第8話 試される群青の末っ子
鯨ヶ浜が冴えない表情を浮かばせ、アクセルを踏み込み。一直線に、通路を爆走させて進んで行く。
「あ。キリちゃ~~ん。ここを右にま――……」
「分かってますよ!」
ギュィイイインッッ‼
「ぅ、わぉ♪ 男らしいハンドル捌きだねェ♪」
「舌、噛みますよッッ! いい加減に黙ったらどうなんですッ」
「そうね。そうしましょうか、ねェ?」
「確かに! こういう展開は間違いなく王道で萌えるでしょうよ!」
堤が腕を頭の後ろで組みながら、目を閉じる様子に。 鯨ヶ浜が、口を大きく開けて堤に言い放った。彼の顔を横目で見ていた堤は、顔を向けて笑う。
「君が1番社長なんかよかよりも、よっぽっど待っていたよねェ」
口に煙草を咥え火を点けた。白い煙と、火の粉も飛んでいく。
「20年近い離脱を。容認させたのは、君の功績なんだからさ」
「……群青家の能力を継いでいて、会社にも貢献の出来る人材と言うだけです!」
「――群青家の竜典医師と息子の竜之助さん。孫で末っ子の姉の竜子と兄の翡翠ら。4名の有給休暇の全部を充てようって、そんな提案が、機転を利かせることが出来るのは君のような立場ならではだ。いや、懇願だった? そのときは必至だったかな? 流石の君も」
意地悪く言いながら、堤は前を見据え直した。煙草の煙を吹き飛ばしながら、堤がハンドルを握る鯨ヶ浜へと肩を竦めてしまう。
「喋り過ぎちゃったかな。キリちゃん、ごめんなァ」
肩を揺らして笑う堤の肩を拳で叩いた。
ドン、と鈍い痛みにも、
「った! ふふふ~~ぃ、ったいじゃないの♪ キリちゃん♪」
堤も鯨ヶ浜の肩を殴り返した。
「って…っつ! 勘ぐって欲しくはありませんが! 働く意思を持ったから恵比寿さんに伝えただけの話しですからね?!」
失われた20年。そして始まる。
群青竜二の現職復帰による――《戦い》が。
「きっかけは君じゃないか。キリちゃん」
幕を開ける。
◆
「ぉ、おじさん?? っだ、大丈夫なの、か? っそ、そりゃあ、あんたも」
俺はおじさんに声をかけた。声を出ないくらいに、あの化け物を睨んでいるからだ。失禁はしていないようだけど。俺はおじさんの腕の袖を引っ張った。
「くまちゃん。離して」
おじさんは冷たい口調で、俺の指を離させた。大きな手は熱くてびっくりする程で、俺は息を飲み込んでしまう。
「本当に嫌だなー」
苦笑交じりに言うとおじさんは、どうしてだが分かんないけど、足の先で地面の土を掘った。
「ん。イケそうかな? やってみる価値はあるかー」
顔をはにかませるおじさんに、俺は安堵の息を吐いた。
でもどこかおじさんの様子はおかしい。
(なんかどっか色々、と……ぶっ飛んでる気がする)
「ねぇーくまちゃん」
「くまちゃんじゃない!」
「ごめんね」
「ぇ゛? 何がだよ? おじさん」
謝りながらおじさんは何かを地面に向かって。丸い物体を落としたのが見えたんだけど、それがなんなのか、全く俺には検討もつかない。
目を丸くさせたままの俺におじさんが声を掛けて――謝ってきたんだ。
一体、何に謝っているのかが分からないよ。
「本当にごめんな」
「だから! ごめんじゃ分かんないの! 何がなのさ!」
くちゅくちゅと口腔を動かすと、おじさんは唾を。
地面のそこへと吐いた。
「帰ってくんないか? 他の従業員とよ」
「はぁ?!」
俺が声を荒げて抗議する前に、
「ぇ゛」
勢いよくおじさんの前に木が生え伸びた。
葉にはそれぞれプレートがあって。
ボタンがあった。
ただ、全部のプレートは《緑色》だった。
「っすぅー~~っふぁー~~っうし! では!」
俺は、目の前に居る怪物かなんかの存在を。この時点でかなり忘れていたんだ。おじさんの目の色が変わっていたから。40過ぎのおじさんから目が離せなかったから。
カッコよかったから、惚けてしまったんだよ。