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レディウム  作者: つとむュー
一日目(土曜日)
5/44

新芽

「きゅるるる! きゅるるる!」

 騒がしい鳴き声で僕は目を覚ます。

「きゅるる! きゅるる!」

 なんだ、なんだ? 何が起きたんだ?

 シリカはしきりに耳元で鳴き続けていた。

「なんだよ……、どうしたんだ、シリカ?」

 部屋が明るいので朝が来たのかと思いきや、部屋の時計は五時を回っていない。どうやらまだ夕方のようだ

 そういえば、ライトと話しをしているうちに眠くなってしまって……寝てしまったんだっけ。

 僕は、ライトの言葉を思い出していた。


『そのラジウムって物質はな、突然現れて突然消えるんだそうだ。だから俺達もそうなる。それがすべてだ』


 ライトはそれ以上のことは教えてくれなかった。

 というか、それ以上のことを知っている様子もなかった。

 それならば、学園に行っていろいろ学ぶしか方法はない。

「あれ? シリカはどこだ?」

 はっと気付くとシリカが居ない。

 ガリガリという音がするので玄関の方を見ると、シリカはしきりにドアを引っ掻いている。外に行きたがっているという仕草がなんとも可愛らしい。

「仕方がないなあ……」

 僕はおもむろにベッドから起きて、Tシャツとジーンズに着替える。スニーカーを履いて玄関のドアを開けると、シリカは勢いよく外に飛び出して行った。

「おい、待てよ。シリカ!」

 僕は慌てて後を追いかける。

 ペタペタと道路を駆けて行くシリカ。本人としては急いでいるみたいだが、レディウ人の僕にとっては楽についていけるくらいの速さだった。

「一体どこに向かっているんだろう……」

 どうやらシリカは学園の方に向かっているようだった。

 もう学園に行ってしまうのか? ライトに案内してもらう予定だったのに、と思ったが、シリカは学園の前を通り過ぎ、さらに先に進んで行く。

「もしやこれは、お昼の逆コース?」

 どうやらシリカは、僕達がお昼に辿ったミモリの森からアパートまでの道のりをそのまま逆に進んでいるようだった。ということは、シリカが目指す場所はミモリの森ということになる。

「やっぱりここに来たか」

 そうこうしているうちに、目の前にミモリの森が迫ってくる。

 夕方のミモリの森は一層暗い。しかしシリカは歩みを止めることなく、小路を森の中へ消えて行った。

「おいおい、待ってくれよ」

 これから日が沈むと、さらに暗くなるっていうのに。懐中電灯だって持っていないし……。

 しかしこれ以上離されるとシリカを見失ってしまう。

 ――ちぇっ、シリカを捕まえてすぐに帰ろう。

 僕は意を決し、森の中に足を踏み入れた。


 森の中では、シリカらしき白い小さな後姿を必死に追い続けた。

 五分くらい歩いただろうか。前方がだんだんと明るくなってくる。そして突如として視界が開けた。

「おお……」

 思わず息を飲む。

 目の前には、青い花々が一面に広がっている。その青い絨毯は夕陽に照らされていた。

 青と赤の共演――この時間にしか見ることのできない幻想的な情景に僕の心は奪われる。

 僕はしばし時を忘れて、その風景に見とれていた。


 はっと気がつくと、僕は完全にシリカを見失っていた。

「でも、きっとあの場所に居るに違いない」

 なにか、そんな予感がした。

 そして、そこでシリカがしていることもなんとなく予想がついた。

 ――僕が出現した場所。

 この森を出発する前、シリカはその場所に水を撒いていた。それならば、今回も同じことをしているのではないだろうか。

 僕がその場所にたどり着くと、予想通り小川の方からゆっくりと近づくシリカの姿が見えた。

「やっぱりな……」

 耳に溜めた水に、夕陽がキラキラと反射している。

 一歩一歩踏みしめるようなその歩みは堅実で、水をこぼさないようにというシリカの心遣いがひしひしと伝わって来る。

「一体、あの場所には何があるっていうんだよ?」

 やっとのことで花畑に着いたシリカは、お昼と同じように水を撒いた。

「あれ?」

 僕は、その場所が昼とはどこか違うことに気付く。

 目を凝らしてよく見てみると――何か緑色のものが生えていた。近寄ってみると、それは小さな芽だった。

「お昼には何も無かったのに……」

 僕が不思議そうに芽を見つめていると、シリカが足元にすり寄って来る。

「きゅるるるる!」

 水を撒き終えたシリカは満足そうに僕を見上げる。それはとても誇らしげな眼差しで。

 確かに昼には何も出ていなかった。そこにシリカが水を撒き、夕方になって芽が生えてきた。つまり、シリカはこの芽を育てている、ということなんだろう。

「何の芽だろう? むちゃくちゃ成長が早いんだけど……」

 もしかすると、僕がこの場所に出現する前に植えられていたものなのだろうか。そしてシリカはその種に水をやり続けていた。そう考えれば、今日の夕方に芽が出てきたことにも納得がいく。

 そんなことを考えていると、鼻の上をすうっと冷たい風が通り抜ける。いつの間にか太陽は森の向こう側に沈んでいた。茜色の空は刻々と紫色が濃くなっている。

「ヤバイ……」

 早く帰らなくちゃ! 森が暗闇に包まれる前に。

 この芽が何という種類なのかは、成長してみれば分かることだ。シリカが育てているのなら、きっと明日もここに来るのだろう。だから今は森を抜けることが優先だ。

 僕は慌ててシリカを抱き上げ、森に向かって花畑を駆け抜けた。


 アパートに着いたのは、辺りがすっかり暗くなってからだった。二人は冷蔵庫の中にあるミルクとサンドイッチを食べて、ベッドに横になる。

「今日からよろしく」

 僕はシリカと向き合う。

「きゅるるるる~」

 シリカは黒い斑点のある口元を緩ませて、愛らしく鳴いた。

 その目を見つめていると、こうして一緒に寝るのは初めてではないような感じがする。匂いもなんだか懐かしい。

 とにかく今日はいろいろなことがあった。

 ミモリの花畑の中に素っ裸で立っていたり、そこにミニスカートの女性がスクーターで現れたり……。

 なんでも僕は、レディウ人としてこのミモリ市に『出現』したらしい。そしてその理由は、体が『ラジウム』という物質でできているからという。

 ラジウム――それは突然現れて突然消えていく物質。

 そう言われても、何がなんだかよくわからない……。

 そういえば、明日はライトと街に出かけることになっているんじゃないか。

「街って、どんなところなんだろう?」

 僕がシリカに問いかけると、すでにシリカは熟睡していた。

「なんだ、もう寝ちゃったのかよ……」

 寝息をたてるシリカのふさふさとした白い毛をなでているうちに、僕も深い眠りに落ちていった。

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