ハンター協会
メルヘイムの案内の元、エルヴァースの東地区、ゴメリア帝国領の出入り口に到着。
眼前には大きな門がそびえたっている。
・・・着いたはいいが、これからどうすべきか皆目見当もつかない私は、生まれたひな鳥のようにメルヘイムの後をついて行く。
メルヘイムの同伴者ということで、都市内部へ入るのは簡単な審査で終わった。
少しばかり身構えていたのだが、実に簡単に私はエルヴァースへの門を通過できた。
そして門をくぐった先は・・・人、人、人。
賑やかな喧騒、多くの人々が忙しなく行きかうその光景に、私は圧倒される。
当たり前の話だが、外側から見たときよりも感じる人々の熱気をその身に体感した。
「はぐれないように手でもつなぐ?」
人波に圧倒された私を、まるでからかうようにメルヘイムが手を差し伸べてきたが、丁重にお断りした。
「それは残念」
本気か冗談か判別できない笑みを浮かべ、メルヘイムが「ついてきて」と先導する。
・・・この溢れんばかりの人波の中を、メルヘイムはどうやったらあんなにスイスイと淀みなく進めるのだろうか?メルヘイムは立ち止まることなく、歩み続ける。
私はその後ろ姿を何とか見失わないようについていくが・・・ぶつかる、ぶつかる、ぶつかる。
すれ違う人々の肩に当たったり、時には体当たりかと疑うほどの衝撃でたたらを踏む始末だ。
これは冗談なしに、手をつないでもらった方が良かったかもとさえ後悔するほど、メルヘイムの後について行くのは困難を極めた。
それにしても、メルヘイムはどこに向かっているのだろうか?
私の心情としては、一刻も早く目的地に着いてほしいんだが。
この状況が長く続くようなら、見失うリスクはどんどん高くなる一方だ。
早くたどり着いてくれ。そんな私の願いが通じたのか、メルヘイムがとある建物の前で立ち止まった。
ようやく着いたか。私はメルヘイムの元にたどり着こうと人波をかき分け・・・かき分け・・・。
軽くではあるが、呼吸を乱しながらもメルヘイムの元に着いた。
姿を視認できる範囲にはいたが、思っていたよりも距離が離れていたのには驚きだ。
おそるべし、都会の人波。
「迷子にならなかったようで何よりね。結構な人波でしょう?初めてここに来る人は、大概流されていくのよ。ちょっとばかり人口過多なのよね、この都市は」
「・・・・・・ちょっと?だいぶの間違いだろ」
「こんなので辟易してたら、このエルヴァースで生きていけないわよ。あ、忘れてた。都市全体で言えることだけど、スリとかも多いから気をつけてね」
「あいにく、盗られて困る物は持ってないよ」
「持つようになってからよ。結構な腕利きのスリ師もいるから、お金はできるだけ分けて持つようにした方がいいわよ。被害が少なめに済むから」
「・・・わかった。忠告に感謝する」
「よろしい。なら、入りましょう」
まるで我が家に入るような軽いそぶりで、建物の内部へと入っていくメルヘイム。
それに続く形で、私もその後を追いかける。
建物の中に入って一番最初に目をひくのはカウンター。そして掲示板。
ここは何かの店か?
「ここは?」
「ハンター協会よ。主な仕事は魔物の討伐や、貴重な薬の材料の採取、あるいは商人の警護、賞金首を捕まえるとか色々・・・まあ、一言でいえば便利屋ね」
「・・・なるほど、私のような流れ者が、手っ取り早く金を得られる職を斡旋してくれたわけか」
「主に荒事が大半を占める職種だけど、貴方なら大丈夫そうだし。独り立ちできるようになるまでは、あたしがサポートするし」
「至れり尽くせりだな」
「こちらにも利益があるから気にしなくてもいいわよ。とりあえず、ハンター登録してきなさい。兎にも角にもそれからよ。登録の受付はカウンターの一番左端よ」
「わかった」
メルヘイムに促されるまま、カウンターの一番左端へと向かう。
向かった先には、若い受付嬢が事務仕事を捌いている。実に忙しそうだ。
だが、私がカウンター前に立つと極々自然に笑みを浮かべ、即座に対応の姿勢をとる。
うん、好感のもてる一連の動作だ。
「ようこそ、ハンター協会へ。こちらの東エルヴァース支部は初めてですか?」
東エルヴァース支部?つまり、北と西にもそれぞれ支部があるのか?
・・・これだけ大きい都市なら、仕事には困らない、か。
「あ、はい。というより、協会自体が初めてです」
「ということは、新規に登録ですか?」
「そうなりますね」
「わかりました。まず、ハンターに登録されるにはテストがあります。それに合格して初めて、ハンターを名乗れます」
「・・・・・・テスト、ですか?」
初耳なんだが。
記憶喪失の私でも、乗り越えられる内容だといいんだが。
「そう身構えなくてもいいですよ。ハンターになるための簡単な適正検査みたいなものですから」
「ハンターに向いてるかどうかを、ですか?」
「はい。ハンターとしての最低限の体力測定テストと、ここエルヴァース周辺にいる魔物の生態を、どの程度知っているかを確認するためのものです」
・・・なるほど。
魔物から逃げる体力があるか。近辺に生息する魔物の危険度を正確に理解しているか。
この二つを試すためか。どちらの内容も、新人ハンターが死なないようにする為の内容だと納得できる。
随分と親切なものだ。
それとも、支部によってそれらも違うのか?
しかし・・・困った。
体力の方は問題ないと思うが、エルヴァース周辺の魔物の生態なんて全く分からない。
これでは不合格確定か?
だが、そんな私の杞憂は、すぐに解消された。
「ああ、あたしがこの男の教官やるから、テストはパスでいいよ。実地で教えるから」
「えっ?・・・って、支部長!?」
受付嬢の素っ頓狂な声が、ハンター協会支部内に響き渡る。
そのせいだろう、途端に支部内の人間の視線が一ヶ所に集中する。
主に発信源の受付嬢と、メルヘイム、ついでに私も。
「・・・支部長?」
・・・メルヘイムが?
つまり・・・ここのトップ?
驚いているのは私だけではない、支部内にいた面々も同様らしい。
「あの女がここの?」
「へえ・・・初めて見た」
「美人だな」
「おいおい、外見に騙されんな。ここの支部長ってことは、天嵐の魔女ってことだろ」
「・・・マジかよ」
「近付くのは危険だな」
・・・・・・メルヘイムの評判は、あまりよろしくないようだ。
これも魔女という立場が関係しているせい・・・なのか?
私個人の見解に限れば、拾ってくれた親切な人物なので、他のハンターたちとはメルヘイムに対しての心象が乖離している感覚に、違和感を感じる。
魔女というだけで忌避し、メルヘイムの人柄、人格を真っ向から否定しているようで、何だか気に入らない。
だが当の本人は、周囲の反応など気にした様子はなし。もはやこれが日常と言わんばかり。慣れてしまったのだろうか?
メルヘイムは気軽に受付嬢と話を進めている。
「ご苦労さま。それで、この男はあたしの推薦だから。細かい登録書類とかは、そっちで適当に処理しておいて」
「て、適当って・・・困りますよ、支部長!ハンター個人が書かないといけない項目もあるんですから」
「要はアレでしょ?特技とか、ハンターの志望動機とか。なんなら、貴女の好みの男に当てはまる項目で、空欄をうめておけばいいから。あとでそれ読んで笑ってあげる」
笑うのかよ。
「笑うんですか!!」
やべ、受付嬢とシンクロした。
「あたしの知ってる範囲で、その条件に当てはまる男がいたら、貴女に紹介してあげるから」
「けっこうです!!!」
「・・・随分とムキになってるわね。既に付き合ってる男いたの?それは彼氏に失礼を」
「彼氏はいません!!」
「・・・彼女ならいるの?」
「彼女もいません!!!」
「そんなに大声で叫ばなくても。支部内どころか、近所にも聞こえたんじゃない今の」
メルヘイムの指摘に、受付嬢が今更ながらにハッと冷静さを取り戻したが・・・時すでに遅し。
建物内にいた男のハンターたち・・・主に若い男連中が「そうか・・・彼氏いないのか」「これは良い情報を聞いた」などと喜びを隠そうともしていない。
そんな周囲の反応が恥ずかしいのか、受付嬢の顔は赤面している。
そしてそんな初心な反応を目にしたハンターたちは口々に「萌えた」「可愛いは正義」などと、好き勝手にほざいている。
「し、支部長。うちの看板受付嬢をこれ以上からかわないで下さい。業務に支障が出てしまいますから」
見かねた第三者である他の職員が、支部長の悪ふざけを止めに入る。
これ幸いと、メルヘイムはその流れに乗る。
「それはいけない。なら、あとはよろしく」
どさくさに紛れて、メルヘイムは私の腕に自分の腕をからめ、支部の外へと半ば強引に引っ張り出していく。
事態の変化についていけない私は、メルヘイムに連れ出されるまま、流れに身を任せるだけだ。
手段はともかく、やり方としては上手いの一言だ。
メルヘイムはまんまと受付嬢に、全ての面倒事を押し付けてきたのだから。