第4話 牛男と乙女
ネット通信販売を生業とした会社《ワールドルーツ》
ここは日本支部。
俺と群青竜二と言う名前のおじさんと仲良く、拉致された場所の名前だ。
◆
「これは何なんだよ!」
俺とおじさんは、他の従業員とみんなと一緒に訳が分からない状態で言われるがままに突っ走っている。
意味も分からずに、必死になって突っ走っている。
「愉しいねーでも、おじさんーっぎ、ギブかもー~~」
荒く息を吐きながら、おじさんが弱音を吐いた。
「っこ、こんなところで止まっちまったら! あんた死ぬかんな?!」
俺はおじさんに声を荒げて言ってやる。
おじさんも額の汗を襟足で袖で拭う仕草をした。
顔のはびっしりと汗が滲んで、どこか顔は赤くなっている。
さらに俺の顔に向かってはにかむ。
「本当に参っちまうなー歳が歳だしなーやっぱりw」
「ああ! 本当にあのおっさん許さない‼」
◇◆
『お金好き?』
おっさんの最初の言葉に俺やおじさんは無関心で、無反応でお互いを見ていた。俺達の様子に叔父さんが間に入ったのは――この後すぐだ。
『堤班長。新人にそんな質問は意地悪じゃないんですか? 右も左も。会社の規則すらも知らないんですからねっ。ついさっき会社に着いたばかりなんですから。何の説明もしていないんですよ、私も!』
おっさんは叔父さんの言葉に肩を竦めた。悪びれる素振りもなく煙草を咥えて、ライターで火を点けて大きく吸うと、鼻から灰色の煙を吐き出した。おっさんの行動に、俺は来るときの壁に、そう何枚も張ってあった紙を思い出した。
だから、思わずやってしまった。
『ここ! 火気厳禁なんじゃないの!?』
おっさんの口から煙草を抜き取った。
『そぅいや。ここは禁煙地区だっけか』
俺の行動におじさんも、にこやかにおっさん相手に両手の人差し指で差した。
『非常識だぞーw』
『恵比寿君。君が連れて来たこの子は、いい度胸をしているね』
低い口調とは裏腹に笑うおっさんに叔父さんも、
『ですが。あの、堤班長。まだ、一も何も知らないんですよ、彼は! 教養はきちんとしないとっ!』
思い留めようとして説明をする。
『そんなもの働きながら先輩従業員から盗み見して覚えるのが手っ取り早いんだよね。ま、最初が肝心って言うしね。いいチームに面倒を見てもらうから、安心してよ。恵比寿君』
淡々と言うおっさんに、叔父さんも眉間にしわをよせたんだけど。もう何も言えなかったようだった。それだけ、頭が上がらないのか、言っても無駄だと悟っているかのように。
『っほ、本当に頼みますよ! 私の甥っ子なんですから!』
俺の意思を無視して、叔父さんが懇願するかのように、話しはおっさんのいいように進んでしまう。ちなみに、この段階でも、おじさんのことはガン無視だ。なのに、おじさんはへらへらと笑っている。
俺は思もわずおじさんに怒ってしまう。
『おじさんもっ、何か言わないと連れて行かれちゃうよ?!』
『え? おじさんかぁー?』
おじさんが目じりを掻きながら、またへらへらと笑う。不愉快なほどに、何も考えていないであろう眩しい顔をする。
『おじさんはくまちゃんと一緒ならねーどこにでも行くよー』
言った言葉には俺もびっくりして言い淀んでしまう。そんなことを言われたら、何も、言えなくなっちゃうじゃないかよ。おじさんの大馬鹿野郎っ。
『くまちゃんじゃないし! 本当に適当なことばっか言って! 知らないかんね??』
「まぁーまぁー何とかなるんじゃないのかなー」
『本当に適当過ぎ! 馬鹿なんじゃないの?!』
◆◇
「『泣き言は後にしなさい! 今は、この状況からどう商品を持って帰るのかだけを考えなさい! 牛男!』」
そう言うのは隊長のあべこさん。
銀の鎧の騎士姿で、神々しいくらいだ。
「牛男じゃないし! 俺は恵比寿たくまだよ!」
俺の装備は作業着に軍手。
叔父さん愛用だった牛柄の手ぬぐいのタオルを額に巻いていた。
その模様から、大して自己紹介もしないもんだから。
変なあだ名がつけられてしまった。
「熊が牛になっちまったねーぷ、っくっく!」
「おじさん?! マジであとで覚えてなよ??」
「きゃあーっこ、こわー~~いw」
「あぁー~~腹立つぅううっっ」
「『乙女も煩い! 無駄に体格いいんだから、少しは盾にでもなりなさいよ!』」
あべこさんの言葉におじさんの笑顔も消えてしまう。
信じられないと言いった表情で唇を吐き出して、目をまん丸にさせてしまっている。
驚きの表情というか信じられないといった顔だ。
「ぇえっと。あの、あべこ、さん? え?」
思わずあべこさんに、俺も聞き返してしまう。
ああ、おじさんも自己紹介もそこそこだったっけ。
「『ははは! んなごっつい男が乙女って! あべこ隊長もいい趣味してるっスね!』」
エルフが大きく口を開けて笑った。それには、他の社員の緑のスライムと猿も声を上げて笑い出してしまって、叔父さんの眉間にもしわが寄っていく。立ち止まる輪の中で、リズムを崩さない従業員もいた。
「『そんな話はどうでもいいですから。皆さん、時間もありませんよ』」
兎がぴょこぴょこ、と冷淡に言い放った。
「『牌ってば空気嫁っスよー』」
エルフがため息交じりに言うと、
「『場に水を差すから破壊者て言われるのですよ? 文明ちゃん』」
時計を首から下げた猿も呆れた声で言う。
「『お二人さん。牌の奴さんに何を言ったって無駄無駄! さ。商品棚も、すぐそこっしょ』」
スライムの男が放って置けばいいとばかりに吐き捨てた。兎がどんな人間なのか、どんな立ち位置なのか。何となく察してしまう。恐らくは冗談も通じない堅物なんだろう。きっと、年配者だ。
◇◆
『んでね。ネット注文されたものを取りに向かう仕事を、君達にしてもらう訳だよ。今からねぇ』
『はァ?! 俺はついさっきまヒキニートで、誰とも喋ってなかったんだよ?? 無理無理! 体力もないって!』
俺は目を丸くさせちゃうと。大きく手を振る俺に、おじさんが口を挟むかのようにおっさんに聞くも、すぐに口を噤んでしまう。
『構成は6人の一く――……』
『――6人だよ。今回は君と、この子も含めてね』
煙草の煙を揺らしながら、白鳥から鴨の乗り物に変えた。
風を切って奔って行くその横を何人もの社員がどたばた、と。
どの部屋にも赤いボタンがあって。
それを押してから中へと向かっている。
『誰がんなことを聞いたよ。っは、はははっ! 何? そんなに人材確保が出来ないのかよ? 無能なんじゃねぇのー』
『いやはや。《殉職者》が多くてね、どうも』
おっさんも煙草を深く吸い込んで広く噴き出し。
肩を竦める様におじさんも見下した物言いで返した。
俺は会話についていけずに、首を傾げることしかできない。
『鍛錬不足な上に、こうした勧誘しているようだしーそんな情けないことになっているんじゃないのかな―っておじさんは思いますねー』
おじさんがおっさんに饒舌に責めている。
少し苦虫を噛んでいるような表情をおっさんはしたけど。
すぐに飄々とした表情に戻った。




