手術
足に何かが当たる感覚に驚き、僕は目を覚ます。
見ると、一匹のトリティが僕の足にじゃれていた。
それは――きつね色の可愛いトリティ。
愛しそうな眼差しで僕を見つめている。その輝きを僕は覚えていた。
「ネフィー? 君はネフィーなのか?」
僕がそう呼ぶと、そのトリティは嬉しそうに顔を寄せてきた。
そうか、ネフィーはトリティになったんだ。そして僕のことをちゃんと覚えていてくれてたんだ。
嬉しくなった僕がトリティを抱きしめようと手を伸ばしたその時、突然トリティの動きが止まる。
「きゅるる!」
急を告げる鳴き声を発したかと思うと、きつね色のトリティは一瞬にしてまばゆい光に包まれた。
えっ!?
一体何が……!?
光が弱まると――そこには裸の女性が目を閉じてうずくまっていた。その容姿、ネフィーに間違いない。
でもこれは一体どういうこと? ネフィーはトリティになったばかりというのに!?
不思議に思いながらも僕はベッドの毛布を持って彼女に近寄り、後ろからそっとかけてあげる。
するとネフィーは驚いたように僕を振り向いた。
歓喜に震える声で僕はネフィーに呼びかける。
「ネフィー。本当にネフィーなんだね。レディウ人の君にまた会えるとは思わなかった……」
ぽろぽろと涙がこぼれてきた。
どんな理由なのかはわからないが、とにかくネフィーは彼女本来の姿をしているのだ。
しかしネフィーはそんな僕を見て怪訝な顔をする。
そして、出会いの時と同じセリフを口にした。
「あなたは、誰ですか?」
ビックリして目を覚ますと、そこはネフィーの病室だった。僕は、ベッドに寄りかかったまま寝てしまっていたのだ。
彼女はアクチニウム化したままベッドの上に横たわっている。
「なんだ、夢か……」
やけにリアルな夢だった。まるで、ネフィーが本当にトリティになったかのように。
いや、これからトリティになるんだから、もしかしたら予知夢なのかもしれない。
それにしても、僕のことを忘れてしまったネフィーの言葉はショックだった。
『あなたは、誰ですか?』
将来、聞くかもしれないネフィーの言葉。
その時、僕は耐えられるだろうか?
違う違う、そうじゃない。
先ほどの夢が予行練習だと思って、僕はちゃんと準備しなくちゃいけないんだ。来るべきその日のために。
「ネフィー、頼むから僕に力を与えておくれ」
僕はネフィーの手をぎゅっと握る。
固くなったその手から伝わる暖かさ。その温度は、僕の心をじんわりと温めてくれた。
安らかなネフィーの寝顔を見ていると、手術に対する不安は次第に消えていった。
そろそろ朝八時になる。いよいよ手術の時間だ。
僕はネフィーに最後の挨拶をして病室を後にする。そして看護師の指示に従い、手術着に着替えて手術室に入った。
隣のドアからはアンフィが入って来る。
「えっ!?」
白い手術着一枚をまとい、髪をまとめたアンフィ。その姿はネフィーにそっくりだった。
さすがは双子。僕の胸は高鳴る。
「なに、ジロジロ見てんのよ……」
「ご、ごめん、だってネフィーにそっくりだったから」
不機嫌そうなアンフィは、僕が謝ると急にしおらしくなって謝罪した。
「ゴメン。謝らなくちゃいけないのはこっちよね。ホクトに感謝しなくちゃいけないんだから。私、恐いの。手術が失敗したらどうしようって……」
「僕だって恐いさ。だから手術が終わって訪れる楽しいことだけを考えているんだよ」
ネフィーと一緒にトリティになって、ミモリの花畑を駆け回っている光景を僕は思い浮かべる。
これから僕たちを待ち受けているのは、きっと楽しい出来事に違いない。
「そうだ、アンフィ。僕たちの家のことを考えようよ。僕は五百万レディを投資するんだからさ、ちゃんと建ててくれよ」
昨晩、アンフィが提案した僕たちみんなの家。
トリティになった僕とネフィーとシリカ、そしてアンフィとライトが一緒に住む憩いの場所。
その建設費には、ネフィーの二千五百万レディと僕の五百万レディが当てられることになっている。五百万レディは、手術代を差し引いた僕の全財産だ。
するとアンフィの瞳に輝きが戻る。
「そうね、どんな家にするか考えながら気を紛らわせればいいんだわ。ありがとう、ホクト」
「どういたしまして。素敵な家を楽しみにしてるよ」
それから僕たちは手術台に上がり、全身麻酔で深い眠りに落ちた。




