国境都市
国境都市エルヴァース。
そこは一つの都市であり、しかし一つではない。
三つの国の法が交わる、実に複雑怪奇な都市。
それぞれの国により、一応の区分けはされているが、違う国の人間、違う貨幣、違う価値観、違う宗教・・・それらが一つの都市に混ざり合う混沌とした場所。
だが、そこに住まう人々は物事の単純化を望む。いわゆる統一された規格化というやつだ。
ならば、どうなるか?
私はその答えを魔女である、メルヘイムに教わった。
「簡単よ、現行の決められたそれぞれの国の法なんて無視して、その都市の都合の良い新たな法を作ればいいのよ。もちろん秘密裏にね」
「・・・つまり、脱法?」
「各国それぞれ、表向きはちゃんと法を遵守してるわよ。実際は三ヶ国のお偉い方々・・・それぞれの区域をまとめる領主たちが、合同で取り決めた独自の法でエルヴァースは成り立っているけど。統一された貨幣価値、物流、労働力・・・そこから得られる莫大な利益をそれぞれの本国に献上することで、半ば黙認されているのよ」
「それってつまり賄賂?」
「まあ、仮初めの自治権を金で手に入れてるわけよ。でも、そのおかげでエルヴァースという都市は、大陸一栄えてるわけなんだけどね」
・・・独自の法、か。
「治安はいいのか?」
気がかりな点はそこだ。
極端な例だが、真昼間から殺人が横行してる・・・なんてシャレにならん。
「うーーーん・・・表向きはいい・・・かな?」
「・・・表向き?裏は?」
「一般人の夜中の一人歩きはオススメできないかな。男でも女でも」
「・・・・・・なるほど」
「ちなみに今現在、あたしが居住しているのは、エルヴァース東地区のゴメリア帝国領だから、覚えておいて」
「・・・すまん、どの方角に何の国があるかサッパリなんだが、説明してくれないか」
「・・・そういえば記憶喪失だったわね、貴方。いいわ、簡単にこの大陸の歴史と地理を説明してあげる」
メルヘイムの説明でこの大陸、アイザリーグの情勢を教えてもらった。
現在、この大陸には三つの国家が存在しているらしい。
北の大国、ヘカディス帝国。
東の大国、ゴメリア帝国。
西の大国、ホーレッド帝国。
元々はこれら三つの国は、一つの超大国だったらしいが、皇位継承権争いで内乱が勃発。
超大国は三つに割れた。
各国の皇帝は自身を神帝、聖帝、天帝と名乗り、我こそは唯一絶対の統一者だと名乗りをあげ、数百年単位で大陸の覇権争いを繰り返していた。
世に言う三帝大戦という血で血を洗う泥沼の戦いは、しかし五十年前に唐突に終わりを迎える。
「長く続いた戦争の結果、国を維持する国力が衰え、飢餓や貧困問題が各国にとって看過できない状況にまでなったのよ。総力戦で国としての全てを絞りつくした、意地の張り合いの結果は痛み分けに終わった、そういう事ね」
「・・・そこまでに至ってようやく休戦条約、か」
「ええ。過去に何度か小競り合いはあれど、概ねこの五十年間は平和を保っているわ。ちなみに、その五十年を節目に三ヶ国の皇帝たちが一同に会するらしいわよ、エルヴァースに」
「これからも戦争はなしで、仲良くしましょうと?」
「本音はともかく、各々の国民たちにはそういうアピールをするつもりでしょう。・・・その為だけに集まるはずはないと思うけど。何せ休戦してから五十年経過して、ようやく初めて、三人の皇帝が一同に会するのよ。世間話で終わるはずがないわ」
「・・・よくそんな話がまとまったな」
「休戦して五十年だから、世代交代してるのよ。国民も皇帝も。だからそんなに感情的にならず、理性的に会談する方向に決まったんでしょうね」
手短に大陸情勢を教わった直後、メルヘイムが「見えてきたわよ」と、ある方向を指差す。
私がその指し示される方向に視線を向けるとそこには、想像以上の光景が、眼前に広がっていた。
エルヴァースを見下ろす形で、今まさに私は絶句している。
「・・・・・・・・・」
言葉も出ないとは、今の私の状態を言い表すのだろう。
ただ、一言だけを何とか口にすらなら。
「・・・でかいな」
北と西と東。それぞれを隔てる川が、辛うじて境界線の役割を果たしているようにも見える。
三方に分割統治されているエルヴァースという都市は、とんでもなく巨大だった。
「各国の統治している区域だけでも相当な広さだからね。都市全体を合わせれば、住居している人間は軽く十万人は超すかな?」
なるほど、大陸一栄えている・・・その言葉は真実に違いない。離れた場所にいるここからでも、都市全体からそこに住まう人々の熱気を、肌で感じる。
あれが、あそこがエルヴァース。
「ようこそ、国境都市エルヴァースへ」
別名、混沌都市エルヴァースという事を私が知るのは、随分あとになる。