第115話 夫婦
(流石にぃ。あそこにはいられねぇもんなぁ)
意気揚々と足を走らせる翡翠。
ほんの少しだけ。
残して来てしまった、たくまのことを思うも。
やはり、わが身が可愛い。
「たくま君。悪ィな」
「悪いと思うのなら。どうして、出て来たんです?」
「!? ……――ぅお!」
「なんですか。その驚いた表情は」
よりにもよって。よりにもよってである。
「っな゛! ……あのぅ。息子さん、あっちですよぉう?」
「はい? だから、なんですか? あなたとお話しがしたかったんです」
あろうことか。
翡翠の妻でもある――彼女が。
一緒に喫茶店から出て来て、ついて来てしまったのだ。
(っひぃいい!)
◆
「? 母さん。(いつの間にか)いないな」
そう竜馬君が、ひょっこりと顔を出して。
息子の翡翠さんの横にいた、蓮さんのいた席を見た。
「帰ちゃったみたいだよ? でも」
ニヤニヤと、息子の翡翠さんがストローに口をつけた。
「しばらく、家には帰らないと思うけど、さ♪」
「? じゃあ、俺はこれ以上付き合うつもりもない(来たのが間違いだった)驕りだったよな。ご馳走様でした」
深々とお辞儀をすると、竜馬君が席を外れ。
喫茶店から出て行った。
残ったのは。
俺と息子の翡翠さんの、2人きりだ。
気まずいというか。うん、気まずい。
「ぇえっと……じゃあ、この辺で――」
「どこまで知ってんの? あンた」
「っへ??」
にこやかに言われているのに、目が笑ってなんかいない。
これは本当に、翡翠さんにそっくりだ。
「返答次第じゃさぁ? 俺ァ、あンたを――始末しなきゃなんねぇのよ」
ひくっ、俺は口許がヒクついてしまう。
「……始末なんか。される覚えなんかないんですけどぉ? 息子の翡翠さん」
「いい目つきだな。なんか、いいねぇ♪ あンたw」
肩を竦めて息子の翡翠さんも笑った。
「俺は全部知ってる。お前は――竜馬君の母親違いの兄さんだ」
俺のことを、真っ直ぐに見据える息子の翡翠さん。
「あー~~! たくまっ!」
「!?」
突然、俺の名前が叫ばれた。
その声は、堪らなく懐かしいものだ。
思わず。
俺も席から立ち上がって辺りを見渡した。
「! おじさんっ――と、誰??」
肩車をされたおじさんと、その肩車をする人物。
どこか、誰かに似ている。
首を捻る俺に、
「あの人は――群青竜典さんだ」
強張った声で、息子の翡翠さんが教えてくれた。
「やぁ! やぁ! あんれぇ~~? お兄さんはどこだい??」
ついでに、息子の翡翠さんの元凶の父親が。
のこのことやって来た。
「私の愛するお兄さん、っわ!」
◆
「あたしの主人は。あなたのようにあたしと会うと赤面になります。色素の薄い肌に、色素の薄い髪。すらりと伸びた手足と。口許の髭がキュートなんです」
びくっ。
びくびくびっく‼
横にいる翡翠の身体が、ビクビクと揺れる。
「っそ、そぉデスカ……」
「ねぇ? あなた?」
「‼」
「誰の許可を得て――剃ったのかしら? キュートな髭をっ」
だくだく。
だくだくだくだくだく――……
これには、もう翡翠も観念する他なく。
陥落してしまう。
「ぅっせぇよ。オイラがどうしょうと、手前にゃあ関係ねぇだろぉうがっ」
見開いていた目を、元に戻し。
口をへの字にさせる翡翠。
「髭がない顔を見るのは、お見合いのとき以来で新鮮ね」
「ああ。そぉだな」
首を掻く翡翠に、
「ええ。なのに、剃るだなんて。あり得ないじゃないの!」
翡翠と腕を組み歩く蓮。
「っひ! っは、離れてくれっ! っそ、そんなにっ! くっつかれたらっっっっ‼」
「鼻血が出ますか? 本当にあなたは、女性に免疫がない。だから、竜馬を授かるのも、遅れたんですよ?」
「っわ、分かっててやるたぁ。性悪になっちまったもんだなァ? 蓮さんっ」
腕をバタつかせる翡翠だが。
(? あれ、鼻……平気だな? なんでだ????)
鼻先に、いつもの違和感がない。
「その首の。誰に噛まれました? あの青年ですか?」
「ああ。あんの、ド変態野郎が噛みやがったんだっ!」
「そのセイですね。蛇苺は噛まれた相手と、番になるんですから」
「へ?」
「異性同士で、効果があるとは思えませんが」
「ぇ?」
「そんなことよりも。息子と対面して、どうでした? 初めて話したんじゃないですか?」
唐突のない連の言葉に。
翡翠の顔が、さらに真っ赤に染まった。
そして、ゆっくりと顔を頷かせた。
「あと。初任務、お疲れ様でした。あなた♪」
「! ぁあ……おう」
「ただ。無茶をしましたね、目が痛々しいわね」
蓮が腕を伸ばして、翡翠の目じりに触れた。
「すっげぇ。痛てぇよ」
その手を掴むと、翡翠さんが頬ずりをした。
「初任務を……能力を使うと。性的興奮が増すといいますよね、群青の一族は」
「!?」
翡翠の目が見開くと、目を泳がせた。
確かに、身体の熱が収まらないのだ。
しかも、蓮に会ったことで拍車もかかっている。
「ああ。勃起してるぜ」
「じゃあ。この機会に、竜馬に妹か弟を作りませんか?」
満面の笑顔を向ける蓮の眩しさに。
翡翠の喉が鳴ってしまう。
眩暈も起こってしまう。
だから。
「ああ。いいぜぇ♡」




