第1話 リアルなRPGへの招待。
ガシャン、ガッシャンと。
俺たちの前を走るのは銀の鎧を着た人。現実にいて、先頭を走っている。バーチャルゲームなんかではないけど、さらにスライムやエルフなんかも一緒に走っていて、今も頭の中はカオスだ。
「走りなさい!」との指図で、よくも分からない場所を、全力で突っ走っている。どこからツッコんでいいのか、どうしていいものか分からない。だから、俺は、その声の主に従って走るしかなかった。
俺は後悔をしていた。運動をするべきであった。でも、それは後の祭りってやつだってことは知っている。横のおじさんも、きっとそうだ。
「もーおじさん無理だよぉう!」
独特な走り方だなと、誰から見ても思うだろう。おじさんが悲鳴を上げた。俺だってもう無理だって叫びたかったけど、息が上がって喉もカラカラで、悲鳴も上げれない。恐らくは。いや、絶対に日頃の不摂生がたたっていることに間違いないよな。
「お前だってそう思うだろぉ~~うぅうう?? くまちゃんンんんん‼」
「くまじゃない! おれはたくま! 恵比寿たくまだよ!」
「いいじゃ~~ん。可愛いよーくまちゃんw」
「い・や・だ・よ‼」
「そういう反応するからからかわれるんだよ。若いねぇ、くまちゃんってばw」
俺を名前でからかうクソ野郎なおじさんの名前は、群青竜二。
《ワールドルーツ》っていうインターネット大手販売会社の日本支部の商品管理部に拉致された仲間だ。
元々、知り合いだったとか顔見知りだったとか、そんなバカみたいな偶然なんかあってたまるか。
(くそ親父ぃいい!)
疲れきっていた俺は、走馬燈のように思い出していた。
ここに至る物語を。
◆◇
『バキ?』
部屋の扉の方向から聞こえた。音に驚いて俺もなんだと、振り返った。そこには親父の兄でもある恵比寿吾妻がにこやか取り外した扉をぶん投げて手を振っていた。叔父さんの後ろで親父が、腕を組んで俺の顔を睨みつけていた。
久しぶりに見た親父は太っていて、白髪交じりになっている。
『っな、なんで?! どうして部屋の扉を蹴破る必要あんの?? 鍵なんかかかってなんかいないよ?? 叔父さんンン????』
動揺。久しぶりに会話する俺は言葉の発し方すら怪しくなっていた。恐らくは四か月くらいぶりの会話だ。
発音の前に言葉が出て来ないのが辛い。
『ああ! それは知らなかった!』
『謝る必要なんかないよ、アニキ』
『ああ! そうかい!』
叔父さんの身体を手で押して親父が俺のあ部屋に足を踏み入れた。土足で鬼のような形相だ。思わず、背筋に冷たいものが伝う。俺の身体も恐怖にがたがたと大きく震えた。何が言い渡されるのか。見上げた先の親父も声を荒げる。
『中学中退をし、まず、私を失望させ。尚且つ、通信教育すら放棄して、さらに私を失望させ。12歳から今日の21歳まで人生を放棄し、引きこもり一歩と部屋から出ずに悠々自適と好き勝手と。私達の負の遺産でしかないお前をっ、今後! いかなる事態になっても養い飼うこともないものと思えッッ‼ 親子の縁もここまでだッッ‼』
ドっっっっカ‼
親父の怒りの震えた身体からは勢いよく飛んで来たのは、左の拳だった気がする。拳は俺の左頬に命中して、俺は意識を失った。次に目を覚ましたのは、叔父さんの車内の助手席。アニメソングが流れる車内で、叔父さんが陽気にも、おもっくそ裏声で歌っていた。かなり歌い慣れているのか上手だ。
『ぇ』
『は、はははー目が覚ましたかい! くまちゃん‼』
気がついた俺に、ニヤニヤと叔父さんが声を掛けて来た。
『たくまだよ……った……っつ!』
『アイツの堪忍の緒が切れたのはお前が原因だ。一発殴られただけでよかったもんだとするんだな。まぁ、絶縁されたようなもんだ。もう実家に帰る部屋もないと思って。前向きに生きて証明するんだ。』
『んなの、分かってるよっ』
ズクズクズクズクズクズク。
俺の左の頬が、殴られた痛みに疼いている。久しぶりに会ってからの、初めて手を上げられて。家から追い出された現実は、あまりに泣くに泣けない。俺自身が元凶だ。親父を罵ることはしない。しちゃいけないのは分かってる。
『で。叔父さんは俺をどこに連れて行くんですか』
『ああ! 《《君達を連れて行く》》のは私の職場なんだ!』
『――……君、達?』
叔父さんの言葉に俺は首を捻った。
すると、
『オレのことさ。どもどもw』
後部座席から声が聞えた。
『だ、どなた様ですか??』
恐る恐ると俺は顔を声の方へと向かせた。無精ヒゲに、無造作に伸ばされたままの髪の毛。長い前髪を後ろにまとめている。若作りにしても叔父さんか、親父くらいの年齢じゃないだろうか。
『よろしくねーくまちゃん。オレは群青竜二ってちんけなヒキニートさ』
『くまちゃんなんかじゃない! たくまだよ! 恵比寿たくま‼』
『気にすんなってーくまちゃんw』
『叔父さん! こいつ外に突き落としてもいい?!』
半分本気の俺に叔父さんが「ダメだっ!」と言う。俺は、顔を前に向き直して、横の群青って人を無視することにしたんだ。
顔を見ると嫌味も口悪く、吐き出してしまいそうになるからだ。
◇◆
「『前方に敵の気配っスよ! あべこ隊長!』」
銀の鎧を着ている女に言うのは本当にSFや映画に出てくるような、銀の髪を大きく靡かせてるエルフだ。大きな弓を前に出て攻撃態勢をとった。
「『っち! ここの倉庫は怪物との遭遇率は低いはずなのに!』」
腰に装備されている鞘から銀の剣を抜き出した。
「『今回はどうやら楽は出来なさそうねッッ』」
骨の薄い肉しかない鰐が俺とおじさんの前に姿を現した。ただ、ただの鰐なんかじゃない。バキ、バキバキ――と、骨の音を鳴らしながら立ち上がると。人の容姿に変わろうとしている途中の鰐を。
斬!
シュン!
2人が攻撃して、何とか鰐は消滅した。
「これは……現実、なのか?? 嘘、だよな? 群青さんっ!」
「っはっはっは! 現実逃避はよくないなーくまちゃんw」
【48:56:04】