第3話 悪魔の誘惑が
【32:41:20】
「『あべこ隊長。このままだと、大変なのです!』」
首から時計をぶら下げた猿が、宙へと跳ねて鎧を纏った君島さんに言う。喋った猿は、船橋さんの《作業服》だ。意味が分かんないだろうけどさ。
正直なところ言ってしまうと。大して説明をされていない俺を――察して欲しい。
◇◆
『我妻さん。すっごい数の従業員だな』
俺達が社内車から見下ろした。
ベルトコンベヤーの上を乗せられた商品を、従業員が一心不乱に確認をして下ろしていく。
それをトラックへと積み込んでいく。機械にように次から次へと。
『ほへぇー~~すっげぇー~こんななんだなー倉庫は初めて見たわ』
おじさんはそう楽観的に言うけどさ。
『ぅん。スゴイデスネ』
の時点で何も言えないんだから、しょうがないと思って欲しい。
この従業員の中で働かさせられるのか。
息が詰まりそうな倉庫の中で。
『リハビリだと思えばいいよ。くまちゃんには未来があるんだからさ』
叔父さんが俺の肩に腕を回した。
口調は優しく囁くかのようだ。
『そうすりゃあいつの日か。弟とだっていつかは和解も可能だろうよ』
親父に拒否られて親子の縁を切られた。怒らせたのは俺だ。揺るぎない現実である。
『――……叔父さん』
『ん?! 何かな!』
『そのぉう。他の職場がいいな~~なんて、はは、は』
俺がそう抗議をしたら肩から腕が離れた。顔は渋いもので、眉間に指を置いてしまう。叔父さんの顔に俺も、確かに文句が言える立場なんかじゃないのは分かってるけど。
『ぉ、おじさんだってっっ。こんなところで働くなんか嫌でしょっっ?!』
俺はおじさんに助けてもらいたくなって。
同意が欲しくで言った。
『え。おじさんは別に平気だけどー?』
はぐらかすかのような、満面の笑顔でおじさんが応えた。すっごく、良い笑顔だよ。このおじさん。そして白鳥型の社内車から降りて、腕を大きく宙へと仰いだ。伸び伸び、とするおじさんを俺は睨んでしまう。少しくらい察してくれたっていいんじゃないのか。
『今は、荷受けぐらいしかさせらんないぞ!』
腕を組みながら叔父さんが言う。確かに、それはあるな。だって、俺は働いた経験がないし、他の人と会話をしたこともない。今日も、久しぶりの会話で頬が引きつっているし。
『そぅですよねぇ』
『吾妻さん。その荷受けの仕事ってのさー』
おじさんの言葉に、叔父さんも無言で、白鳥型のお尻を開けた。俺も叔父さんの後ろ姿と、中を様子を伺うように見て見た。
『今日からだよ! さぁ! 着替えろよ、社蓄達っっ!』
よくテレビとかの特集で見る、一般的なつなぎの作業着を2着。俺たちへと投げ放たれた。
用意周到な叔父さんに、
『準備がいいんですねぇ』
俺も、もう乾いた笑いしか浮かばないよ。
◆◇
「時間がないってんならーお嬢ちゃん、一時退却ってもどうだい?」
おじさんが君島さんに声をかけた。
そうだ! 退却をしょうよ!
ガッシャン! と銀の鎧を鳴らして。
「『そんな真似なんか出来ないわよ! あんた! 仕事を何だって思っているのよ!』」
正論を吐く君島さんにおじさんも、降伏とばかりに両手を胸の前に出した。
「すいませんでしたー隊長さん」
また、笑顔で肩をすくめるおじさん。この人は笑ってばっかりで、頭がおかしいとさえ思ってしまう。
「『あんた達、新人のせいでもあるのよ?! 自覚はあるの??』」
兜の前を開けて素顔を見せて言う君島さん。
おじさんも、俺も頷いた。
確かに、ここまで来るまでに。何か、色々な何かが立ちはだかって。俺とおじさんを標的として何回も襲われた。尋常もないくらいにだ。その度に隊も止まってしまった。
「『なら! 邪魔をしないで頂戴! これは仕事なの‼』」
ガッシャン! と前を閉じた。
完全なる社蓄の言い分だし。完全なる使命感に圧倒されてしまった。 正直、引いてしまうのは俺だけだろうか。
俺は前に立っていたおじさんを見たら、
「なんか勇ましくて。惚れちゃいそうーおじさんねーああいう、気が強そうな女性は堪らなく大好きなんだよねー」
背中で、俺におじさんが言うもんだから。
「歳を考えてくんないかな?! おじさん!」
◇◆
『あれれー~~恵比寿君! ぅおおー~~い! 恵比寿君‼』
下の方から、叔父さんを呼ぶ声が聞えた。その声に叔父さんの身体が大きく揺れて口許もひきついていた。首を捻る俺を見て。
『ああ~~……さて。この日本支部の重役がお呼びだ! 困ったなァ~~』
叔父さんが苦笑した。社内車に乗り直して下りて行くと。呼んだ男が前に飛び出して来た。社内車も緊急停車をして難を逃れた。
バンバンと白鳥の顔を叩く――おっさん。
『堤班長。危ないじゃないですか!』
『大丈夫でしょ。君の腕は私も認めているところだからね』
『ですが。心臓に悪いので勘弁をして下さい!』
大きく息を吐いておっさんに言う叔父さん。
『それで? その子は。次の従業員かい?』
おっさんが、俺とおじさんの顔を交互に見た。
『はい。若いのが私の甥っ子の恵比寿たくま。こっちの歳を――』
『うん。そっちはいいよ』
『そうですね』
『よろしくね。たくま君w』
俺の名前を聞いて。おっさんはおじさんの名前を華麗にスルーしやがった。それでも、お前は叔父さんの上司なのか、きちんと聞け。
『おい、聞けよ。おじさんの名前も聞けよっ』
『くまちゃん。いいって。おじさんは気にしてないんだからさー』
『俺が気にすんだよ!』
『まぁーまぁーいいから、いいからw』
俺はおっさんを睨みつけてやった。
するとだ。
『おじさんの名前は? お聞きしましょう』
目を細めておっさんが言った。
『はははーオレは群青竜二だw』
眠そうな垂れ目で右目の下にはほくろ。顔は小さく、その倍で髪の量。
薄い口許に鼻ヒゲが特徴的なおっさん。
◆◇
『お金好き?』
↑ おっさんとの初めて会話がこれだ。
これが罠だとは知らなかったんだよ。
「っくっそー~~っっ!」
ふつふつ、とおっさんの顔が頭に浮かび上がって。
俺は唇を噛み締めた。
「まぁーまぁーどうせ社蓄になるならーこういったワクワクもいいよねー」
「ワクワクなんかしないし! おじさんは馬鹿なの?!」




