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吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第四章 激動の天文十七年(天文十七年1548)
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第八十八話 出陣前夜

父信秀が出陣前夜になって部屋を訪れました。





『出陣前夜』



天文十七年三月上旬、いよいよ出陣という前夜になって父が訪ねてきました。

この度の出陣も前回に続き、今川動くの報せに対応した出陣になります。


「吉よ、先月の帰蝶姫との対面以来、勘十郎の元服に出陣準備にと色々と多忙であった故、落ち着いて話ができる時間が取れなんだな」


「はい、出陣までに一度会って話をと思っておりましたが、まさか前夜になるとは思いませんでした」


父は、それを聞き苦笑いします。


「ふっ、すまんな。儂もまさか前夜まで時間が取れぬとは思わなんだわ」


「ふふふ、そうですね。

 それで、今宵のご用向きは明日からの出陣の事でしょうか」


父は、居住まいを正して話し出します。


「うむ。

 聞いておるとは思うが、今川が遠江奪還に動き出した故、明日遠江へ出陣する。

 

 今川は此度はかの太原雪斎が出てくることは間違いなく、前回と異なり主力の駿河の兵らが出てこよう。

 

 故に、兵力で負けることは避けねばならず、此度尾張には五千を勝幡城に残し、二万の兵を動員し遠江へ向かう事と致した。


 他にも、新たに家臣とした飯尾殿の伝手も使い、東三河、奥三河の調略も去年より進めておったのだが、安祥より遠江までの道程にある国人は鵜殿家を除き尽く我らに臣従したか、味方はせずとも動かぬとの密約を得た。


 また、岡崎に入れておる手の者によれば、この度は岡崎は動かぬ可能性が高いとの報告だ。去年、遠江で今川が敗戦し天竜川の向こうへ退いた事が大きく、家臣らの意見が割れておるらしい。


 故に、岡崎への抑えを残して、信広も遠江へ出陣することになった。

 この度は、西三河衆ばかりではなく、新たに臣従した東三河の国人らも参陣する。

 

 併せて、遠江の井伊家が旗頭を務めておる新たに臣従した遠江の国人らも此度の戦に参戦し、武衛様への臣従の証を立てるのであろう。

 

 此度の戦は、今の我らの動員可能な総兵力にも近く、三万五千を超える大兵力が遠江に揃う予定だ。


 儂も、流石にこれほどの大兵力を率いる事になるとは、夢にも思わなんだ。


 しかし、古来より大兵力故の慢心で身を滅ぼした者多く、かえって身が引き締まる思いでおる。

 

 しかも相手はかの太原雪斎故にな」

 

私は父の説明を聞き、まさかこの時点でこれほどの大兵力を動員できるとは想像もしていませんでした。

実際の所、三万五千の兵力と言うことは、これに荷駄や小者などが加わるのですから五万近い人数を動かすということになります。


今川が桶狭間に攻めた時は、公称四万の実兵力二万五千でしたから、それより更に多いことになります。

これで、今川が更に負けて大井川の向こう迄追われることになれば、武田や北条が動き出すかもしれません。

さしもの義元公も折れざるえないでしょう。


「三万五千ですか、それはまた想像を絶する大兵力ですね。

 それだけの大兵力が天竜川を挟んで対陣すれば、さぞ壮観でしょうね」

 

それを聞き、父はちょっと顔を緩めます。


「ふはは。そうだな、それだけの大兵力が陣を張るなど、儂も見たことがない。

 それはさぞ壮観であろう。吉に見せてやれぬのが残念よ。

 

 この度の戦は、武衛様も大変期待しておられる。

 これで勝つ事が出来れば、今川は暫く出てこれまい。

 それどころか、膝を屈してくるかも知れぬ。何しろ武田と北条が隣りにいるのだ。

 ただでは済まぬだろうからな。

 故に、実質的に遠江を取り返したも同然となる。

 武衛様の先代以来の悲願が叶うのだ。

 

 儂は武衛様について、吉に以前言われたことを今になって実感しておる。

 

 未だ遠江では武衛様の名は大きい。

 昔は武衛様に臣従しておった国人共もおり、武衛様が守護に戻られると聞けば、向こうから臣従して来る家があるほどだ。

 東三河の国人共もまた同じく、武衛様に臣従なれば、面目が立つというのだ。

 

 これこそ、正に権威の力であろうな」

 

三河は実は松平宗家といっても実のところ元は土豪に過ぎず、守護の居ない無主の地なのですが、東三河は遠江の影響も強く、遠江守護の斯波家の影響力というのが未だ残るのです。

父は尾張の最有力者とは言え、その身分は未だ守護代の奉行に過ぎず、武衛様の権威とは比較対象にすらなりません。


相手が、下克上の蝮殿や松平なら家格がどうのと気にすることも無いのですが、吉良など古き名家や遠江の井伊家など古くから根を張っている国人相手となるとやはり武衛様の権威は大きな意味を持つのです。


「そうですね。

 遠江を回復すれば、武衛様の面目も施され、尾張はきっと安定すると思います。

 

 この度の戦は、どのような策で行くのですか?」

 

父は頷くと、暫し考え、答えます。


「此度は、安祥の信広の腹心、山本勘助殿にも幕下に入ってもらい、実際に今川の布陣をみてどう戦を進めるか決めようと思っておる。

 大軍に策なしとも言うが、どうであろうか」

 

それは確かにその通りではあるのですが…。

戦というのは、始めた時点で既に勝ち負けは決まっているとも言いますからね。

対する太原雪斎は大軍に策無しなどとは考えないでしょう。

とは言え、大軍を率いて野戦をやるのであれば、平地の広がる遠江は絶好の合戦の場。


「戦というのは、始める前に大凡の勝ち負けは決まっているものだと思います。

 勿論、戦に常なしですから、なにが起きても不思議ではなく、必ず決まっているというわけでもありませんが、準備を怠って勝てるほど甘いものでもないでしょう」

 

父は頷きます。

勿論、父はこんなことは百も承知です。


「この度の戦を前に入念に調略を進め、これだけの大兵力を整えた事そのものが、勝つための準備だと思います。


 しかし、それだけでは天竜川を前にしては、まだ不安が残る。

 父上は、そうおっしゃりたいのではありませんか?」

 

父はまた苦笑します。


「ふはは。吉にはお見通しか。

 その通りよ。このままでも、勝てるとは思う。

 しかし、前回の井伊家の調略の様な、決め手に欠けると思っておるのだ。

 確実に勝つための仕掛けが、必要なのではないかと。

 

 今川方は駿河の軍勢だが、我らは尾張の軍勢に安祥の軍勢、三河の国人衆、更には遠江の国人衆と烏合の衆では決して無いはずだが、寄り合い所帯なのは否めぬ。

  万が一何かがあり、一角が崩れると総崩れに成る危険性もある」

  

「その可能性は無くはないでしょうね。

 尾張の軍勢、安祥の軍勢ならば大崩れは無いでしょうが、国人衆が崩れればどうなるか。

 

 ところで、父上は松井宗信殿は覚えておいでですか」

 

「松井宗信殿…。

 ああ、あの重傷で担ぎ込まれた立派な男か。

 確か二俣城主であったか。

 

 松井殿が如何した。

 確か、今川方に帰参したはずだが」

 

「はい。

 動けるようになった後、二俣城へ戻られたそうですが、死線を彷徨う程の重傷でしたから、吉田城に暫し滞在して療養したのです。

 それを、今川方が織田に降ったのだと判断し、人質になっていた松井殿のお父上が殺されたそうです。

 更には、二俣城に戻られてからも、厳しい詰問に晒されたとの事で、その後一先ず誤解は解け、また今川方として復帰したそうですが、お父上を殺したことの謝罪も無く、これまでの忠義一途の気持ちが萎えてしまったそうです。

 

 そして、先の敗戦から遠江の今川に臣従する国人らへの締め付けが厳しくなったとかで、新たに人質を要求されたり、酷いと粛清された者もおられるとか」

 


「ふむ。そのようなことが…。


 それらの話の出処は加藤殿か?」


父はニヤリとします。


私は頷きます。


「ならば、その話は信じるに足る話であろう」


「二俣城は、遠江の天竜川の上流にあり、歩いて渡れる場所があるかどうかは判りませんが、このあたりは下流に比べ渡るのが楽な場所があるそうです。

 もし、松井殿をお味方に引き入れられれば、このあたりに詳しいでしょうから、松井殿に案内を頼み、今川方の背後に出ることが出来ましょう」

 

それを聞き、父は膝を打ちます。


「うむ。良き話を聞かせてくれた。

 松井殿か、早急に当たってみよう。

 

 これで今宵はよく眠れそうだ。

 

 では、寝るとする」

 

「はい。おやすみなさいませ」


父は機嫌良さげに部屋を後にしました。


この度の戦も皆無事で帰ってきてほしいですが、流石に大軍同士の野戦となると、それなりに戻れぬ人が出そうな気がします。



この世界の信秀は大軍率いて遠江です。

信長ほどの兵力差は無いですが、これに負けると義元はジリ貧です。

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