上げてくるものがあった。
そして実に物事をよく見られている我が主君を頼もしく思った。
武衛様が今一度皆に向き直ると言葉をかける。
「此度の働き実に見事であった。
ささやかではあるが、宴の準備をさせておる。
今宵は宴を楽しみ、そして明日には家族に無事を知らせてやるが良い」
そう言い残すと武衛様は下がっていかれた。
明日よりは戦後の後始末をせねばならん。
先ずは遠江の後始末。
今川が去った後、改めて臣従を申し出ておる国人らに会わねばな。
この作品の武衛様は間違いなくキーパーソンの一人なのです。