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忘却の戦士  作者: カナメ
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ファーストコンタクト

即死したであろう男の死体が、槍を引き抜かれると同時に、その場に崩れ落ちる。

どこであろう、床に伏せる私の真上に。

重い・・・というよりは、生ぬるい体温の方が気になる。

徐々に熱が失われていく、名も知らぬ誰かの体温。

なのに、私に流れ落ちてくる血は温かい。正直、不快だ。二重苦の感触。

だが、今は迂闊に動けない。我慢だ、我慢。

しかしこの状況・・・外で応戦していた傭兵たちは、全滅したのだろうか?

幸い、魔物たちは荷馬車内を一瞥しただけで、さっさと立ち去っていく。

どうやら、私の上でくたばっている男が、最後の生き残りだったと思い込んだようだ。

何とか助かったか。

だが、油断は出来ない。・・・念のため、しばらくはこのまま待機しておこう。

魔物が立ち去ったと確信できるまでは、死んだふりだ。



・・・・・・・・・一時間。はたまた二時間は経過しただろうか?

荷馬車の外に注意深く聞き耳をたてるが・・・自分の呼吸の音しか聞こえない。

とりあえず、慎重に動き出し、死肉と血の海から這い出る。

荷馬車内部から見える範囲で外を見渡し、安全だと確認して、ようやく荷馬車から外へと降り立つ。

・・・荷馬車の外は、中々に刺激的な光景が広がっていた。あと、においも刺激的だ。

地面のあちこちに傭兵の死体と、魔物の死体が転がっている。

奮戦したが、魔物に数の暴力で押しつぶされたか。死体の数から、魔物の方が多いので、そういう結論に達した。

おそらく・・・私にとっては初見であろう、魔物の姿形を近くで確認してみる。

ふむ、人間とあまりかけ離れた、奇怪な外見ではない。筋肉の発達具合から、二足歩行か。

しかし、人間では有り得ない剥き出しの長い牙や、灰色の肌はどう見ても魔物だ。

そんな数ある魔物の死体の中に、見覚えのある人間の死体が紛れ込んでいた。

傭兵頭だ。死んでも、その手に武器である剣は手放していない。着込んでる鎧も剣と同様、随分とボロボロだ。魔物相手に、奮闘した形跡が見られる。・・・これほどの戦闘力があれば、雇い主と部下、両方を見捨てていれば生き延びれただろうに、最後まで逃げなかったか。

傭兵にしては、律儀な男だったのかもしれないな。

・・・とりあえず、確認すべき死体を捜すとしよう。ついでに、使えそうな武器や防具も。

そして、荷馬車から少し離れた森の中に、捜していた人物の・・・私を買い取った主の死体が、無造作に転がっていた。死体には、これでもかと言わんばかりに槍が突き刺さっていた。

・・・気休め程度だが、槍を一本一本、引き抜いていく。地中に埋葬してやりたいが・・・さすがにそこまでしている時間はない。

襲撃してきた魔物が、戻ってこないという確証もない。

しかし、私以外は全滅か。

そんな感慨にふけりながら、回収した武具の中から使えそうな物を、片手間に確認していく。

魔物が戦利品としてあらかた持ち去ったせいか、質の悪い物しか残されていなかったが、血まみれの簡易な服装の現状よりは、よほどマシだろう。

血で汚れた服をさっさと脱ぎ去り、適当に使えそうな防具を着込む。



「・・・ひどいな」



自分で確認しているから、分かってはいたんだが、やはり装備品の状態は劣悪の一言に尽きる。

刃こぼれしている短剣が四本、継ぎ接ぎの皮の鎧に、すね当て。

実に頼りない装備だ。こんな物に自分の命を預けるなんて、ゾッとする。

・・・まあ、しかし、裸よりはマシだ。そう無理やり自分を納得させる。

贅沢を言うのは、ここから生き延びてから、好きなだけ口にすればいい。とりあえず、この危機から生還しなくては。

そう前向きに考えようとした直後、どこかから、獣の遠吠えが聞こえた。

いや、これは獣じゃなくて、魔物?

どちらにしても、今の私にとっては危険以外の何物でもない。

とりあえず、すぐにこの場から離れようとしたのだが・・・



「ねえ、そこの貴方」



場違いなまでの、綺麗な高い声に呼び止められた。

しかも信じられないことに、私のすぐ背後から。

人の気配など、微塵も感じ取れなかった。

心の中ではその事実に、少なからず動揺はしていた。だが、私の冷静な部分が即座にソレを敵と判断。

振り向く間も惜しいので、手にした短剣を、勘で背後に全力投擲。

これで当たらずとも、牽制ていどにはなる。その間に体勢を立て直す。

そんな段取りを組んだのだが、背後を振り返れば・・・誰もいなかった。

命中させるべき標的がいないまま、投げた短剣はそのまま木の幹へと深々と突き刺さった。



「・・・幻聴?」



いや、アレが幻聴なはずはない。

私の耳にはまだ、しっかりとあの声が残っている。



「ぶっそうな男ね。いきなり短剣を投げつけるなんて」



また聞こえた。

やっぱり幻聴なんかではない。

口調、声の高さからして女。

だが・・・その姿は一片も見えず、確認できない。

何らかの魔法でその身を隠形している?

・・・・・・待て、魔法って何だ?



「まあ、不意に声を掛けたあたしも悪いんだけどね。それより、貴方に親切心から忠告してあげる。この場から一秒でも早く、全力で逃げなさい。厄介な奴らがここに接近してるわよ」



いきなり逃げろ?何から?

先ほど襲撃してきた魔物か?それともまた別の?

疑問は次々と浮かび、キリがない。未だその姿すら見せない相手を信用していいかすら不明だ。

とりあえずは・・・声の主の忠告を信じておこう。騙されたら、その時はその時。突破口はまた後で考える。

そうと決まれば即座に、どの方角に走り出すかへと思考を切り替える。

襲撃してきた魔物はどこへ去り、ここに向かっているであろうナニカはどこから来る?

・・・皆目検討がつかない。だが、こうして悩む時間すら、今は惜しい。

ならどうすべきか?

よし、ここは己の勘に任せよう。

荷馬車が進んできた道を引き返せば、少なくとも私が売られていた街に着ける・・・はず。

そこを当面の目的地にしよう。

いざ行かんと、走りだそうとする私を、女の声が静かに制止する。



「そっちはダメよ」



決して強い物言いではなかった。

しかし何故だろう、何か言い返してはいけない、逆らってはいけないと、私の本能が警告している。



「・・・なら、どこへ向かえと?」



未だに姿を見せない相手に、若干ながらも苛立ちを隠せず、行き先を求める。



「こっちよ。ついて来て」



姿をようやく見せるのかと思いきや、ガサガサと茂みから出てきたのは・・・黒いネコだった。

依り代?

いや、使い魔か?

疑問が増える一方だが、今はとりあえず頭より体を動かすべき状況だと、無理やり疑問を脳内から締め出す。

身軽に先導する黒ネコを、今だけは信じて、その後を追いかける。

そういう風に割り切った私を、チラリと黒ネコが一瞥し



「素直に指示を聞く人間は好きよ」



などと、勝手にのたまっている。

どこか小バカにしたようなその挑発的な言葉は、しかし悪意の類は感じない。

きっとこの黒ネコを操っている誰かは、本心を口にしただけなのだろう。

・・・それもどうかと思うが。

黒ネコに誘導されるがまま、私は無心でその後を追いかけて走る。

黒ネコを操る誰かは、私にとって味方になるか?はたまた敵になるかを考えながら。





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