閑話二十二 織田信広 遠江決戦
遠江での今川との決戦です
天文十七年三月 織田信広
まだ夜が明けきらぬ頃(五時頃)、朝焼けが全てを照らす前に儂は軍勢を率いると出陣した。
それぞれの軍勢が旗も差さず予定した場所へと静かに移動を始める。
さながら黒き群れのように、儂らは一路持ち場へ急ぐ。
既に、今川は早朝より渡河を開始し城攻めのための本陣の設営も始まっているとの報せを受けた。
夜が明けきり、はっきりと見えるようになると目の前に軍勢が陣を敷いて待ち構えていればさぞ驚くことであろう。
儂は予め見当を付けておいた場所に本陣を置くと、それを基点に西三河の兵らが備えを作り陣形を組んでいく。
本陣の前に陣取る軍勢には安祥の常備軍の中でも特に武勇に優れた者らを集めており、皆最近尾張で流行っておる板金鎧を三河で作らせた物を装備している。
皆身を低くし、息を潜めてその時を待った。
そして一刻がもうすぐ過ぎようと言う頃(七時頃)、今川勢は渡河を終わらせ天竜川より西に進んだところにある平原に陣を構えた。
「今川赤鳥の馬印が見えまするな」
直ぐ側に控える半蔵が囁く。
「敵の御大将が川のこちらに居ると言うことか」
「やりましたな」
勘助がニンマリとする。
「よし、頃合いか」
儂はすっくと立ち上がると号令を掛ける。
「陣を立てよ!旗を掲げよ!」
号令一下、一斉に将兵が立ち上がり陣幕を張り、旗印が掲げられる。
途端、今川本陣に慌ただしく人が出入りしだすのが遠目に見えた。
「どうやら、上手くいったようだな」
しかし、流石今川伝令が各備えに飛ぶとたちまちの内に攻城の構えから、野戦の構えに陣が変わる。
「敵は魚鱗、我等が陣を見て中央突破を狙っているようですな」
「うむ。そうであろうな。
目に見える兵数は我等がやや劣勢、備えを連ねておるがその奥には本陣が有る。
この戦、儂の首を取れば終わりと言うわけではないが、今川はそうは考えぬだろう。
今川勢の突破力が勝つか、三河侍の粘りが勝つか、勝負よ」
やがて今川方から陣太鼓が打ち鳴らされ、敵の備えが動き出す。
矢の応酬から始まり、敵の先手が我が方の最前列の備えに激突する。
敵の先手は遠江衆でその後ろには駿河の精鋭らが続々続く。
我軍はもろくも崩れ去り、備えは二つに圧し折られ、更に次の備えに激突する。
後続の今川勢が、先手が切り開いた隙間を埋めるように更に押し広げて行く。
敵の先手は兵を減らしつつも勢いを止めず、更に二段目の備えも突き崩す。
儂はそれを見て、作戦通りでは有るが本当に止まるのかという一抹の不安を感じた。
やがて三段目を突き崩したところで今川方の先手が下がり、後から新手がすぐに突出してくる。
そして四段目が更に崩れ、今川方の大将の激が聞こえて来る距離まで敵の先端が近づいた。
「安祥など恐るるに足らず、者共掛かれ!掛かれ!。
三河侍など押しつぶしてしまえ!
大将首は目の前ぞ!」
そうしてとうとう五段目、備えが全て崩れ本陣前の常備軍に激突した。
儂は崩れた備えに目をやると、派手な崩れっぷりにしては崩れて下がった後は敵を上手くしのいでおり、そこまで大きな損害を受けてないことを見て胸を撫で下ろす。
眼前の今川勢は完全に常備軍の前に勢いを止められ、大将が金切り声を上げる。
「怯むな、大将はすぐそこに居る。
掛かれ!掛かれ!
大将首を穫れば大金星ぞ!」
しかし、敵の大将の気持ちとは裏腹に我が常備軍は崩れること無く敵を打ち据えていく。
「そろそろ頃合いだ。
陣太鼓を打て!」
号令とともに、陣太鼓が打ち鳴らされる。
すると南北の軍勢が現れ、旗印が立ち並んだ。
儂の指図どおりほぼ天竜川の手前まで兵を進めている。
眼の前の今川の軍勢はそれに気づかず、突き崩そうと懸命に戦っているが、流石に本陣は気づいたようで慌ただしくしている。
既に本陣の周りには旗本と後詰めしか残っていない。
「時は来たり、者共掛かれ!掛かれ!」
儂は大声で号令を飛ばすと、これまで防戦一方だった西三河の兵らが一斉に攻勢に転じ、目の前の常備軍も攻めに入る。
そして、南北の東三河勢や遠江勢が一斉に敵の側面に討ち入り、それに対し今川勢は後詰で対応しようとするが数で劣る後詰は防戦一方になり徐々に数を減らしていく。
これまで優勢に軍を進めていた今川勢も三方から攻められてたちまち劣勢となり、ジリジリと下がっていき、更には天竜川の向こうにも織田木瓜が翻り、義元公と今川勢は袋のネズミとなった。
このまま攻め潰すことも出来るが、背水の陣での敵兵は手強い。
そもそも、義元公を生け捕りにする事が目的であるし、今川勢をここで討ち果たしてしまうと後に響くのだ。
儂は軍使を出し降伏を呼びかける事とした。
程なく今川から軍使が戻り、将兵の解放を条件に義元公の首を差し出すとの事だった。
実に潔いが、死んでもらっては困る。
儂が出す降伏の条件は義元公の身柄。粗略には扱わぬので身柄を預けて頂く。
遠江は斯波武衛家に返して頂くので、今川勢はこのまま手出しせぬので大井川の向こうへ退去すること。
遠江の国人で武衛様に臣従したい者はそのまま残れば安堵の上、臣従を認める。
以上の、普通に聞けば甘すぎる条件を再び伝えに行かせる。
暫くして、自らを縛めさせた義元公が武士に伴われてこちらに来る。
「条件通り、余はここに来た。煮るなり焼くなり好きにすれば良い。
約束通り将兵らは帰してやってくれ」
「あいわかった。
義元公はこちらに。
今川勢はそのまま駿河へ戻るが良い」
川向うの父の軍勢にもその旨を伝え、道を開けさせた。
そして今川勢は、敗残の軍と化して這々の体で遠江から去ったのであった。
義元公は後日改めて会見すると言うことで、丁重に吉田城へ護送させた。
さて、川向うの父上はどうだったのであろうか。
信広のシナリオ通りに戦は終わりました。
義元視点の閑話をもうちょっと先に書くので、その時に何故シナリオ通りに進んだのか書く予定です。