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レディウム  作者: つとむュー
エピローグ
43/44

光の玉

 玄関を出ると、僕はお姫様部屋が見える場所へと急ぐ。

 陽当たりのよい二階の角部屋。それが、レディウ人となったネフィーを迎え入れるためのお姫様部屋だった。

 しばらく部屋を見上げていた僕は、窓からまばゆい光が漏れ出すのを目撃する。

 ――ついにネフィーはレディウ人に戻ったんだ。

 シリカがレディウ人に戻った時も、彼女はまばゆい光に包まれた。だから、ネフィーがレディウ人に戻る時も同じ現象が起こると思っていた。

 しかし。

「えっ!? あれは何?」

 予想外の出来事に僕は驚く。

 ――窓の外にふわりと浮かぶ光の玉。

 シリカの時には見ることのできなかった不思議な物体が、窓の外に出現していたのだ。

「ネフィー、お帰り!」

 部屋の中から、アンフィの歓声が聞こえてきた。が、彼女は光の玉には気付いていないようだ。

「あんなにまぶしく光っているのに……」

 光の玉は、嬉しそうにくるくると部屋の周囲を旋回すると、僕の方に飛んできた。

『こんにちは、ホクト』

 光の玉がそう微笑んだように見えたのは気のせいだろうか。

 しばらくの間、僕の頭上に漂っていた光の玉は、やがてゆっくりと風に乗るようにして移動し始めた。

『私の後を追いかけてね』

 そんな声が聞こえるような気がして、僕は光の玉を追いかける。

 ふわふわと漂いながらちゃんと道の上を移動していく光の玉は、僕がついて行きやすいように配慮してくれているようだ。

 学園の横を通り、住宅街を抜ける。

 途中で何人かのレディウ人とすれ違ったが、光の玉を見上げる人は誰もいなかった。

 ――もしかして、あれってレディウ人には見えないのか?

 僕も、レディウ人だった頃にあんな光の玉は見たことが無い。

 陽の光の中でもあんなに光っているのだから、見えていたらみんな気付くはずだ。


 やがて光の玉はミモリの森の入口に到着する。

 すると光の玉は高度を落とし、枝の下をくぐるようにして森の小路を抜けていく。薄暗い小路が光の玉に照らされていた。

『早く、おいでよ』

 光の玉に誘われるように、僕は森の小路に入る。

 ――結構明るいなぁ。

 光に照らされた小路は歩きやすい。

 周囲を見ると、森のトリティはみんなこちらを見ていた。中には、僕と同じように光の玉を追いかけようとするトリティもいた。

 ――他のトリティにも見えるんだ……。

 実は森に来るまで、光の玉は僕にしか見えないんじゃないかと思っていた。

 しかし森の中のトリティの様子を見ていると、他のトリティにも見えているようだ。

 ――なんだかどこかで見たことがある光景だなぁ……。

 何かを追いかけるように進んでいくトリティ。その姿は以前見たことがあるような気がした。

 いったいどこで見たのだろうと、考えながら森の小路を進むうちに、僕は思い出す。

 ――そうだ、ジンク先生が消えた時だ。

 あの時、シリカは窓を開けてくれと懇願し、僕が窓を開けると何かを追いかけるようにして学園の敷地から出て行った。ネフィーの話によると、その後シリカはミモリの花畑に到着したという。

 ――今の僕も同じことをしている?

 きっとあの時のシリカは、こんな風に光の玉を追いかけていたのだろう。

 今の僕も、光の玉を追いかけながら街を抜け、ミモリの森を歩いている。

 もしかしたら光の玉は、ジンク先生の時と同じようにミモリの花畑に向かっているのではないだろうか。

 そんな予感がしていた。


 ミモリの森を抜け、花畑に出た光の玉は、まるで翼が生えたように高度を上げる。

 僕はその様子を見上げた。

 光の玉は、僕の頭上をくるくると旋回したかと思うと、だんだんと高度を落とし始める。

「あの場所は……」

 光の玉が着地しようとしている場所は、僕とネフィーが初めてキスを交わした場所だった。

『こっちだよ、こっち』

 しばらく地面のすぐ上に漂っていた光の玉は、僕が近寄るのを待って地面に着地する。そして、ぷるるんと震えながら地面の中に吸い込まれていった。

『水をあげてね、水をあげてね』

 地中に姿が消える時、光の玉はそう言っているような感じがした。


 僕は、その場所に水をあげなくてはならない強い衝動に駆られる。

 周囲を見渡すと、僕が歩いてきた小径に沿って小川が流れていた。

「あの水を汲んで来ればいいんだな……」

 やり方は知っている。

 だって、シリカが運んでいるのを何回も見ていたから。

 僕は小川に近づき、長い耳を水の中に入れた。

「冷たっ!」

 ぽかぽか陽気とはいえ、朝の川の水はまだ冷たかった。

 僕は意を決し、耳のほとんどを水の中に入れる。そして上向きにして、水を溜めたまま持ち上げた。

「お、重っ……」

 予想外に重い。

 僕は耐えられず、思わず半分くらいの水をこぼしてしまった。

「まあ、最初だから仕方ないか……」

 残った水をこぼさないよう、耳に力を込めて一歩一歩進む。これはかなりの重労働だった。

「シリカはよく満杯で運べたな……」

 僕が覚えているのは、耳を水で満杯にして運ぶシリカの姿。その時の重量は相当なものだっただろう。

 すでに弱音を吐きそうになっている僕は、シリカに負けるものかと歯をくいしばる。

「ミモリの芽のために……」

 早くあの場所に水をかけてあげよう。すると夕方には芽が出る。

 僕はその様子を、何回も見聞きしてきた。

「まさか、あの光の玉がミモリの花の種だったとは……」

 これは意外だった。

 でも、光の玉がミモリの花の種であるならば、今までの出来事についてすべて合点が行く。

 ジンク先生が消えた時に、何かを追いかけるようにしてミモリの森に行ったシリカ。

 シリカがレディウ人になった時には、ネフィーは何かを追いかけるようにしてミモリの森に来たってライトが言ってたっけ。

 あれは、光の玉を追いかけて、そして着地したところに水をあげてたんだ……。

 そんなことを考えながら、やっとのことで僕は光の玉が着地した場所に着く。そして耳にためた水を撒いた。

「ふう、これで夕方になれば芽が出てくるのかな?」

 毎日水やりをすれば、一週間後に花が咲く。

 ――ミモリの花。

 これは一体、何の花なんだろう?


『ミモリの花にはね、トリティにしか感じられない香りの効果がある』


 ネフィーはレディウ人に戻る前、こんなことを言っていた。

 その効果については、実際に香りを嗅いでみればわかるはずだ。

「まずは、シリカが守った花の香りを嗅いでみるか……」

 すぐ近くの花の香りを嗅いでみる、という手もあるが、二年前のように倒れてしまったら嫌だ。

 どうせ倒れるなら、なじみのあるところがいい。

 僕は早速、自分が誕生した場所に行ってみることにした。

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