女の子
ピンポーン、ピンポーンとやかましく鳴り響く呼び鈴の音で、ようやく僕は目を覚ます。いつの間にか朝になっていたようだ。
隣のシリカはまだ眠っている。
そして再び、ピンポーンと呼び鈴の音が……。
「うるさいなあ、誰だろう? って、もしかして!?」
僕はようやく、ライトと出かける約束をしていたことを思い出した。ベッドから飛び起きて玄関に走る。
「ごめん、ライト。今起きたところなんだ……」
釈明しながら玄関のドアを開けて、
「えっ!?」
僕は固まった。
そこに立っていたのは一人の金髪の女の子。
驚くのはそれだけではなかった。
「お早う、ホクト」
その女の子は、太く低い声で僕に挨拶をしたのだ。そう、それは正にライトの声で。
「えっ、君はライト?」
「そうだよ。早く着替えてきなよ」
確かにライトの声だ。
これは一体どういうことなのだろう? ライトが女の子になっちゃった!?
「もしかして、ラジウムって物質は、男になったり女になったりするとか……?」
僕が目をパチクリさせていると、女の子が笑い出した。
「そんなことあるわけねえだろ。この街では『日曜日のお出かけは女の子の格好で』という決まりになってんだよ。ほら、お前もスカート穿いて来いよ」
そう言いながら、女の子が両手でスカートつまんで片ひざを曲げる。
スカート? そんなもの自分の部屋にあるわけないだろ?
「女の子の格好って、そんなものないよ……」
「おいおい、クローゼットの中身をちゃんと見たのか? あるに決まってんだろ、この街の決まりなんだからさ。よく探してみなよ」
「ええっ!? ちょっと待ってて……」
僕は半信半疑でクローゼットに向かう。中身をよく見てみると……あった。スカート、ブラウス、ストッキングまでちゃんと揃っている。
ということは――ライトの言うことは本当だったのか?
でも、なんでそんな不思議な習慣があるんだろう……。
僕は、頭にハテナマークを浮かべながらスカートに穿き替える。すると、やっとのことで起きてきたシリカが僕の脇をすり抜けた。
「おい、シリカ!」
僕の制止も聞かずに、シリカは嬉しそうに玄関に走って行く。
「まあ、可愛い~」
どうやらシリカは、女の子に飛びついたようだ。
「見て、ライト。このトリティ、真っ白よ」
それって、ええっ!?
女の子がライトだったんじゃなかったのか?
それに今の声は確かに女の子の声だ。決してライトの声ではなかった。
むむむむ、何かおかしい。
僕は着替えているフリをしながら、玄関を覗き込んでシリカとじゃれあっている女の子を観察する。
長い金髪をポニーテールにした女の子。背の高さは僕より低い。そういえば、昨日のライトは僕より背が高かったじゃないか。それよりもなによりも、顔がぜんぜん違う。
もしかして僕は騙されている?
そう感じた僕はスカートではなくジーンズを穿き、女の子に見つからないようにそろりそろりと玄関に近づいた。
すると、なにやらささやき声が聞こえてくる。
「なんだよ、バレちゃうじゃないかよ」
これはライトの声だ。
「大丈夫よ。まだ気づかれてないから」
こっちは女の子の声。
やはり、僕は騙されていたんだ。
どうやらライトは、ドアの後ろに隠れているようだ。
「きゅるるる!」
すると僕の姿を見つけたシリカが嬉しそうに鳴いた。
「あっ……」
そして女の子と目が合う。
「…………」
「…………」
気まずい雰囲気に耐えられず、僕はライトに向かって声を掛けた。
「隠れてるの分かってんだよ、ライト」
「ちぇっ、バレちまったか。もうちょっとだったのに……」
ドアの後ろから残念そうにライトが顔を出した。
「ごめんね、ホクト。ライトが騙そうって言うもんだから……」
金髪の女の子は僕に向かって手を合わせた。
「アンフィだって面白がってたくせに……」
悪気もなくライトが口を尖らせる。
どうやら女の子の名前はアンフィというらしい。
「君は、アンフィっていうの?」
僕はライトをそっちのけで女の子に声をかけた。
「ごめんなさい、自己紹介もまだだったわね。その通り、私はアンフィ。よろしくね」
「僕はホクト。こちらこそよろしく」
「ライトから聞いてるわ。昨日レディウ人になったんですって?」
「なんかそうみたいだけど」
「おめでとう! ホクト」
女の子はニコリと笑う。
うわっ、可愛い……。天使の笑顔とは、こういうことを言うのではないだろうか。
僕がアンフィに見とれていると、ライトが咳払いした。
「ホクト、アンフィはダメだぞ。俺の彼女だからな」
なぬ、そうなのか。
「なによ、ライト。挨拶くらいはいいじゃない。ははーん、それともあんた妬いてんの?」
アンフィは横目でライトを睨む。その仕草も可愛らしかった。
「バ、バカ言うんじゃねえよ。それよりも、アンフィのせいで計画が失敗したんじゃないかよ」
「なに、それは僕を騙す計画?」
「えっと、それはだな、ホクト……」
ライトはもごもごと弁明を始めたので、なんだか可笑しくなる。
「いいよ、いいよ、楽しかったからさ。僕は本当にライトが女の子の格好をしてるかと思っちゃったよ。ところで、なんで女の子の服が僕の部屋のクローゼットに入ってるんだ?」
必要のない女の子の服がどうしてクローゼットに入っているか、僕には不思議だった。それと、ライトがそのことを知っていることも。
「レディウ人の新人が男か女かなんて、そんなの現れてみないと分からないだろ? だから新人用のアパートの部屋には、あらかじめ男性用と女性用の両方の物が揃えてあるんだよ。だから俺の時もアパートに女性用の物があったんだぜ。全部コイツにあげちまったけどな」
ライトはアンフィを向く。エへへと笑うアンフィ。
「へぇ、女の子の服が置いてあるのはそういう理由だったのか。というか、危うく騙されるところだったよ」
「後で実際に着てみてもいいんだぜ」
「えっ……」
「あら、私も見たいわ。ホクトが女の子になるところ」
「アンフィまで、そんなこと言わないでよ。い、嫌だよ……」
「きゅるるるる!」
するとシリカがアンフィの腕の中に飛び込んできて、嬉しそうに鳴いた。
「ほら、この子も見たいって言ってるじゃない」
「あははははは……」
女の子の服のおかげで、僕達は一瞬で打ち解けてしまった。