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忘却の戦士  作者: カナメ
9/16

魔獣

武具屋を出てすぐに、私は改めてメルヘイムに礼を言う。



「ありがとう。装備一式の代金はいつになるかはわからないが、必ず返す」



「いつでもいいわよ」



実に軽い対応だが、あれほどの大金をよく知りもしない私に投資するとは・・・。

与えられてばかりでは不安も生じる。

メルヘイムは、自身にも何かしら利益があるからと誤魔化すが・・・私に何をさせたいのだろうか?

金もなければ、記憶もない私に、何を求めているんだ?

・・・まあ、悩んでも答えは出ない。

求められたら、その時に考えよう。

購入したばかりの剣帯を腰に巻き、剣を吊るす。

うん、何故かしっくりくる感覚だ。むしろ落ち着くくらいだ。



「新人ハンターには見えないくらい、様になってるわね。見た目だけなら、歴戦の戦士に見えなくもないわ」



茶化すように、メルヘイムが褒めてくれる。

外見も大事だが、中身も同じくらい大事だぞ。



「肝心の腕前が、自分でも未知数なんだがな。まあ・・・格好だけで終わらないように努力する」



「貴方なら、大丈夫よ」



なんでそんなに自信満々?

何か、メルヘイムにしかわからない根拠でもあるのだろうか?

・・・聞いても、教えてはくれなさそうだが。



「・・・これから都市の周辺を散策するのか?」



なので、当面の予定を聞いてみる。



「そうね、エルヴァース周辺の・・・とは言ってもゴメリア領限定だけど、村々を回りましょうか。ハンター協会支部長として、懸案事項もあるし」



「懸案事項?しかも支部長として?」



何だかいきなりキナ臭いワードが出てきたな。



「そうなのよ。聞いてくれる?」



・・・嫌だと言っても、無駄だろうな。

むしろ早く聞けという、見えない圧力すら、今この瞬間もひしひしと伝わってくる。

逃げ場など、最初からないのだ。

私はため息を無理やり飲み込んで、「・・・具体的な内容は?」と、メルヘイムに話の先を促す。

メルヘイムは待ってましたとばかりに、嬉々として話し出す。



「ここ最近、トロルの目撃情報が頻繁に協会支部に届くのよ。しかも複数の村から」



「すまん、話を遮るがそのトロルというのは、やっかいな魔物か何かか?」



「魔物・・・というより、その一段階上に分類されている、魔獣というやつね。皮膚・・・というより、外郭が岩のように硬くて、そこそこ知能も高いのが特徴ね」



「知能が高い?どれくらいだ?」



簡易な罠を見破れるくらいか?



「人間と対話できるくらいね」



「・・・・・・はっ??」



今この女、すさまじく恐ろしい事を口走ったか?

私の空耳か?空耳だろ?むしろそう言ってくれ。



「正確に言えば、辛うじて・・・と付け加えるべきかしら。トロルはたどたどしい話し方で、同じような言葉を何度も繰り返すから、スムーズな会話は出来ないのよ。少しばかり根気は必要だけど、対話は可能ね」



対話ができる魔物?いや、そこまでの知能があるから魔獣に分類されるのか・・・。

とんでもない案件を抱え込んでたな、メルヘイムの奴。

・・・そして私を、その懸案事項とやらに巻き込む気か。

新人ハンターを?

鬼畜か、この女!?



「・・・私の手に余る、重大案件だと思うんだが・・・」



それとなく、辞退を申し込むが・・・。



「大丈夫よ、貴方なら」



即座に笑顔で却下された。

むしろ今の、少し食い気味でかぶせてきたぞ。

いや、それ以前に。それ以前に、だ。

その根拠のない自信はどこからやってきた?

今回ばかりはため息を押し殺せず、口から「はあーー・・・」と漏れ出るのは仕方ないと思う。

それが良かったのだろうか?

気付けば、深く考えもせず喋っていた。



「トロルが人里近くまで降りてくるなんて珍しいな。奴らは山奥を住処に好む習性だったはずだが。トロルの変異種か?」



「そうなのよね。変異種の可能性も、低くはないのよ。・・・・・・ところで貴方、少しばかり記憶が戻ったの?」



「えっ?」



「トロルの生態を少なからず知っている口ぶりだったわよ、今の発言」



「・・・・・・そう言われれば確かに。何故か、口が勝手に動いていたな」



「無意識に?・・・貴方、もしかしたら記憶を失う前も、ハンターを生業にしていたのかしら?トロルの生態なんて、一般人は知らないわよ」



「・・・どうなんだろうな?よくわからない」



「・・・経緯はどうあれ、良い傾向ね。例えどんな内容でも、思い出すという過程を経るのが、記憶を取り戻すのに大事なことだから。そのうち、自分自身のことも何か思い出せるようになるわ、きっとね」



「そう・・・だな」



そう願いたい。

だが何故だろう?

早く記憶を取り戻したいと思うと同時に、不安にも駆られるこの心情は?

私は思い出したいのか?

忘れてしまった過去を。自分自身を。

・・・何を考えているんだ、私は。

思い出したいに決まっている。自分が何者なのか分からない、こんな不安定な心理状態。

このままでは、生きていること自体に、虚しさを感じてしまいそうで怖い。

こんなの、長く続いてほしいわけが・・・ない。



「・・・支部に戻ったら、行方不明になっているハンターを調べてみるよ。もしかしたら、何か貴方に関する情報が得られるかもしれないし」



「・・・すまんな」



「こういう時は、ありがとうでしょ?でも、あまり期待はしないでね。行方不明になったハンターなんて、それこそゴマンといるんだから」



「ああ。・・・ありがとう」



「どういたしまして。・・・さて、話をトロルの件に戻すけど、確かに不可解なのよね。なぜこんな人里にまで降りてきたのかが。知能が高いからこそ、むやみやたらと動き回る習性なんて、トロルにはないはずだし」



「やはり変異種の可能性が一番濃厚か?」



「そうなんだけど・・・もし、もしも仮にだけど、通常のトロルが普段はしない行動を、とらざるを得ない状況にあるとしたら?」



それはつまり・・・。



「よほどの事態、か」



「それが人の手による人為的なものか?はたまた自然によるものなのか?・・・どちらにしても厄介ね。基本的にトロルは人間を食料程度にしか見ないから」



「一つ聞くが、トロルのような魔獣クラスが、村を襲ったらどうなる?」



「トロル単独でも壊滅よ。・・・幸いと言うべきかしら、トロルの足は遅いから、よほど接近されていない限り、昼間であれば逃げられるわ。夜間は・・・厳しいと思うけど」



そうだろうな。

人間は基本的に夜目が利かない。

特殊な訓練をしていれば、ある程度は見えるだろうが、それでも魔物に比べれば見えていないのと同じだろう。

夜というのは、それだけで人間には不利な環境なのだから。



「急いで対処したいところだけど、情報が足りないのよね。トロルの足取りを追うにしても、村人たちの目撃情報のみ。しかも複数ヶ所から。これが一ヶ所だけだったら、対応は簡単なんだけどね」



「・・・・・・・・・そうか、だから私は助かったのか」



ずっと不思議に思っていた。

なぜ、べルルクの縄張りと知っていたのに、あんな辺鄙な場所にメルヘイムがいたのか。

その疑問がようやく今、氷解した。



「あれ?たどり着いちゃった?」



「ああ。あの時、メルヘイムはトロルの手がかりを探している途中だったのか」



「バレたか」と、メルヘイムが微苦笑する。



「あまりにも手がかりがないから、無駄足かなって分かっていたんだけど、結構トロルの探索範囲を広げたのよ。その結果、ベルルクの縄張り内で、唯一生き残っていた貴方を見つけた。肝心のトロルは、けっきょく見つからなかったけどね」



「・・・皮肉なものだな。トロルのおかげで、今も私がこうして生きていられるなんて」



「卑下しないで、プラスに考えたら?俺は運がいい。強運の持ち主だ、とかね」



「・・・なるほど。そういう考え方もあり、か」



「あるある。さて、その助かった命でトロル捜し、手伝ってくれる?」



結局、そこに行き着くのか。

だがまあ、今の流れで断る選択肢はないだろう。



「わかった、微力ながら手伝う」



「ありがとう。見つけた場合、ちゃんと報酬は払うから。発見さえ出来れば、あとはどうにでも出来るから」



「他のハンターは動いていないのか?・・・まさか私とメルヘイムだけで捜している、そんなわけないよな?」



「トロルが確実にいるという証拠がないから、少人数しか動いていないわ。何事も、先立つ物がないと人は生きていけないでしょ?協会側からしたら、不確定情報に、余り予算は動かせないのよ」



「だからこうして支部長自ら動いて、少しでも予算を浮かせようと?」



世知辛い世の中だな、おい。



「泣けてくるでしょ?予算は有限。無限には存在しないのよ」



・・・そのわりには、私の装備品一式に大金をポンと払っていたが。

言葉には出さない。

藪を突いたら、蛇以外のナニカが出てきそうだ。



「ちなみに、動いているのは全員が下位ハンターだから、トロル退治には期待しないでね」



「下位ハンター?」



「ええ。説明は・・・してなかったわね。ハンターにも、上位、中位、下位のランクわけがあるのよ。ちなみに上位ハンターになる条件は竜殺し。中位は魔獣殺し。下位が魔物殺しよ」



上位ハンターになる条件が竜殺し?

達成した人間がいるのか?



「・・・上位ハンターは今、何人いるんだ?」



「今のところ、ハンター協会が把握している限りでは三人ね。たまに討伐したのに申告しないハンターもいるから、正確には何人いるか、わかんないんだけどね」



討伐したのに申告しない?

そんな奴がいるのか?

何でだ?



「・・・理解できないんだが、なんで申告しないんだ?上位ハンターになった方が、優遇はされるんだろ?」



「もちろん、上位ハンターになれば色々と特典があるわよ。でも・・・なかには変わり者のハンターもいるのよ。あたし個人でも、二、三人ほどそういう人物に心当たりあるし。ちなみにその内の一人に聞いたのよ、その理由を」



「それで?正直に答えてくれたのか?」



メルヘイムを煽るつもりはない。

ただの素朴な疑問だ

だが、メルヘイムはその状況を思い出して、少しばかり苛立っているようだ。

やや語気を強めに、まくしたてる。



「はっきり明言したわ。支部長である、このあたしに。その本人いわく、面倒くさい。その一言よ」



「・・・・・・」



想像以上の変わり者だな、そのハンターは。



「まったく、ふざけた女よ」



しかも女ハンターかよ。

ことごとく、私の予測の上をいくな。



「今頃、どこで何してるのかしら?・・・気ままにやってるわね、うん」



あっ、メルヘイムの目が虚ろになっている。

現実に引き戻してやろう。



「つまり、私たちが追うトロルは本来、中位ハンターに任せるべき相手だと」



「・・・そうね。下位ハンターでは、手に負えないわ。あくまでも今回の下位ハンターに期待しているのは、索敵要員としての働きよ」



「・・・功名心に、はやらなければいいんだが」



「手柄欲しさに?トロルを討伐して一気に中位ハンターの仲間入りって?・・・・・・ないと言い切れないのが、悔しいわね。こういうのは昔からだけど、自分の実力を過信している下位ハンターが多いのよね。・・・不安だわ」



そんなメルヘイムの心配は杞憂に終わった。

・・・そう言えれば良かったのだが。

事態は、悪い方向へと動いていく。









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