閑話十五 織田信秀 安祥立ち寄り
信秀視点、安祥での信広との談合です
天文十七年三月 織田信秀
清洲を出ると軍勢は道すがら合流してくる国人や土豪らの軍勢を加えながら、長蛇の列を成して一路吉田城を目指し進んでいく。
三河に入って暫しすると儂は安祥に立ち寄るため、馬廻衆ら一隊を率い行軍の列から外れた。
安祥へ先触れを出し、城に入ると信広が腹心らと出迎える。
評定の間にて信広と対面する。
「父上、お待ちしておりました」
「うむ。
早速であるが、三河勢はどのくらい集まった」
「はっ。
安祥、そして三河全土より兵を募りましたところ、二万を超える参陣がありました」
「むっ、そんなにか。
して、如何致すつもりだ」
「この度の多くの参陣はこの三河の潮目を見ての事でしょう。
去年の父上の遠江の勝利より、明らかに三河の空気は変わりました。
松平宗家ですら、このまま今川方について居ることに疑問を持つ者が出ているとも聞きます。
そして、この度の遠江の戦で、再び我らが勝てば、今川はもはや三河に関わる余力などありますまい」
「うむ、そうであろうな」
「それ故です。
これまで松平宗家に従っておった、或いは様子見を決め込んでおった、そういった中からこの度の陣触れに呼応して、我が家や安祥に味方すれば、大勢が決した後の扱いに大きく変わりが出るだろうと、考えるものが出てきても不思議ではありますまい」
「ふむ…」
「今川との戦の後、三河を安定させるのであれば此度の呼応を機に我らの懐の深いところを見せた方が、儂は良いかと思いまする」
「うむ。信広の言うとおりであるな。
儂も、この機会に遠江をまとめるつもりでおった。
幸い、去年より吉田城や曳馬城に運び込ませた兵糧は十分にある。
遠江の様な広い平野であれば、大軍が戦うのに向いておる故問題はない。
三河勢は任せる故、信広が存分に差配して見せよ」
信広は一瞬驚くが、すぐさま平伏し、応える。
「ははっ。必ずや期待に応えまする」
「うむ。励むが良い。
して、此度の戦であるが。
その前に、人払いせよ」
信広は不思議そうな顔をするが、すぐに応じ腹心らを下がらせ人払いさせる。
「すまぬな。これから話すことは此度の戦の重要事項。
どこから漏れるかわからぬのでな」
「はっ」
「先に話したように、三河勢は任せる。
その上でだ。
此度の戦は、二つで考えておる。
一つは、曳馬城の東の正面。
もう一つは儂が率いる別働隊。
主戦場は天竜川の西、曳馬城の東に広がる平原と考えておる。
ここは信広の率いる三河勢に任せる。
遠江の軍勢はすべてではないが、その殆どを信広が率いよ。
これで総勢二万五千になる故、兵数で言えば今川と互角」
「ははっ。
父上はどう動かれるので?」
「儂は敵の背後に回るつもりでおる。
故にだ、信広は弾正忠、清洲や岩倉などの馬印を曳馬城に掲げ、儂らが曳馬城に居るように偽装してほしいのだ。
信広の軍勢は曳馬城の前に布陣し、攻めてくる今川勢に天竜川をわたらせ、渡り切ったところで敵に合わせて戦せよ」
「つまり、時間稼ぎということで?」
「うむ。
儂らが今川の背後に出て、攻めれば明らかに敵の動きが変わる故その時を待ち、その時が来たならば本格的に攻めよ。
そして、可能であれば太原雪斎、義元殿を生け捕るのだ」
「心得ました」
「して、早馬にあったが、井伊の姫は如何した?」
「祐姫は既に安祥に来ております故、挨拶させようと思っておりました」
「あいわかった。
では、井伊の姫に挨拶し、儂も吉田城へ行くとしよう」
「はっ」
信広が人を呼ぶと井伊の姫を呼びにやる。
程なく、侍女らと共に井伊の姫がやってきた。
「井伊直盛が娘、祐にございます」
「よく参られた、織田三郎信秀である。
信広は儂の庶子ではあるが、自慢の息子だ。
婚儀は未だであるが、妻となったならば、よく支えてやってくれ」
「はい、妻となりましたら、武家の娘として井伊の娘として恥じぬよう、陰に日向に三郎五郎様を支える所存に御座いますれば、よろしくお願い申し上げます」
「うむ。ではまた婚儀の時にお会いしようぞ」
「はい」
そういうと、井伊の姫は下がっていった。
「信広よ、直盛殿には聞いておったが、聞きしに勝る器量よしではないか。
気立ても良さそうに見える。
妻に迎えた後は大事にしてやれよ」
信広は微笑むと応える。
「心得ておりまする」
「うむ。では、儂は出立する。
次会うのは戦の後やもしれぬが、曳馬城正面の大戦、宜しく頼んだぞ」
「はは」
そうして、儂は安祥を後にすると吉田城へ向かったのだ。
いよいよ、大戦の始まりよ。
これで大凡の方針は決まりました。