第7話 試される42歳の引きニート
「本当に参っちゃうよねェ。本当に」
堤が廊下をだらしなく歩きながら。ブツブツと漏らしていると。
「手前はジュース買いに行くのに、何時間かけるつもりです」
ネズミの社内車が横についた。運転をするのは鯨ヶ浜霧の向日葵で、堤と同じ所属し。堤を補佐する任についていた。勿論のこと彼も以前は商品を取りに行く従業員でもあった。
「あら。キリちゃ~~ん。見つかったちゃったかァ」
「GPSを。発信機と盗聴器もあんたにつけてやってるからね。当然でしょう」
「初耳だねェ。マジかよ…」
「群青の末っ子が出戻ったようじゃないですか」
ガチャ、と鯨ヶ浜がドアを開けて、堤を招いた。
「ん。本当に参ったよ……本当に、ね」
助手席に腰を据えても、なおも言い続ける堤に、頭部に結ばれたポニーテールが揺れた。
「何がですか? あんたはいっつも、そうやって抱え込むから分かんないですよ! 不愉快だっ!」
ハンドルを強く掴みながら吐き捨てるように言う。
そんな彼に堤も、
「お子様付きなのよねェ~~てか。君も聞いてたんなら知っているでしょう?」
苦笑交じりに言い返した。
「あまり電波が良好ではなかったので、飛び飛びで……――あれ? お子様付き?」
前を見ながら、鯨ヶ浜も首を傾げた。
「――悪い冗談は止し下さい。堤室長……その奴さんも一緒に招き入れた訳じゃ…ないですよね? あんた…」
顔面を暗くする鯨ヶ浜に、
「一緒じゃないきゃ嫌だってさァ。竜二君も聞かなくてねェ」
眉間にしわを寄せる堤の表情に、
「あ。吾妻さんの甥っ子さんですね。子供と言うのは」
鯨ヶ浜が堤の耳を軽く殴った。
「そっちの採用予定はなかったんだけどさ、クソ生意気だったもんだったから。ついさ♪ 」
てへ、と笑う堤に鯨ヶ浜がもつられて笑ってしまう。
「才能はありそうですか? そのクソ生意気な甥っ子君は」
「ないな! うん。ありゃあ、全くない! ま、今回で《殉職者》になってもらって、恵比寿君の倉庫に戻すさ」
「簡単に可哀想なことを言ってくれますね。あんたって人は」
「その辺は世の常ってやつじゃないのかね?」
肩を揺らして笑いながら、
「ま。今までにない体験に腰を抜かして辞めたがるのも世の常ってこったよ。キリちゃん」
鯨ヶ浜の肩を殴った。
「仕返しなんかしないでもらえます? 20年ぶりに解除出来そうなんですか? 堤室長」
◆
俺の心臓音は、ヤバいくらいに高鳴っていた。熟練した従業員全員がだよ、手も足も出ないなんて。こりゃあ、言うまでもないくらいに絶望的な展開だろうよ。
「ぉ、じさん! っど、どうしょうか?」
俺はおじさんに聞いた。聞いたところで、何の解決にもならないことも。分かってはいるんだけど。どうしても、誰でもいいから聞きたかったんだ。
「おじさん。ねェ、おじさん? 何かい――」
おじさんを見た俺の目に映ったのは、真剣な表情をしたおじさんで、俺もびっくりした。
「おじ、さん? あの――」
歯を噛み締める様子に俺も驚いた。あの飄々としたおじさんが。
まだ、鋭い眼光で見上げていた。
◆
「解除しないと全滅になっちゃって。それこそ《殉職者》ってレベルじゃなくなるよ」
「? 何でですか? あの隊は比較的にレベルも高い――」
「社長がねェ。末っ子の腕前をを試したいって言うのさ。ほら。群青家てさ、社長のお気に入りでかつ守護もされたある種の…騎士的な従業員じゃない? …その能力を受け継いだのが彼でしょう。だからさァ試したくて試したくて…満面の笑顔だよ。それで一つの隊がなくなっても賠償してお終い。遺憾の意をしてお終いさ。それだけ社長は《獣王》の帰還にはしゃいじまっているのさ」
キキキッッ‼‼
衝撃的な堤の言葉に思いっきり。鯨ヶ浜もブレーキを踏んでしまう。
「何っだっそれ‼」
声も裏返ってしまう鯨ヶ浜に堤も。
大きくため息を漏らしながら言う。
「本当に参っちゃうよねェ。本当に」