閑話二十四 柴田権六 高天神城籠城戦 後篇
高天神城の戦の続きです。
天文十七年三月 柴田権六
俺は門が破れる音を聞き大急ぎで搦手門に急行した。
搦手門に到着すると、果たして門は破られており今川勢が雪崩込んで来ていた。
搦手門は二枚の門からなり、更には一ノ門から二ノ門へ向かう通路は細く、大勢の兵が戦うことは出来ない。
更には、両側の曲輪から矢の嵐が降り注ぐのだ。
しかし、今川方はこの城を知っているのか、矢楯で矢を防ぎ二ノ門に破城槌の当たる大きな音が響き、門は嫌な軋み音を上げる。
大手門に比べ、恐らく搦手の門は強固ではないのだ。
俺が門の前で破られてもすぐに対応出来るよう待って居ると、足軽衆が続々と槍を持って集まって来る。
これならば攻め手にも寄るが、何とか押し返せそうである。
我々はこの城に入って日にちが浅いとはいえ、とてもではないがこの城を活用出来ているとは言えぬのは間違いない。
俺は目の前で今にも破れそうな門を見ながら、もし我等が見つけておらぬ隠し通路があったら…。と、頭を巡らした。
今度こそ詰みやもしれぬな…。
などと余計な事を考えておったら、目の前で門が派手な音を立てて破られた。
「来たぞ!者共、槍を構えよ。ここより一歩も入れるな!」
足軽が槍衾を作って敵の侵入を防ごうとするが、何ということか。
敵方が破城槌を槍衾に投げつけ、一気に崩れたのだ。
「我こそは朝比奈兵衛尉なり。
そこな大将、我と勝負せよ」
雪崩込んできた俺と同じくらいの歳の武将が一騎打ちを挑んで来た。
正直俺はこんな奴に関わっている暇は無いのだが、断れば逃げたと見られ兵らの士気が下がる。
「我こそは尾張の住人、柴田権六。
お相手致そう!」
周りの兵らが今川兵と戦っている中、俺と朝比奈殿は一騎打ちと相成った。
流石、挑んでくるだけあって打ち込んでくる槍捌きの凄まじいこと。
俺とて槍には自信がある故、ただではやられん。
難なく躱すと、矛を薙ぐ。
すると、敵もさる者上手く後ろに下がって避けると、今度は大上段から槍を振り下ろす。
武器の尺は相手の槍の方が長いが、こちらの矛は変幻自在に攻撃を繰り出せる。
振り下ろした槍を避けると、俺も同じく矛を上段から振り下ろす。
相手はすばやく槍を構えると、槍で受け止め上に跳ね上げると滑らせるようにして突きこんでくる。
俺は危うく突かれそうになる所を何とか躱し、槍の柄を掴むと思いっきり引っ張る。
相手はそのまま体勢を崩して倒れ込む。
俺は好機とばかりに矛を突き立てるが、相手は槍を捨て転がって避ける。
「権六とやら、中々やるな。
今日の所は預けておくぞ」
そう捨て台詞を吐くとそのまま下がっていったのだった。
俺は朝比奈兵衛尉の背中をあっけに取られて見送ったが、嫌な予感というのは的中するものらしい…。
兵が一人駆けてきて大声で叫ぶ。
「柴田様、馬場にも敵が!」
「何だと!?」
此処にも兵が居るため、今俺は動けぬ。
「誰か!」
「はっ」
「与力の佐々孫介に馬場の敵兵を抑えろと伝えてきてくれ!」
「はっ」
伝令を聞いた兵が駆けていく。
孫介は剛の者故、何とかなるやもしれん。
俺は矛を振るいながら考えた。
果たしてこの城攻めの兵力はどのくらいなのか…。
思ったほど敵兵が多くない気がするのだ。
敵方は我等の兵力を知っておる故、城を知っているという地の利を活かして攻めてきて居るのではないか。
俺らが持ちこたえれば、敵は引いて包囲に留めるような気がするのだ。
天竜川の勝敗で今川の勝ちならば、大軍を率いてここに来よう。
我等の勝ちならば、敵はそのまま引き上げるだろう。
「者共、持ちこたえるのだ!
備後様は必ず勝たれる。
備後様が勝てば今川は引く。我等の勝ちよ!」
「「応!!」」
部下を鼓舞して搦手に乱入してきた敵兵と遣り合う。
死力を尽くして戦った結果、何とか搦手の敵を押し返した。
敵勢は搦手から押し返されると兵をひいていった。
「何とかなったな。
搦手は門が壊れた故、もう入れぬように大石で防ぐのだ。
俺は孫介が気になる故、馬場に向かう」
「「はっ」」
俺は急いで馬場へ向かうと、馬場の敵兵も引き上げた様で、孫介が一息ついておった。
「孫介、いかがであった」
「権六か。
敵は五百位の小勢であった。
恐らく、この抜け道は多くの兵は通れぬのだろう。
我等が来るのが早かったのか、無理攻めはせず敵は引いていった。
不意を突くつもりでここに攻めてきたのかも知れぬな」
「ここにも見張りの兵を配し、一度本丸に戻ろう」
「うむ」
敵の攻勢が一先ず止んたので、俺は本丸で軍議を開く。
「この城は、確かに堅城であるのは間違いない。
しかし東西の尾根に跨る構造故、曲輪も多く未だ城を守るための要所が掴みきれず、守りきれておらぬ」
「我等はここに来たばかり、それは致し方なかろう」
「うむ。
ただ、俺は恐らく今川はもう攻めて来ぬ気がする」
「ほう。何故そう思うのだ?」
「今川は今天竜川で我軍と大規模な戦をしており、そちらに大半の兵を振り向けておるはずだ。
故に、こちらの城攻めにはあまり多くの兵は割けぬはず」
「今頃、天竜川の向こうでは万を超す大兵力が激突して居る頃か」
「うむ。恐らく野戦故、長くは掛かるまい。
いずれにせよ、我等は敵の本隊がここに来たら引き上げる様命じられておる。
元々、ここの城を獲ったのはそこに朝比奈勢が居るように、兵力を分散させるため。
既に、目標は達したと言えよう」
「ならば、警戒を怠らぬよう、籠城の構えと行くか」
「うむ。そうしよう」
そうして、我等は兵に交代で休憩させながら、敵に動きが有るのを待ったのだ。
そして日が高く登りきった頃、陣を張っておった今川勢が陣払をして引き上げていった。
それから半刻ほど後、備後様から書状が届いた。
『義元捕縛という目標を達成し、我等が勝利した。
高天神城に金瘡医を送る故、負傷者の治療を敵味方問わず滞りなく行うこと。
曳馬城で一先ず集結しておる故、権六は孫介に高天神城を任せ曳馬城へ来ること』
「して、備後様はなんと?」
「義元公を捕縛し、勝利したそうな。
この城は孫介に任せ、曳馬城に顔を出せとの事だ。
程なく金瘡医が来るそうだから、負傷者の対応や後始末を頼む」
「承った」
「では、俺は支度して曳馬城へ向かう」
「おう、ではな」
こうして、俺の初の総大将はなんとも不完全燃焼に終わった。
本気の城攻めなれば防ぎきれなんだのは間違いない。
なんとも面目無い限りである。
また城を守る機会があるやも知れぬ、先ずは縄張りから学ばねばならぬな…。
今後の課題よな。
曳馬城へと向かいながら、道中でそんな事を考えておったのだった。
権六は小手調べの攻め手を追い返す事には成功しましたが、なんとも不完全燃焼に終わりました。